ベッドに入る前に、ピエロを一人殺しておこう──。
ブラックユーモアに満ちた提案から始まるこのキャンペーンは、“睡眠サプリメント”のコマーシャルとしては異色のものと言えるだろう。
© Liquid Death/YouTuube
狂気に満ちたプロモーション映像が映し出す、新時代のマーケティング手法
これは、米ドリンクブランド「Liquid Death(リキッド・デス)」がオーガニックサプリの急成長企業「MaryRuth」とのタッグにより世に放った新製品、『Sleep Like the Dead』。
リキッド・デスと言えば、エナジードリンクのようなハードボイルドなパッケージで清涼飲料水を販売し、クールな健康飲料を求める若年層から熱烈な支持を集めるブランド。常に斬新なマーケティング手法を展開し、徹底した世界観でも知られている。
端的に言えば、この新製品は、安眠を誘うココナッツ風味のリキッドサプリメントだ。
主成分には、ビタミンD3やマグネシウム、カルシウム、亜鉛など、睡眠の質を向上させるとされるミネラルが豊富に含まれており、MaryRuthが得意とする「マルチミネラルフォーミュラ」(複数の栄養素を同時に摂取できる液体型サプリメント)と、Liquid Deathのミネラルウォーターを掛け合わせた商品となっている。
だが、何より注目すべきはそのマーケティング戦略だろう。
今回の60秒CMでは、悪夢のような夢の中で、ピエロたちが次々と惨殺されるという異様な世界観が展開される。
斧やクロスボウ、フレイル(鉄球付きの棍棒)から、チェーンソーや芝刈り機といったハードコアな凶器まで登場。これでもかと言うほどに嗜虐的でありながら、ピエロから飛び出るロリポップな血液のお陰で、グロさを感じさせないシュールなビジュアルに。
またこの配色は、ガイドラインにも引っかからずSNSへの投稿が可能になるという点で、マーケティングにも一役買っている。
ちなみに、ピエロを殺すというアイデアは、米国の広告業界における“ピエロが好きな人なんていない”という決まり文句に基づくアイデアらしい。
動画には「90%の偽医師が、ストレス解消のために夢の中でピエロを殺すことを勧めていることをご存知だろうか?楽しいだけでなく、完全に合法だ」というジョークも添えられている。
眠気も覚ますようなホラーの象徴たるピエロが、安眠のために被害者側に……なんとも皮肉な世界観である。
監督はLiquid DeathのクリエイティブディレクターWill Carsola氏が務め、奇抜なアイディアに合わせて、オリジナル楽曲も制作。
メロウな曲調に乗った「あなたは何だってできるけど、ピエロを殺していくより楽しいことはないでしょ?」という強烈な歌詞も印象的だ。
これがブランディングの「振り切り方」。
“死を売る”清涼飲料水のマーケ哲学
Liquid Deathの最大の特徴は、「清涼飲料水」という地味な商品に、ドクロやホラー、死といった強烈なビジュアル・コンセプトを掛け合わせた“アンチ・清涼感”ブランディングだ。しかも今回は「ピエロを殺す睡眠サプリ」という挑発的なアイディアを、大手スーパーやAmazon経由で全国展開している。
こうした“極端な尖り”は多くの企業が避けがちな戦略であるが、逆に言えば「強烈な世界観を貫くことで、熱狂的なファンを生む」ということの証明でもある。
万人受けを狙うあまり無難になりがちな日本のプロモーションにとって、重要なヒントと言えるかもしれない。
広告に“物語”を取り戻すクリエイティブ力
また、このプロモーション映像では、「睡眠によい」というありふれた商品説明をする代わりに、ユニークなミニドラマを展開している。視聴者を物語に引き込み、製品への感情的な共感を誘う工夫である。
昨今、企業の広告は説明的で直球なものが多く、逆に印象に残らないケースも少なくない。成功を続けるリキッド・デスのプロモーションを見れば、ストーリー性を意識した“記憶に残る広告”作りへの意識転換が求められていることが感じられる。
また、MaryRuthはリキッド・デスとは正反対の「信頼性・健康志向・やさしさ」といった印象のブランド。あえてコラボしたのは、“両者のギャップ”がむしろ話題になると見越したうえでの戦略だろう。
近年世界的な成長を見せる新規ブランドのコラボレーション事情を踏まえると、あえて世界観の異なるブランドとの掛け合わせを試みることで、「新しい文脈での価値創造」が可能になることが伺える。
うまく意外性を活かすことは、新規層への訴求が見込めるはず。
SNS時代に合わせた「視覚・音・倫理」の最適化
プロモーション動画では、血の色をピンクや青に変えることで、SNSの規制を回避しながらもインパクトを失わない表現に成功している。
これは、「伝えたいメッセージをどう現代のルールに落とし込むか?」という現代的課題に応えた一例と言える。
SNS広告を活用する際は、なんとなくバズを狙うだけでなく、プラットフォームの特性と倫理基準を踏まえた絶妙な設計が成功のカギになる。
マーケティングの新境地を開くのは、モノではなく“ストーリー”を売り込む共感性
リキッド・デスは「水」や「サプリ」という日常的かつ差別化が難しい商材に、「カルチャー」と「物語」を付加することで、単なる商品を“語られるブランド”へと昇華させたと言える。
多くの企業にとっても、商品のスペックだけでなく、「どんな文脈でそれを手に取るのか?」「なぜそれを語りたくなるのか?」といった視点を持つことが、これからのマーケティングには欠かせないポイントだ。
特に若年層やグローバル市場をターゲットにする際には、“好感度”ではなく“記憶に残る差異化”が鍵となるだろう。
Top image: © D-Keine/istock