かつてのオフィスといえば、毎朝決まった時間に出社し、決められた席で黙々と作業をする場所。けれど、コロナ禍を機に、私たちの働き方は変革の時を迎えています。
リモートワークが普及し、時間や場所に縛られない柔軟な働き方が広がりを見せるいっぽうで、新たな課題も浮き彫りになってきました。創造性やエンゲージメントの低下を招くという声も聞きます。特に社会とのつながりを求めるZ世代にとって、オフィスは単なる作業場所以上の意味を持つものとして捉えられているのかもしれません。
いま、オフィス回帰へと大きく舵が切られるなか、次代を担う若者世代は何を感じ、どう社会と向き合おうとしているのでしょうか。
場所と成果に縛られない
Z世代的「アジャイル」な働き方
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「在宅勤務=悪」は本当?議論を巻き起こした、ある発言
満員電車に揺られ、オフィスへ向かう毎日。そんな「当たり前」の光景を疑問視する声が、いま静かに、けれど確実に広がりを見せています。火付け役は、従来の労働観に異議を唱えるZ世代のCEOたち。
2025年1月、「New York Post」が報じた記事によると、事の発端は、イギリスの老舗スーパーマーケットチェーン「Marks & Spencer」の元CEO、Lord Rose氏のこの痛烈な一言から始まりました。
「在宅勤務では適切な仕事ができない」。
BBCドキュメンタリー番組「パノラマ」での発言は、オールドエコノミーの経営者層に根強い価値観を浮き彫りにする形となりました。
この発言に対し猛反論を展開したのが、ソーシャルメディア代理店「Socially Speaking」を率いるVicky Owens氏でした。彼女は「長距離通勤の苦痛」と「生産性」は無関係と、先のRose氏の主張を一刀両断。自身や社員の経験から、“場所に縛られない働き方こそが、創造性を刺激し、生産性を高める”と主張したのです。従来のオフィス至上主義からの脱却を訴える、Z世代らしいアプローチと言えるのではないでしょうか。
「集中」と「休息」の最適バランス
Owens氏が経営する「Socially Speaking」では、8名の従業員すべてがハイブリッド勤務制を導入しているそうです。さらにユニークなのは、時間管理に対する考え方。彼女は、「集中」と「休息」を明確に区別し、勤務時間中に適切な休息を取ることを推奨しているとも。短時間集中型の「ポモドーロ・テクニック」を組織全体で実践しているかのような働き方が、生産性向上に一役買っているようです。
「新しい世代は、チーム全体の生産性を向上させるために、さらにスマートに、そして従業員のウェルビーイングを最優先に考える必要があると認識している」ともOwens氏。時間や場所に縛られることなく、個々のパフォーマンスを最大化するための試行錯誤を続けているそうです。
「最高の仕事はベッドで生まれた」
場所を選ばない働き方がもたらす未来
「オフィス勤務=仕事」という固定観念を捨て、従業員一人ひとりの快適な働き方を尊重する。「最高の仕事はベッドの上で生まれた」というOwens氏の言葉は、場所を選ばない働き方が、創造性を解放し、新たな可能性を拓くことを示唆しているとも捉えられます。
リモートワークの普及により、企業はオフィス賃料や通勤手当といったコスト面の削減が叶います。かたや従業員は、通勤時間のストレスから解放され、自由な時間が増えることで、創造性を養ったり、家族や大切な人との時間をつくったりと、仕事と生活の調和を図り両方を充実させることも可能になることを思えば、企業と従業員、双方にとってメリットのある働き方と言えそうです。
Z世代CEOが実践するアジャイルな働き方は、従来の労働観を覆す革新的な取組み。従業員のウェルビーイングを重視し、個々のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を認めることは、これからの時代に必要不可欠な要素となるはずです。
組織のトップが、固定観念を捨て、従業員一人ひとりの個性と能力を尊重すること。また、テクノロジーを活用したり、コミュニケーションを円滑に進めること。アジャイルな働き方を成功させるための鍵は、それらにもあるはずです。場所や時間にとらわれず、「成果」で評価される時代。組織と個人の双方が成長できる、そんな働き方を追求していくと良いのかもしれませんね。
Z世代が求める“つながり”は、
クリエイティブの起爆剤になる
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リモートか、オフィスか?
「働く場所」の二択思考に終止符
2025年4月、オフィス家具や事務機器、家庭用家具などを製造・販売する「株式会社イトーキ」が公開した調査レポート「オフィスワーカーの意識調査-2025年オフィス構築に向けて」において、興味深い結果が出ました。
同調査によると、理想的な出社方法として「フルタイム出勤(完全オフィス出社)」を挙げた人の割合が、全体の48.4%と最多。リモートワークの普及で一時的にオフィス離れが進んだものの、オフィス回帰の兆しが見えていることが判明しました。
オフィスに出社したい理由としては、「明確なオン/オフの切り替えができる」(41.7%)、「仕事に必要な設備やリソースがオフィスにある」(38.7%)といった回答が多く、生産性や環境満足度の高い層ほど、リアルなコミュニケーションを重視する傾向があることもわかりました。
リモートワークは効率的な作業に適しているいっぽうで、新しいアイデアやイノベーションは、対面での活発な議論から生まれることが多いと、多くのビジネスワーカーは感じているようです。オフィスは単なる作業場所ではなく、“創造性を刺激する場”としての価値を再認識する必要があるかもしれません。
フリーアドレスの光と影。
生産性向上の裏で見過ごせない、“孤独”という落とし穴
オフィス回帰の兆しが広まるなか、多くの企業が取り入れている「フリーアドレス」において、調査からはある“功罪”が見えてきました。
フリーアドレス制は、固定席にとらわれず、自由に働く場所を選べる柔軟なオフィスレイアウトが可能ですが、同調査において、フリーアドレス席(1人1席ない形態)のワーカーの21%が「オフィスで孤独感が増した」と回答したそうです。
個人席がないフリーアドレス環境では、偶発的なコミュニケーションが生まれにくく、従業員が孤立してしまうリスクがある。それが孤独感を生み出す原因に。フリーアドレスを導入する際は、従業員のコミュニケーションを促進するための施策をセットで検討する必要がありそうです。たとえば、チームごとに集まれるプロジェクトスペースを設けたり、部署を超えた交流を促すシャッフルランチを導入したりするのも有効かもしれません。
つながりをデザインする、“ナナメの関係”構築
また、同調査において20代ワーカーの22.8%が「オフィスで孤独感が増した」と回答していることからも、社会経験の少ない若年層ほど孤独感が顕著になっていることも判明しました。
リモートワーク主体の働き方では、どうしても同僚や上司とのコミュニケーションが希薄になりがち。特に、新入社員や若手社員は、職場に馴染む機会が減り、孤立感を抱えやすいのかもしれません。企業は、若手社員のエンゲージメントを高めるために、部署を超えた交流会を開催したり、メンター制度を導入したりするなど、さまざまな施策を検討する必要がありそうです。
リモートワークとオフィスワークのハイブリッド型が主流となるこれからの時代、オフィスは単なる作業場所ではなく、従業員のエンゲージメントを高め、創造性を刺激するコミュニティとしての役割が求められます。
没個性的なオフィスから脱却し、感性を刺激するオフィスへ。単なる作業場所ではなく、従業員の創造性を生み出し、新入社員とベテラン社員がクロスオーバーすることで新たな価値を創出する場所へ。そんなふうに、オフィスを再定義することが必要なのかもしれません。
仕事もプライベートも充実させる
「ウェルパ」という新しい価値観
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労働時間だけじゃない。充実感と幸福感を追求
最近、特にZ世代の間で話題の新しいキーワードとして注目されている「ウェルパ」。ウェルパとは、「ウェルビーイング(Well-being:心身ともに良好な状態)」と「パフォーマンス(Performance:業務成果や能力発揮)」、このふたつを両立させる考え方です。
従来のワークライフバランスは、仕事とプライベートの時間配分を調整することで心身の安定を図りつつ、仕事でも一定の成果を出すことを目指していました。いっぽう、ウェルパは単なる時間の調整に留まらず、仕事とプライベートの両面において質の高い充実感と幸福感を追求していく点において異なります。
では、なぜ今、ウェルパという考え方が求められているのでしょう? その背景には、現代社会が抱える問題があります。テクノロジーの進化やグローバル化、そして新型コロナウイルスのパンデミックなど、社会は大きな変化の波の中にあり、人々の価値観や働き方にも大きな影響を与えてきました。
厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、現在の仕事や職業生活に何らかのストレスや不安を感じている人は、全体の8割を超えているという結果が出ています。会社に縛られた働き方や、物質的な豊かさだけを追求する生き方では、真の幸福を感じにくい人が増えているのかもしれません。
デジタルネイティブ世代の共鳴。
自分らしい生き方という選択
生まれた時からデジタルが身近にあるZ世代は、従来の価値観にとらわれない柔軟な発想を持っています。インターネットやSNSを通じて常に膨大な情報にアクセスし、多様な価値観に触れているため、従来の固定観念にとらわれず、自分らしい生き方を追求したいと考えるのが特徴です。
Z世代は、仕事を選ぶ際に「自分の成長につながるか」「社会貢献できるか」といった点を重視する傾向にあると言われています。ウェルパは、これらの価値観を叶え、仕事もプライベートも充実させたいというZ世代の願いを後押ししてくれる概念として、共感を集めていると言えるのではないでしょうか。
終身雇用制度の崩壊や、長時間労働、ハラスメント問題など、従来の日本の働き方に対する疑問や課題が、近年改めて浮き彫りになっています。このような現状を冷静に捉え、「古い働き方にとらわれたくない」「自分らしく働きたい」という強い意志を持っているのがZ世代。そこもにウェルパとの親和性があると考えられています。
Editor’s Voice
オフィス回帰の波が押し寄せる今、Z世代が本当に求めているのは、旧態依然としたオフィスへの復帰ではないことがわかります。
彼らの内なる声に耳を傾ければ、従来の画一的な働き方や価値観に疑問を抱き、「個」を尊重する働き方を求める傾向が強いことが見て取れます。従来型の企業文化やマネジメント手法が、変化の激しい現代社会や、多様な価値観を持つZ世代に合わなくなってきている可能性も否定できません。
そう考えると、オフィスとリモートのいいとこ取りをした“ハイブリッド型”に答えがあるようにも思えてきます。オフィスは「つながり」と「創造性」を育む場、リモートワークは集中して作業する場として使い分けることで、従業員のパフォーマンスを最大化することもできるでしょう。これからのオフィスとは、単に快適な空間を提供するだけでなく、従業員のエンゲージメントを高め、イノベーションを促進する、組織文化そのものを体現する場所なのかもしれませんね。
企業の求めるものとZ世代の価値観とのバランスを取りながら、互いの“強み”を理解し融合させる。新たな時代の働き方を創造していく鍵は、そこにあるのではないでしょうか。
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