
ベストセラーになるようなビジネス書や自己啓発本の中には、気付きにつながるような深い洞察が書かれていることもあれば、運が良かっただけの成功体験を一般化したものもあり、玉石混交です。世界中で愛読されていて、日本語訳もされている人気のビジネス書7冊に簡潔なツッコミを入れたニュースレターが、公開されました。
Reading “Business” Books Is A Waste Of Time – by Jack
https://theorthagonist.substack.com/p/why-reading-business-books-is-a-waste
ニュースレター・The Orthagonistの著者で、金融サービス企業・Virtu FinancialのアナリストでもあるというJack氏によると、人気のビジネス書のほとんどは知的な厳密さではなく、感情に訴えかける内容ばかりだとのこと。そうしたビジネス書は単純化されたストーリーを一般的なアドバイスに、希有な成功を普遍的な戦略に、複雑な市場動向をモチベーションアップのためのスローガンに置き換えるなど、正確さではなく読みやすさや娯楽性を優先することで好評を博しただけだと、Jack氏は主張しています。
そして、Jack氏は「ビジネス書は時間の無駄」と題したニュースレターの記事で、人気のビジネス書7冊を例に挙げて、そこに書かれている「誤解を招く点」や「反例」をまとめました。
◆1.ピーター・ティール著:ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか | ピーター・ティール, ブレイク・マスターズ, 瀧本 哲史, 関 美和 |本 | 通販 | Amazon
主なアイデア
全く新しいものを作りましょう。競争を避けましょう。独占の方が良い。
部分的に正しい点
独占企業の方が利益が大きい。
誤解を招く点
・ティールは「偉大な企業は単一の洞察から生まれる」という考えを提唱しているが、実際のところ、ほとんどの企業は繰り返しピボット(路線変更)を行い、その反復を通じて成功を収めている。
・ティールは、市場の動向を過度に単純化し、戦略的パートナーシップと協力的なエコシステムの役割を無視している。
・ティールがPayPal創業以前から既に人口上位1%に属していた、という部分は省略されている。スタンフォード大学卒、元クレディ・スイス、そして小規模資本会社の創業者といった経歴を持っており、彼は失うもののない異端児ではなかった。そのため、彼のアドバイスには特権的なスタートラインや構造的優位性といったフィルターがかかっている。
欠けている点
チームのダイナミクス、資金調達のタイムライン、コスト構造、顧客獲得などの実際のスタートアップの仕組みについて議論されていない。
反例
民泊プラットフォームのAirbnbは新しいコンセプトを発明したのではなく、既存の枠組みの中でより優れたやり方を実現して成功を収めた。
◆2.ティモシー・フェリス著:「週4時間」だけ働く。
「週4時間」だけ働く。 | ティモシー・フェリス, 田中じゅん |本 | 通販 | Amazon
主なアイデア
仕事を自動化し、アウトソーシングして、より自由に暮らしましょう。
部分的に正しい点
委任と自動化により効率性を高めることができる。
誤解を招く点
・例外的な事例からの一般化が行われており、デジタル裁定取引スキームとアウトソーシングを自由への道として普遍化している。
・キャリアの途中で意図的に長期休暇を設けてリフレッシュする「ミニリタイアメント」というアイデアを提唱しているが、これは有用なものを構築するのに必要な集中力を無視している。
欠けている点
長期的なブランド構築、アウトソーシングにおける法的問題、戦略の深さなどについての議論がない。
反例
決済サービスのStripeは、週4時間の近道ではなく、深い技術的焦点と長年の継続的な努力によって構築された。
◆3.サイモン・シネック著:WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う
WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う | サイモン・シネック, 栗木 さつき |本 | 通販 | Amazon
主なアイデア
強い目的意識がビジネスを成功に導く。
部分的に正しい点
明確なミッションは、チームを団結させたり、特定の顧客を引き付けたりするのに役立つ。
誤解を招く点
・シネックは目的の重要性を誇張しすぎている。実際には、顧客はイデオロギーではなく、実用性と価格に基づいて商品を購入する。
・多くの企業はトラクション、つまり一定の成果を達成してから後付けでミッションを設定する。
欠けている点
市場適合性、製品の反復、価格戦略の分析がない。
反例
Amazonは、ブランドミッションではなく優れた運用によって規模を拡大した。
◆4.エリック・リース著:リーン・スタートアップ
リーン・スタートアップ | エリック・リース, 伊藤 穣一(MITメディアラボ所長), 井口 耕二 |本 | 通販 | Amazon
主なアイデア
構築、測定、学習のサイクルによりスタートアップは適応し、無駄を削減することができる。
部分的に正しい点
迅速な反復とフィードバックループは役に立つ。
誤解を招く点
・「実用最小限の製品(MVP)」コンセプトは、低品質の製品を正当化するために多用される傾向がある。
・メトリクスのデータは、適切な解釈や戦略が考慮されないまま「正確なガイド」として扱われがち。
欠けているもの
資本計画、市場開拓の実行、不確実性の下での創業者の心理に注意が払われていない。
反例
AppleはMVPという考え方を避け、代わりに高度に洗練された製品を発売することを選択した。
◆5.ジム・コリンズ著:ビジョナリー・カンパニー 2 – 飛躍の法則
ビジョナリー・カンパニー 2 – 飛躍の法則 | ジム・コリンズ, 山岡 洋一 |本 | 通販 | Amazon
主なアイデア
成功している企業は、リーダーシップ特性と規律ある文化を持つ点で共通している。
部分的に正しい点
強力なリーダーシップと規律は役立つ。
誤解を招く点
・この本の内容には選択バイアスがかかっており、多くの偉大な企業が後に破綻していることが見落とされている。
・相関関係を因果関係として提示している。
欠けている点
テクノロジーサイクル、金融構造、経済状況に関する実質的な議論が行われていない。
反例
この本が称賛した連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)は、2008年の金融危機の悪化に寄与している。
◆6.ベン・ホロウィッツ著:HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか
Amazon.co.jp: HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか eBook : ベン ホロウィッツ, 滑川 海彦, 高橋 信夫, 小澤 隆生(序文): Kindleストア
主なアイデア
スタートアップは苦痛を伴うもので、簡単な答えはない。
部分的に正しい点
会社の設立は混乱とストレスを伴うことが多い。
誤解を招く点
・この本は明確な枠組みを提供することなく、特定の経験を一般的な教訓に変えている。
・重要な決定(解雇、資金調達など)が、分析的ではなく物語的に議論されている。
欠けている点
資本効率、株式希薄化、またはリスク加重の意思決定について体系的な分析をしていない。
反例
多くの企業は、避けられる混乱を避けることで成功した。例えば、eコマース企業のShopifyは綿密な計画によって着実に規模を拡大した。
◆7.マーク・マンソン著:その「決断」がすべてを解決する 貴重な人生を浪費しない「5つのロードマップ」
Amazon.co.jp: その「決断」がすべてを解決する 貴重な人生を浪費しない「5つのロードマップ」 (三笠書房 電子書籍) eBook : マーク・マンソン, 大浦 千鶴子: Kindleストア
Jack氏は、この1冊にのみ「典型的な空港本」、つまり空港で旅客向けに売られている娯楽小説のような本だとの書評を付けています。
主な考え
重要でない事柄をあまり気にしないことが、より良い生活につながる。
部分的に正しい点
無関係な問題に執着すると、時間とエネルギーが無駄になる。
誤解を招く点
・この本は、宿命論を鋭い言葉で包み込み、それを実践的な知恵として売り出している。
・マンソンのブランド戦略は、「気にしない」というイメージを注意深く作り上げることに依存しており、それ自体が矛盾している。
欠けているもの
複雑なシステムや組織を構築する人々のためのフレームワーク、戦略、または有用なツールが提供されていない。
反例
成功した創業者はいずれも、細部にまで細心の注意を払っており、深い思いやりを持つことが不可欠。
◆まとめ
Jack氏は、2年間ビジネス書を読みあさってからスタートアップの世界に飛び込み、ビジネス書に書かれたアドバイスを実践しようとしましたが、役に立たなかったとのこと。そして、自身の経験や、後述する「本当に中身がある本」から得た教訓を以下の5点にまとめています。
1.物語ではなく現実に焦点を当てること
現実の市場は整然としたストーリー展開をたどるものではなく、成功物語の多くはランダムウォークを遡及的に合理化したものである。
2.戦略は状況に応じて動的
普遍的な戦略は存在せず、適切な戦略はタイミング、資金、チームの能力によって決まる。
3.運用知識が重要
解約率、CAC対LTV、規制上の制約、報酬体系といった、ほとんどの人気ビジネス書で無視されている概念が結果を左右する。
4.小さくて賢い決断の積み重ねが重要
ブレークスルーは稀であり、忍耐と積み重ねが勝利につながる。
5.習熟はモチベーションに勝る
気分が良くなるマントラを追いかける前に、会計、インセンティブ設計、確率を学ぶべき。
◆本当に中身がある本4選
Amazon.co.jp: [新版]競争戦略論Ⅰ eBook : マイケルE. ポーター, 竹内 弘高, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部: Kindleストア
経営戦略と組織デザイン | J.R.ガルブレイス, D.A.ネサンソン, 岸田 民樹 |本 | 通販 | Amazon
ファイナンシャル・モデリング | サイモン ベニンガ, Benninga,Simon, ファイナンシャルモデリング研究会 |本 | 通販 | Amazon
以下は、内容を翻訳して紹介するサイトがありましたが、書籍として邦訳されたものは見つかりませんでした。
一方、この記事に対しては、「学術的な内容を排してとっつきやすさを重視しているからといって、必ずしも役に立たないわけではない」といった批判もあります。例えば、YouTuberのジョセフ・ジュード氏は、この記事を取り上げたHacker Newsのスレッドへの書き込みと、ブログへの投稿で、「学術書とビジネス書があり、学術書は正確さ重視で同業者向けに書かれています。一方、ビジネス書は読みやすく、親しみやすいように書かれています。スプーン一杯の砂糖で薬が飲みやすくなるように、ビジネス書にも物語やケーススタディがつきものです。ですので、中身が薄いと感じることも少なくありませんが、だからといって軽視するべきではありません」と反論しました。
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