

日本といえば侍や忍者を思い浮かべる外国人がいるように、日本人の中にも、中国といえばチャイナドレスという人は少なからずいるだろう。しかし、現代の中国人はチャイナドレスをほとんど着ることはなく、流行しているのは漢服だという。中国のファッション事情と背景にあるナショナリズムについて解説しよう。※本稿は安田峰俊著、『民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋・編集したものです。
チャイナドレスは今や
ネタ的なコスプレ衣装?
中国の「民族服」として、チャイナドレス(旗袍)をイメージする日本人は多い。
チャイナドレスは、かつて清朝の支配階級だった満洲族の服装のデザインを取り入れて1920年代に上海で成立した女性の服装だ。
中国大陸では1950年代ごろまで中・上流階級の女性を中心に流行した。その後、社会主義イデオロギーが強い時代には着用を憚る雰囲気があったが、党の方針が修正されて改革開放政策が定着した1980年代以降はそのタブーは消えている。
とはいえ、現代の中国でチャイナドレスはあまり人気がない。とりわけ、一昔前の日本のマンガに登場する「中華娘」キャラクターのような派手な原色のチャイナドレスを日常的に着ているのは、レストランの呼び込みスタッフなど一部の職業の人だけだ。
一般の中国人女性の場合、着用するのはきわめてわずかな機会に限られる。その数すくない機会のひとつが、例年6月に実施される中国の大学統一入試「高考」の場である。
近年、中国では両親が試験当日に受験生を派手な演出で送り出す花式送考という風習が流行している。その際、速戦即決の勝利を意味する「旗開得勝」と「旗袍」の音が通じるからと、受験生の母親たちが派手なチャイナドレスを着て会場に付き添う光景が、いつしか初夏の風物詩として定着した。
2024年に四川省の試験会場の様子を報じた現地メディアの取材に「着たのは人生で初めて」と答えた母親が登場したこともある。高考は受験生本人以上に「親の長年の教育投資の成果が出る試験」であり、彼女らのチャイナドレスの着用には、教育ママの一世一代の勝負服としての意味合いが強い。
近年はこの習慣が当たり前になったことで、ときに受験生の父親や、受験生の母校の先生(男性)が着てみせるパロディをおこなうこともある。現代中国におけるチャイナドレスは民族服どころか、ネタ的なコスプレ衣装のような扱いですらあるのだ。
人民服は日本でいうと礼服
限られた状況で着る服
いっぽう、外国人が連想しがちな中国のもうひとつの国民的衣装は、人民服(中山装)である。
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