金曜日, 5月 2, 2025
ホームニュースカルチャーニュース踊りと子守唄がまったく存在しない先住民族をパラグアイで発見!

踊りと子守唄がまったく存在しない先住民族をパラグアイで発見!


踊りや子守唄は、人類の本性に深く根ざした文化だと長らく考えられてきました。

これまでの多くの研究でも、踊りと子守唄はすべての人類に共通して見られるものと報告されています。

しかし今回、米カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)の最新研究が、この常識に一石を投じました。

研究チームはパラグアイに暮らす先住民族「北アチェ(Northern Aché)」において、踊りや子守唄が全く存在していないことを明らかにしたのです。

なぜ北アチェ族は、踊りや子守唄を持たないのでしょうか?

研究の詳細は2025年4月29日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。

目次

  • 踊りと子守唄を持たない民族
  • なぜ踊りと子守唄がないのか?

踊りと子守唄を持たない民族

赤ちゃんが泣いているとき、子守唄を歌ってあやした経験がある人も多いでしょう。

また世界中のどの文化でも、ダンスや歌は祝祭や儀式の場に不可欠な存在です。

実際、これまでの文化人類学や進化心理学の研究では、ダンスや子守唄は「人類に普遍的な行動」と考えられてきました。

その背景には、音楽が母子の絆を深めたり、踊りが集団の団結を強めたりする進化的な適応であるという理論があります。

画像
パラグアイに住むアチェ族/ Credit: en.wikipedia

ところが今回の研究では、これまで「当然存在する」と考えられていた行動が、ある民族には全く見られないことが示されました。

調査対象となった北アチェは、南米パラグアイ東部に住む狩猟採集民で、長らく外部との接触が限られていることで知られます。

彼らの暮らしは非常に独自で、人口はすでに1500人ほどにまで縮小しています。

火起こしの文化も失われており、彼らは絶えず熾火(おきび)に息を吹きかけて火を絶やさないようにしているのです。

研究者たちは、この民族の生活を1977〜2020年の43年間にわたって観察し、文化行動を詳細に記録してきました。

その中で、ダンスも赤ちゃん向けの歌も、儀式としても日常としても一切見られなかったのです。

なぜ北アチェには、踊りや子守唄がないのでしょうか?

なぜ踊りと子守唄がないのか?

この意外な発見をきっかけに、研究者たちは一つの問いに向き合いました。

「もし本当に人類に普遍的な行動であれば、なぜ北アチェには踊りと子守唄が存在しないのか?」

そこで注目されたのが、文化的な伝承と人口動態の変化です。

北アチェは20世紀まで遊動的な狩猟採集民として暮らしてきましたが、度重なる外部からの迫害や感染症によって人口が激減し、その過程で貴重な文化の多くを失ったと考えられています。

実際、北アチェには弦楽器や集団音楽、思春期の通過儀礼、シャーマニズムなど、他のアチェ系集団に見られる文化がごっそり欠け落ちています。

つまり、踊りと子守唄もかつては存在したかもしれないが、人口減少の中で失われた可能性があるのです。

画像
A:北アチェの母親がくすぐりで赤ちゃんをあやす、B:集団で踊る南アチェの人々(北アチェではない)、C:北アチェは熾火(おきび)に息を吹きかけて火を絶やさないようにしている/ Credit: Manvir Singh et al., Current Biology (2025)

一方で本研究では、北アチェの成人たちに子守唄が存在しないものの、子どもをあやす際に「ふざけた口調」「変顔」「笑い」などを使うことが確認されました。

つまり、赤ちゃんをあやす必要性は北アチェにも存在していましたが、子守唄という形にはなっていなかったのです。

またダンスについても同様で、狩猟の合間や儀式の場面でも踊る姿は一度も見られませんでした。

研究者たちはこのことから「ダンスや子守唄は、生得的な行動ではなく、文化として発明され、共有され、伝承されるものだ」と結論づけています。

この結論は、音楽やダンスの起源を進化的に説明しようとする多くの理論にとって大きな示唆を与えます。

たとえば「笑顔」は生まれつき備わった反応であり、誰に教えられなくても自然とできるものですが、「火起こし」は学ばないとできません。

これを踏まえて研究者らは、ダンスや子守唄は笑顔ではなく、火起こしに近いもので、後天的に「学ぶべき文化」であると位置づけています。

画像
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

今日のように、世界中で似たような音楽や子守唄の形式が見られるのは、本能ではなく「文化の収斂進化(しゅうれんしんか)」によるものかもしれない、と研究者らは指摘します。

(※ 収斂進化:別々のグループで独自に同じ形質が進化する現象のこと)

つまり、人々が似たような目的(赤ちゃんをなだめる、集団の団結を高めるなど)のために、独立して似たような手段を生み出してきたという考え方です。

そして今回の研究が示した最大の意義は「人類に普遍だと思われていた文化的行動も、失われることがある」という事実に他なりません。

ダンスや子守唄がない社会は、極めて稀かもしれませんが、そうした社会が存在したということ自体が人間文化の多様性と同時に、その脆さを浮き彫りにしています。

私たちが当たり前だと思っている行動も、実は学び伝えられた文化に過ぎない。 そのことを北アチェの静かな暮らしが教えてくれるのです。

全ての画像を見る

参考文献

Study Suggests Dance and Lullabies Aren’t Universal Human Behaviors
https://www.ucdavis.edu/news/study-suggests-dance-and-lullabies-arent-universal-human-behaviors

元論文

Loss of dance and infant-directed song among the Northern Aché
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.04.018

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

フラッグシティパートナーズ海外不動産投資セミナー 【DMM FX】入金

Source link

Views: 0

RELATED ARTICLES

返事を書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

- Advertisment -

Most Popular

Recent Comments