教室の壁に掛かるお馴染みの周期表。
しかしその並び方を大胆に組み替えることで、時間計測の未来が拓けるかもしれません。
ドイツのマックスプランク核物理研究所(MPIK)で行われた研究によって、原子核中の陽子数ではなく残りの電子の数で元素を配置し直した全く新しい「周期表」が提案されました。
チームによれば、この方法で整理したところ、高電荷イオン(たくさんの電子を奪われて強い正電荷をもつ原子)の中に眠っていた700種類以上も「次世代の光格子時計の候補」が浮上したといいます。
従来の周期表からも多くの知見が得られたように、新たな周期表を作ると同時に大量の知識が一網打尽的に現れた訳です。
「新・周期表」は、これまでの周期表では見落とされていた原子の秘密を暴き出し、人類科学を新たな段階に高めてくれるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年4月16日に『arXiv』にて発表されました。
目次
- 従来の周期表の限界
- なぜ電子数にもとづく周期表が革命的なのか?
- 新しい周期表はプラズマ解析も宇宙観測も一気に扱える
従来の周期表の限界

高電荷イオンとは、原子から多くの電子を剥ぎ取って非常に高い正電荷を帯びたイオンのことです。
例えばウランのように電子を何十個も持つ重い原子でも、極端に電離して残った電子がわずか数個になれば、それは高電荷イオンです。
高電荷イオンでは最も外側の電子殻がごっそり失われているため、通常の原子とは性質が大きく変わります。
しかし私たちが慣れ親しんだメンデレーエフの周期表は、元素を原子番号(陽子の数)で分類しています。
そのためこのままでは、電子をほとんど失った高電荷イオンの電子的性質(電子配置やエネルギー準位の構造)をうまく記述できないのです。
実際、原子番号順の従来の表では、高電荷イオンにおけるエネルギーの性質が埋もれてしまい、発見が得られにくくなっていました。
そのため近年になって科学者たちは、「元素の並べ方を変えれば見える世界も変わるのではないか?」と考えるようになりました。
既存の周期表から原子の性質の多くが読み取られるように、新たな周期表が作られれば人類がこれまで知らなかった知識が得られる可能性があります。
そこで生まれたのが、「残り電子数」に着目した新しい周期表です。
発表者の一人であるChunhai Lyu氏らは、電子が軌道に順々に収まっていく過程を基準に元素を並べ直しました。
言い換えれば、陽子の数ではなく電子の数で分類したのです。
これはちょうど、レゴブロックを一つずつ積み上げていくように原子を構築するイメージです。
1個の電子から始まり、2個、3個…と電子を追加してゆくと、電子配置ごとに特徴的な構造が現れます。
このように電子数に従って配置することで、異なる元素であっても等しい電子数を持つイオン同士(イソ電子系列と呼ばれます)が同じ列や行に並びます。
例えば「2個の電子を持つヘリウム」と「2個の電子を持つ炭素」は、ともに2という電子数で括られるといった具合です。
するとこの新しい「電子数を基準にした周期表」を使うと、いままで複雑で分かりにくかった高電荷イオン(電子を大量に失ったイオン)の性質が、意外にわかりやすいパターンとして見えてきました。
たとえるならば、難解な暗号が解けたように、高電荷イオンの「どんなエネルギー状態があるか」がスッキリ整理されるのです。
研究チームは、「この並べ方なら、高電荷イオンのエネルギーのしくみがぐっと単純化され、実験室のプラズマ研究や天体の観測データを読み解くのに役立つ」と話しています。
しかしより大きな発見は別にありました。
なぜ電子数にもとづく周期表が革命的なのか?

新しい周期表がもたらした最大の驚きは、超安定な遷移の大量発見でした。
つまり「原子の中のエネルギーが変わるときに出る振動」が、ものすごく安定した形でたくさん見つかったわけです。
これは原子時計にとって重要な発見です。
そもそも時計とは、何かが一定のリズムで振動するのを“刻み”として利用する仕組みです。昔ながらの振り子時計やゼンマイ式時計では「振り子」や「歯車」がそのリズムを担当し、クォーツ時計では「水晶振動子」が代わりをしています。
ところが「原子時計」では、原子がエネルギー状態を変える瞬間に出す“振動(光)”を使います。
原子があるエネルギー状態から別の状態へ移るとき、その変化は量子力学的にきわめて正確なリズムで起こるからです。ただし、どの原子遷移でもいいわけではなく、特に使いやすいのが「禁制遷移(きんせいせんい)」と呼ばれる、めったに起こりにくい現象です。
イメージで言えば極めてまれにしか動かないぶん、逆にすごく安定した周期を持ってる振り子と言えるでしょう。
このような振り子は短い時間の測定に使うのは不向きですが、長期に渡りブレが少なく非常に正確に時を刻むことができます。
たとえば、現在「世界で最も正確」とされる光格子時計は、ストロンチウムやイッテルビウム原子の禁制遷移を使うことで、数十億年に1秒しか狂わない精度を実現しています。
新・周期表はこの禁制遷移に「大量の新候補」の発見に貢献したのです。
電子数で整理した表を眺めると、ある特定の電子配置に属する高電荷イオンたちが一斉に、時計に使えそうな遷移を示すことが分かりました。
しかもその数が700種類にも及ぶことが判明します。
ある意味で原子時計用の振り子の大量発見とも言えるでしょう。
研究陣は「従来表では見落としていた超安定遷移が、まるで暗号が解けたように浮かび上がった」と表現しています。
まさに原子の秘めたメッセージが解読された瞬間と言えるでしょう。
この発見は、高精度時計の研究者にとって宝の山です。
さらに高電荷イオンは外界からの影響を受けにくい利点もあり、より正確で安定した時計の実現に期待が寄せられています。
今回提示された700超の候補からは、現在のストロンチウム光格子時計を凌ぐ究極の原子時計が誕生するかもしれません。
新しい周期表はプラズマ解析も宇宙観測も一気に扱える

今回提案された「新・周期表」がもたらす恩恵は、超精密な時間計測分野にとどまりません。
実は、整理された高電荷イオンのエネルギー状態一覧は、プラズマ物理や天体物理といった広い分野にも大きなインパクトを与えそうなのです。
私たちの身近な技術でいえば、核融合炉のような超高温のプラズマ環境があります。そこで扱われるプラズマ(イオンや電子が入り交じった状態)の中には、たくさんの高電荷イオンが存在するものの、そこから出る光やエネルギーの分析は複雑でした。
なぜなら、高電荷イオンは電子を多く失った結果、普通の原子とまったく違う“スペクトル”(出す光の波長)を示すため、どの線がどの元素に対応しているのか判別しにくかったのです。
しかし今回の新しい周期表を指針にすれば、「どの電子数系列に属しているか」を手掛かりに、複雑に見える光の輝線を素早く仕分けできるようになるかもしれません。
例えるならば、大きな倉庫に散らばっていた商品(スペクトル線)を、きちんとジャンルごとに並べ替えてラベリングし、どこに何があるか一目で見つかるようになったイメージです。
この恩恵はプラズマ研究だけにとどまりません。宇宙空間の星雲や銀河も、実は高温プラズマが豊富に存在する場所です。
望遠鏡で観測したときに、謎めいた光の線(スペクトル線)が見つかることがありますが、それがいったいどの元素由来なのか、あるいはどんなイオン状態なのか分からない場合が少なくありませんでした。
今回の研究による新・周期表を照合すれば、「これって実は電子数が○○のイオンなんじゃないか?」と推測しやすくなる可能性があります。
結果として、遠くの星や銀河の性質や進化の謎に迫る手がかりを得られるわけです。研究チームも、「実験室や天体プラズマで不可欠な高電荷イオンの構造を、一気にシンプルに見渡せるようになった」と述べています。
さらに注目すべきは、この新・周期表が私たちの暮らしにも大きな影響を与えうる点です。
冒頭でお話ししたように、高電荷イオンのある種のエネルギー遷移は、きわめて正確な「時計」になり得ます。
これによって、現在の最先端とされる光格子時計の精度をさらに高める道が開かれるかもしれません。
もし将来、その精度が桁違いに向上すれば、私たちが当たり前に使う「秒」という時間の単位自体が、まったく新しい定義に置き換わるかもしれないのです。
「原子核の陽子数」から「電子の数」へという大胆な発想の転換によって、プラズマ研究や天体観測、さらには究極の時間計測までもが大きく進化するかもしれません。
新しい周期表という視点が、これからの科学の歩みをさらに加速させていくでしょう。
元論文
Periodic table for highly charged ions
https://doi.org/10.48550/arXiv.2504.11237
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
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