クモの糸は非常に軽くて丈夫、しかも環境に優しい生分解性という夢のような素材として知られています。
そんなクモの糸に新たな歴史が刻まれました。
ドイツ・バイロイト大学(University of Bayreuth)の研究チームはこのほど、遺伝子編集技術を用いて、世界で初めて赤く蛍光する糸を出すクモの作製に成功したのです。
スパイダーマンも驚きの能力をもつクモが誕生しました。
研究の詳細は2025年4月13日付で科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されています。
目次
- 遺伝子編集の革命「CRISPR-Cas9」
- 赤く蛍光するクモ糸の開発に成功!
遺伝子編集の革命「CRISPR-Cas9」

研究チームが今回使用したのは「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」という遺伝子編集技術です。
CRISPR-Cas9は、ここ10年ほどで生物学を一変させた革命的な遺伝子編集技術として知られます。
この技術では、DNAの特定の部分を切り取り、別の遺伝子を挿入することが可能です。
標的とするDNAを人工酵素「キャス9」を使って正確に切断した後、細胞の自然な修復メカニズムを利用して、遺伝子を破壊(ノックアウト)したり、新たな遺伝子を挿入(ノックイン)したりすることができます。
この遺伝子編集の高い効率性により、CRISPR-Cas9はすでに発生生物学や進化生物学、材料科学、害虫駆除、農業など多くの研究分野で活用されており、すでに幅広い分野で成果を上げてきました。
哺乳類、魚類、昆虫などさまざまな生物にも応用されています。
その一方で、クモに対してはまだCRISPR-Cas9が実施された例はありませんでした。
そこで研究チームは新たに、クモを対象とした遺伝子編集を行い、「赤く蛍光する糸」を出させる遺伝子改変を試みたのです。
赤く蛍光するクモ糸の開発に成功!
チームは、アシナガグモの一種である「オオヒメグモ(学名:Parasteatoda tepidariorum)」をモデルに選びました。
このクモは実験室での飼育が比較的容易であり、絹の生産にも適しています。
まずチームは、人工酵素「キャス9」(DNAを切断する機能を持つ酵素)を含む注射液と赤色蛍光タンパク質(mRFP)の遺伝子配列を未受精の雌グモの卵に注入しました。
その後、このメスをオスと交配させることで遺伝子編集された子孫を得ました。

注入したmRFP遺伝子は、クモ糸の主要な成分であるタンパク質「MaSp2」の遺伝子に組み込まれました。
その結果、誕生したクモはチームの予想通り、赤く蛍光する糸を分泌したのです。
この赤色蛍光は特殊な光を当てることで簡単に確認でき、CRISPRによるノックイン成功の証となりました。
さらにチームは、このクモの遺伝子解析により、赤色蛍光タンパク質の配列が正しく発現していることを確認し、世界で初めてクモ絹に外来遺伝子を組み込んだことが証明されました。

この成果は、将来的にクモ糸の強度や機能性を自在にコントロールする道を開きます。
これまでの研究で、クモ糸は同じ重量の鋼鉄に比べて5倍強いことがわかっており、医療用縫合糸や防弾素材などの新材料開発への応用が期待されています。
赤く蛍光するクモ糸の具体的な応用例はまだ明確になっていませんが、クモ糸が遺伝子編集可能になったことで、今後、人の役に立つクモ糸を開発できるようになるでしょう。
参考文献
Gene-editing in spiders for the first time
https://www.uni-bayreuth.de/en/press-release/gene-editing-spiders
元論文
Spider Eye Development Editing and Silk Fiber Engineering Using CRISPR-Cas
https://doi.org/10.1002/anie.202502068
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
Views: 0