カリフォルニア州サンタモニカに新しいジム「Fred Fitness」が誕生した。ぱっと見ただけでは、このジムがAIによって支えられているとは思わないだろう。開放的で居心地の良い空間。木の梁が生み出す温かみ。あちこちに置かれた観葉植物。座り心地のよい長椅子。窓辺に敷かれたマットレス。ワークアウトの合間に会員が自由に利用できるテーブルまである。しかしジムの中に足を踏み入れれば、AIを活用してフィットネス効果を最大限に高めるように設計されたマシンやフィットネス機器がずらりと並ぶ。
窓辺にはマットレスが敷かれており、Therabody製の回復用ブーツ「JetBoots」を履いて、街の様子を眺めながら加圧、振動、レッドライトによるリカバリーに励むことも可能だ。ジムのフロントにはもちろんスタッフが常駐しており、背後にはTherabodyのマッサージガンが見える。
このジムには興味があった。筆者はウェルネス分野を専門としており、普段から健康に役立つテクノロジーやトレンドを追っている。初の本格的なAIジムだというFred Fitnessは未来のスタンダードになるのか――その答えを探るために早速体験に向かった。
Fred Fitnessの仕組み
Fred Fitnessは2025年2月中旬にオープンした。最高経営責任者(CEO)であるAndre Enzensberger氏の兄、Alfred Enzensberger氏はドイツを中心に欧州で店舗を展開するジムチェーン「Clever Fit」の創業者だ。米国に進出するにあたり、他にはないユニークなコンセプトが必要だと考えたAlfred氏は、フィットネステクノロジー企業EGYMと提携した。EGYMは、パーソナライズされた運動プランを作成できるAIプラットフォーム「Genius」の開発元であり、Fred FitnessはEGYMのテクノロジーを本格的に活用した初のジムとなる。
会員は、まず手首に緑色のバンドを巻く。このバンドがFred Fitnessでの体験の中心になる。このバンドには身長や体重、筋力、ペース、レップ数、セット数、生物学的年齢など、会員の個人データやワークアウトの履歴が記録されており、そのすべてをGeniusが管理する。今回は初めての訪問だったので、ジムの責任者であるMiguel Alvino氏が案内役を務めてくれた。「このジムの中心は人。テクノロジーはサポート役にすぎない」と、Alvino氏は強調する。
Fred Fitnessでは、普通のジムのように会員になったらすぐにマシンで運動を始められるわけではない。入会したばかりの会員は、まずマシンの使い方や調整方法をスタッフから学ぶ。AIを導入しているという理由で、人間のトレーナーから仕事を奪っていると批判されることもあるFred Fitnessだが、筆者が滞在した短い間にも多くのスタッフがフロアを歩き回り、会員をサポートしていた。
まずはフィットネス診断からスタート
新会員はまずフィットネス診断を受け、現在の身体の状態と生物学的年齢を知る。所要時間は1時間ほどだ。フィットネス診断は専用のスペースで行われる。ここには体組成計「InBody」やEGYMブランドのチェストプレス、レッグプレス、そして「Fitness Hub」と呼ばれる機器が2台置かれている。まずはリストバンドをFitness Hubにかざしてログインし、生年月日やジムの利用経験、重点的に鍛えたい部位、ケガの有無、使用を避けたいマシンといった質問に答えていく。
次はフィットネスの目標を選ぶ。一般的なフィットネス、ボディトーニング、リハビリ、アスリート、減量、筋力増強などの選択肢があり、選択した目標によってワークアウトの構成が変わる。例えば筆者が選んだ一般的なフィットネスの場合、ワークアウトの構成は筋力が40%、有酸素運動が40%、可動性と柔軟性が20%だ。
グレーのEGYMマットの上に戻ると、カメラが作動して身長測定が行われる。測定結果は正確だ。今度はシューズと靴下を脱ぎ、体組成計InBodyに乗って体重を測定する。続いて案内に従ってハンドルを握り、体全体のスキャンを行う。
代謝率、左右の腕や脚ごとの筋肉・脂肪量といった体組成データをFitness Hubに表示するかどうかは選択可能だ。ただし、生物学的年齢は必ずFitness Hubに表示され、トレーニングの出発点となる。
Alvino氏によれば、フィットネス診断は何度でも受けられるが、測定の精度を高めるため、空腹時の朝一番に測定することが望ましいという。
再びEGYMのマットに戻ると、今度は木製のポールを手渡され、柔軟性のテストが始まる。まずはFitness Hubの画面に見本のストレッチが表示され、ポールでバランスを取りながら同じストレッチを行う。その様子をFitness Hubのカメラが記録する。
筆者はなかなかFitness Hubの指示通りに動けなかった。筆者が履いていた紫色のスニーカーがカメラにうまく認識されないというトラブルもあったが、Alvino氏がサポートしてくれたので助かった。結局、スニーカーを脱いで靴下で測定を続けた。真っ白い靴下の方が認識されやすいようだ。マシンに慣れてから、もう一度テストを受けたいと考える人がいるのも理解できる。
次は筋力テストだ。リストバンドでチェストプレスとレッグプレスのマシンにログインすると、筆者のデータがマシンに反映される。Alvino氏によれば、Fred Fitnessのすべてのマシンには「パックマン」風のゲーム要素が取り入れられているという。チュートリアルが終わると、ディスプレイに道のような線が表示され、この線に沿って小さな円を上下させるようにマシンを押したり、引いたりしながらコインを集めていく。テストの間、何度か息を吐くようマシンに促された。このゲーム要素は楽しい。運動をしている感覚はないのに、集中して身体を動かすことができた。
現在のところ、各マシンには「レギュラー」「ネガティブ」「エキセントリック」「コンセントリック」の4種類のトレーニングモードが用意されている。マシンは電子的に制御されており、筋肉の収縮を最大限に引き出すようにように抵抗が調整される。
今回のテストでは、筆者の腕や脚の長さに合わせてAlvino氏がマシンを調整してくれた。しかし近日中に、利用者の四肢の長さをマシンが自動で測定し、調整する「四肢アップデート」が導入されるという。もちろん、フィット感を確認するためにトレーナーは常駐するが、トレーナー自身が行う調整の量は確実に減る。
この時点で、筆者はAlvino氏がテストに立ち会ってくれることの重要性を実感していたので、通常はマシンの指示に従って1人でトレーニングを進めるのかとたずねてみた。「当初はそう考えていたが、早い段階で無理だと気づいた」とAlvino氏は言う。「そこで当初の計画よりも人員をさらに強化した。今はジムのあちこちを(トレーナーが)歩き回っているし、どの時間帯も多くのスタッフがいる。会員がいつでもスタッフやトレーナーのサポートを受けられるようにしたいからだ」
最後のテストは有酸素運動だ。Fred Fitnessに導入されているトレッドミルは、2024年末に発売された「Matrix」シリーズの新型で、「Netflix」や「Spotify」といったサブスクサービスにログインできる。ログイン情報はリストバンドに保存されるため、入力が必要なのは最初の一回だけだ。
このトレッドミルにもゲームの要素が取り入れられており、ディスプレイに表示された道に沿ってボールが移動するようにペースを維持しなければならない。テスト中は60秒ごとに疲労度をたずねられ、9に到達するとワークアウトが終わる。一時停止はいつでも可能だ。
このテストでも、筆者はAlvino氏の存在に助けられた。トレッドミルのペースが思った以上に早く上がってしまい、途中で止めたかったがタッチスクリーンをうまく操作できなかった。スピードが早くなると、転ばないように走るだけで精一杯になってしまう。結局、Alvino氏が来て、代わりにマシンを止めてくれた。
Genius AIが運動プランを自動で作成
有酸素運動、筋力、柔軟性のテストが終わると、Fitness Hubに各カテゴリーでの筆者の生物学的年齢が表示された。このデータは何を強化すべきかを知る良い目安になった。フィットネス診断が終わると、さまざまな指標をもとにGeniusが運動プランを作成し、Fred Fitnessのアプリからアクセスできるようになる。ここまでのすべてが含まれて、会費は月額150ドル(約2万2000円)だ。他に隠れた料金はない。ただし、シャワー用のタオルをレンタルしたい場合は月15ドル(約2200円)の追加料金が発生する。
Geniusが作成した運動プランが気に入らない場合は、エクササイズの順番を入れ替えたり、「個別」モードに切り替えて、通常のジムと同じく自分の好きなようにトレーニングしたりすることも可能だ。会員サービスの一環として、Fred Fitnessのパーソナルトレーナーと相談しながら、Geniusが作成したプランをもとに自分好みのプランを作ることもできる。アプリにはトレーナーが開発したワークアウトもアップロードされているので、自宅や旅行先でもワークアウトを楽しめる。
フィットネス診断が終わり、自分専用のプランができたら、あとはジム全体を自由に使えるようになる。一般の「オープンモード」エリアにあるマシンに加えて、40分で全身を鍛えられるサーキットトレーニングエリア、リーダーボードへの掲載と賞品(5月は300ドルのInBodyスマート体重計)を会員同士で競う「ゲームデー」エリア、有酸素運動コーナー、特殊マシン、ダンベルがある。
興味深いことに、地下にはAI技術を使わない「アナログルーム」があり、そこにはHypericeのマッサージガン、ケーブルマシン、「ZeroWheel」(Alvino氏いわく「未来の腹筋ローラー」)、ヨガマット、フォームローラーが置かれている。階上にはヘアスタイラー「Dyson Airwrap」とハンドドライヤーを備えたロッカールームがあり、ジム全体にテクノロジーが行き渡っている。
フィットネス、そしてFred Fitnessの未来
Alvino氏は「私たちはここで多くを学んだ。開業時にはダンベルもケーブルマシンもなかった。ただひたすら観察しているのだ」と語った。「サウナやアイスバスを備えるジムには多分ならないだろう。私たちは得意なことに集中し、そのような分野は得意な人たちに任せたい」
しかし、Fred Fitnessはそうしたアメニティーを希望する会員もいると認識しており、アプリではアイスバス、サウナ、健康的な食事、サプリメントなどを提供するサービスの割引を提供している。
このジムで最も驚かされた点の1つは、ワークアウト向けのエネルギッシュな音楽を除けば比較的静かだということだ。金属がぶつかる音や機械のガチャガチャした音はなく、穏やかなハム音だけが響く。大きな音に敏感で感覚過敏を起こしやすい私も、ここならワークアウトを楽しめそうだ。
2月15日の本格オープン以来、Fred Fitnessは約600人の会員を獲得。9カ月から1年以内には、カリフォルニア州カルバーシティに新店舗を開く計画だ。
まるで演出のように、ジムを出ると自動運転車が停まっていた。それを見送る間、私は「AI主導のジムに入会するだろうか」と自問した。
月額150ドル(約2万2000円)の会費を払う余裕があり、近所にこのジムがあれば、私は入会するだろう。ワークアウトをパーソナライズし、各マシンを自分のプランに合わせて調整してくれるAI主導のトレーニングが気に入っている。それ以上に、フォームを修正してくれるパーソナルトレーナーが常駐しているのが重要だ。人と接したくない人にも最適なジムと言えるかもしれないが、それでもパーソナルな触れ合い(文字通りの)が今のところは不可欠だと思う。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
🧠 編集部の感想:
AI主導の「Fred Fitness」は、パーソナライズされたトレーニングプランを提供し、効率的かつ楽しいフィットネス体験を実現しているのが印象的です。特に、人間のトレーナーが常駐している点が安心感を与え、AIとのバランスが取れています。今後、このような未来型ジムが普及することで、フィットネス業界がどのように進化するのか楽しみです。
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