
「1枚の地図」が暴く…ロシアとヨーロッパの深い関係が怖いほど見えてくる
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

ロシアとヨーロッパの「意外なつながり」とは?
ロシアは国土面積およそ1710万㎢(日本のおよそ45倍)を誇り、ユーラシア大陸を東西にまたいで広がっています。
最西端はカリーニングラード州(ロシアの飛び地)のおよそ東経20度、最東端はベーリング海峡に面するラトマノフ島のおよそ西経170度。実に経度差が170度、距離にするとおよそ1万1000km。東西に広い国土ですから、標準時が11もあります。ロシアは東西だけでなく南北にも広い国で、南北の長さは4500kmにも及びます。
2017年当時、ロシアの最大輸出相手国はオランダでした。2017年のオランダの人口がおよそ1713万、それほど国内市場は大きくはないにもかかわらずです。しかし2022年以降、ロシアによるウクライナ侵略が進むにつれ、ヨーロッパとロシア間のエネルギー貿易は大幅に変化しました。EU加盟国による制裁や輸入制限の影響もあって、ロシアの対ヨーロッパ貿易が減少した一方、中国やインドなどアジア市場への輸出が拡大しており、現在ではロシアの最大輸出相手国は中国です。
2017年当時と比べればオランダでのロシア産原油や天然ガスの取扱量は減少しましたが、それでも輸出相手国第2位はオランダです。
ヨーロッパを流れる2つの国際河川
国際河川というのは、複数の国を流れ、条約によってどの国の船舶も通行できる河川のことです。ヨーロッパはほとんどの国が陸続きとなっていて、ライン川やドナウ川といった国際河川が流れています。ライン川は北海へ、ドナウ川は黒海へそれぞれ注ぎます。下図を見てください。

ライン川にはマイン川という支流があり、そのマイン川とドナウ川はマイン=ドナウ運河で結ばれています。つまり北海と黒海が1本の大動脈で結ばれているわけです。
ドナウ川はドイツのシュヴァルツヴァルトを源流に東に向かって流れます。そこから、オーストリア→スロバキア→ハンガリー→セルビア→ルーマニア→ブルガリアと流れ、黒海に注ぎます。下流域はルーマニアなので、冷戦中は上流側の西側諸国との航行はほとんど不可能でした。しかし冷戦が終結することで、ドナウ川水運は活発になります。ちょうどその頃(1992年)、マイン=ドナウ運河が完成しました。
オランダはヨーロッパ市場の入り口
一方のライン川は源流を複数持ち、スイス・ドイツ・オーストリアの国境湖沼であるボーデン湖に集まって西へ流れると、スイスのバーゼル辺りから北流し、ドイツとフランスの国境河川となって、ドイツのルール工業地帯を通過してオランダへ入り北海へ注ぎます。途中、人魚ローレライ伝説で有名な巨岩を通過することで知られています。
河口はオランダのロッテルダムで、ここにはヨーロッパ最大の港であるユーロポート(ロッテルダム港)があります。つまりユーロポートはヨーロッパ市場の玄関口なのです。ここには世界最大級の石油化学工業が発達していて、石油化学コンビナートが林立しています。
オランダからヨーロッパ全土へ
欧州諸国の中で、なぜオランダがロシアの最大輸出相手国なのか?
それはヨーロッパ市場へ供給する玄関口がオランダだからです。ユーロポートに運ばれてきた原油はオランダのロッテルダムで石油化学工業の原燃料となります。また、ユーロポートからはドイツのルール工業地帯にパイプラインが延びています。次の地図を見てください。

まとめるとこうです。
「ロシアからオランダへ原油が輸出される。オランダはそれを石油製品へと加工し、ライン川を使ってドイツへ輸出する」
もっといえば、ライン川の分流のマース川上流に位置するベルギーやフランス北東部とも、マース=ワール運河によって結ばれていますので、オランダからベルギーやフランスへの輸出も可能です。オランダの輸出相手国は、1位ドイツ、2位ベルギー、3位フランス、4位イギリス(2023年)です。
ロシアでは、「最大輸出相手国は『EU』だ」という意識が強いといいます。その「EU」の入り口がオランダなのです。
オランダの国名である「Kingdom of the Netherlands」は「低い土地」を意味し、実際に周辺よりも海抜が低い地域です。だからこそ、ライン川が流れてくる地域でもあるのです。ライン川河口に位置していることが、オランダの経済成長の最大の要因なのかもしれません。
こうした「地の利」を持つオランダは、今後も「ヨーロッパの玄関口」として存在感を示し続けていくことと思います。
(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)
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