日常にあふれる音。それは時に、意識の彼方に消えていく些細な響きかもしれない。しかし、もしその音たちが、世界的なアーティストの感性を通して、まったく新しい音楽として生まれ変わるとしたら……?
そんな刺激的な問いを投げかけるのが、「日本たばこ産業株式会社(以下、JT)」のプロジェクト「JT Rhythm Loop」だ。
JTの“音の森”へダイブ
SO-SOが紡ぐ、駒とビートのシンフォニー
「株式会社カヤック」が制作を手掛けるこの試みは、JTグループの各種事業や、多様な取組みの中で生まれる「環境音」を素材に、気鋭のアーティストたちが楽曲を創造するという、前例のないクリエイティブな挑戦。
その第2弾として、ヒューマンビートボクサーのSO-SOが起用された。SO-SOは、世界大会「Grand Beatbox Battle 2019」で日本人史上初のTOP4に輝き、23年にはHey! Say! JUMPへの提供楽曲がBillboardチャートで1位を獲得するなど、その才能は国内外で高く評価されている。
SO-SOは、JTが協賛する「将棋日本シリーズ」の会場に足を運び、将棋の駒が盤を打つ独特の音にインスピレーションを得て制作を開始。さらに、「JTの森」の自然音や、「JT男女バレーボールチーム」の活動からサンプリングされたバレーボールのラリー音、応援のメガホンを叩く音などを融合させた。その結果、「まるで駒が演奏するような世界観の楽曲」が誕生したという。
SO-SO自身も、このユニークな制作体験について、「今まで使ったことのない音で楽曲をつくるのが新鮮で、フィールドレコーディングから制作中も終始ワクワクしました!JTさんのいろいろな音と僕の音楽性を重ねた今回の企画で、新しい自分のスタイルを見つけられました」とコメント。企業とアーティストの共創が生み出す、予測不可能なケミストリーを感じさせる。
©株式会社カヤック
“企業発サウンド”は
次世代のブランディングか?
この「JT Rhythm Loop」の試みは、単なるタイアップ音楽の制作に留まらない深みを持つ。
制作された楽曲は、前半では将棋の駒音がリズムの土台となり、後半ではSO-SOらしいエネルギッシュなヒューマンビートボックスが炸裂するという、聴き応えのある構成。バレーボールのラリー音を左右に振り分けて空間的な広がりを演出し、イヤホンで聴くと左右から将棋の駒の音が聞こえるような工夫も凝らされている。まさにサンプリングを超え、それぞれの音が持つ物語性や情景をリスナーに喚起させる「サウンドスケープ」の構築と言えるのではないだろうか。
近年、企業のメッセージ発信は多様化し、特に感覚に訴えかけるブランディングが注目されている。ASMR動画の流行や、環境音を活用したヒーリングコンテンツの人気もその一端。企業が自社の活動から生まれる「音」を、このように高品質な音楽作品として提示することは、製品やサービスそのものでは伝えきれない企業文化や、社会との関わり方を、より情緒的かつ深く伝える可能性を秘めている。
たとえば、伝統文化である将棋の「静」と、現代的なビートボックスの「動」の融合は、文化支援に対するJTの姿勢を新しい形で表現し、若い世代にも響くのではないだろうか。
また、このプロジェクトは、YouTube Shortsといったショート動画プラットフォームでのMV公開も行っている。これらも、短い時間で強い印象を残し、バイラルな拡散を狙う現代的なコンテンツ戦略とも合致する。企業が発信する「音」が、SNSを通じて個々人のプレイリストに自然と溶け込む。そんな新しい形のエンゲージメントが生まれつつあるのかもしれない。
©株式会社カヤック
サウンド・アイデンティティが
日常に溶け込む未来
「JT Rhythm Loop」を手掛けるカヤックは、「面白法人」を名乗り、そのユニークな企画力で知られる存在。彼らが参画することで、JTの取組みはよりクリエイティブで、エンターテインメント性の高いコンテンツへと昇華されている。
企業の「音」への注目は、単なる広告宣伝の枠を超え、企業のアイデンティティそのものを形成する「サウンドロゴ」や「オーディオブランディング」といった領域にも広がっている。
日常の中でふと耳にするメロディや効果音が、特定の企業やブランドを瞬時に想起させる力は大きい。JTのこの取組みは、さらに一歩進んで、企業活動そのものが生み出す環境音や活動音を、芸術的な作品へと高めることで、より深く、無意識的なレベルでブランドへの親近感や共感を醸成しようとしているのかもしれない。
制作の裏側を収めたメイキング映像も公開されており、SO-SOが実際に音を収集する様子や、スタジオでビートを構築していくプロセス、インタビューを通じて、生の「音」素材が唯一無二のトラックへと変貌する過程を視覚的にも追体験できる。
きっと音楽ファンだけでなく、サウンドクリエイションに興味を持つ層にとっても、非常に刺激的なコンテンツだろう。
第1弾のtofubeats、第2弾のSO-SOに続き、2025年5月22日には第3弾の公開も予定されているという。次はどんなアーティストが、JTのどんな「音」と出会い、私たちをまだ見ぬ音の世界へといざなってくれるのか?
JT公式チャンネル / YouTube
Top image: © 株式会社カヤック
🧠 編集部の感想:
SO-SOが将棋の駒音を使って新たな音楽を創り出すプロジェクトは、企業とアーティストの協働の新しい形を示しています。音の中に埋もれる文化を引き出し、現代のブランディングに活かす試みは非常に斬新です。また、音楽の持つ力で企業文化を深く伝えられる可能性があることに、今後の展開に期待を寄せています。
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