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概要
この記事は、AIによる自動化が進む現代において、著者が「靴磨き」という非効率な行為に価値を見出していることを述べています。著者は、AIの導入による効率化がもたらす虚無感や人間らしさの喪失に疑問を感じ、自分にとっての「非効率的なもの」の重要性を考察しています。この中で、時間と手間をかけることがどれほど意味深いものかを強調しています。
要約 (箇条書き)
- AIの進化が業界で求められているが、著者は虚しさを感じる瞬間があった。
- 若手社員がAIによる業務自動化を報告し、そのスピード感には感心した。
- 自動化によって本当に人の心に響くのか疑問を持つ。
- AIに頼ることで人間にしかできないことに集中する考え方は理解するが、虚無感を否めない。
- 著者は「靴磨き」という非効率的な行為に心惹かれ、その過程で得る感情や愛着を大切にしている。
- 自分の言葉を選ぶ時間や葛藤の中に「人間らしさ」が存在すると思う。
- AI時代においても非効率や手間を大切にしたいという意志を持っている。
「AI、AIってやかましい!」って、正直、発狂したくなる。
SNSやYouTubeを開けば、最新情報がこれでもかと飛び込んでくる。その度に「インプットしなきゃ!」と、強迫観念に駆られる。
今いる業界的にも、AIをフル活用するのが求められる。だから、仕方ない部分もあるし、効率化や自動化の波に逆らえないのもわかってる。
でも最近、どうしようもなく虚しさを感じる瞬間があった。
つい先日、職場の20代後半の若手が、「AIでXの投稿を自動化できるようにしました!」と、意気揚々と報告してきた。
「早速業務に取り入れましょう!」
そのスピード感と行動力には素直に感心した。「稼げる」「ラクできる」ってワードも自然に出てくるあたり、世代や感覚の違いも感じる。
話を聞いてみると、たしかにすごい。AIが自社のSEO記事を読み込んで要約し、Xに自動投稿してくれるというもの。設定を止めない限り、延々と発信し続けてくれる。人間の手は一切介さずに。
そこで、ふと疑問が湧いた。
「こんな投稿、誰が見たいんだろう?」
「これって、本当に人の心に届くのかな?」
AIに任せることで、人間にしかできないことに集中する。その考え方は理解できるし、否定するつもりはない。会社からすれば、フォロワーが増えて、認知度が上がって、売り上げにつながれば正解なのかもしれない。
でも、個人的にはどこか「だから何?」「で、それやって何が残るの?」という虚無感がぬぐえない。
自分には、どうしても惹かれてしまう「非効率なもの」がある。たとえば靴磨き。表面の汚れを取って、クリームで保湿して、磨きをかけて。それなりの数を所有しているので、手間も時間もかかる。もし、「全自動靴磨き機」なるのものが発売されても買わないだろう。なぜか?その磨く時間に、自分の世界に没頭できたり、
手をかけるたびにモノへの愛着が深まっていくから。その感覚は、AIや機械には代替できない。
言葉を選ぶときも同じ。伝えたいことがあっても、すんなり書けないこともある。感情が揺れたり、表現に悩んだり、時間がかかったり…。
でもその“葛藤”や“矛盾”の中にこそ、「人間らしさ」があると思う。
たぶん、こういう違和感は、「時代に逆らっている」と笑われるかもしれない。
でも、自分は大切にしたいと思ってる。
手間がかかるからこそ生まれる実感。
非効率の中にある感情や意味。
そんな“人間らしさ”を、これからの時代に忘れて生きたくない。
この小さな違和感は、ずっと胸に残しておきたいと思う。
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