宇宙の中でも特に強大な存在であるブラックホール。
その回転エネルギーを取り出す理論的な方法として「ブラックホール爆弾」と呼ばれる現象があります。
これは、ブラックホールの周囲に閉じ込められた波動がエネルギーを増幅し続け、ついには爆発的に放出されるという奇想天外なアイデアです。
ですがこれまで、このブラックホール爆弾のアイデアの実証はかなり困難だと考えられてきました。
ところが今回イギリスのサウサンプトン大学(UoS)で行われた研究によって、このブラックホール爆弾に相当するエネルギーの暴走現象が、史上初めて地上の研究室で実現されました。
実際の実験では入力ゼロの状態でも熱雑音レベルのわずかなゆらぎが指数関数的に増幅し、やがて指数関数的に電磁エネルギーが蓄積されていく様子が示されています。
量子真空ゆらぎや暗黒物質の探索につながる実験手法としても期待されますが、その仕組みの核心とは何でしょうか?
研究内容の詳細は2025年3月31日に『arXiv』にて発表されました。
目次
- 半世紀の夢「回転エネルギー泥棒」の正体
- ブラックホール爆発が実験室で実現
- 量子真空・暗黒物質探査の新兵器
半世紀の夢「回転エネルギー泥棒」の正体

ブラックホールは強力な重力エンジンのような存在ですが、「そこからエネルギーを取り出せないだろうか?」という問いは古くから物理学者を魅了してきました。
その一つの答えが、英国のロジャー・ペンローズによる1969年の提案です。
ペンローズは回転するブラックホールの周囲で「エルゴ領域」と呼ばれる時空の引きずり込み領域に物体を投げ込むことを考えました。
うまくいけば、物体は二つに分かれ、一方がブラックホールに落ちる際に負のエネルギーを持ち去り、もう一方が追加のエネルギーを得て飛び去る――つまりブラックホールの回転エネルギーの一部を奪い取ることができるはずだ、と予想したのです。
難しそうに思えますが、回転する大きなコマの上にBB弾を落とすと、BB弾にコマの回転力が伝えられて「パチン」と勢いよくはじけ飛ぶのと似ています。
BB弾はコマからエネルギーを貰い、コマはそのぶんエネルギーを失います。

回転コマをブラックホールに置き換え、BB弾を投げ込むとすると、BB弾はエルゴ領域に入った瞬間、パチンと二つに割れることになります。
そして片方のかけらはブラックホールにのみ込まれ、回転エネルギーを“借金”として抱えたまま内部へ沈みます。
もう片方は、回転する時空の「反発バネ」に弾かれて元より速く飛び出し、奪ったエネルギーをそっくり外へ持ち出す――これがペンローズ過程のイメージです。
この場合も、BB弾の加速したぶんだけ、ブラックホールのエネルギーが失われます。
つまり理論的には、ブラックホールに何かを落とすだけで、その何かが加速力というエネルギーを受けることができるわけです。
もし加速するほうに糸なりなんなりを結び付けて発電機につなげば、ブラックホールに物を落とすだけで発電が可能になります。
(※時空が引きずられる領域から脱出するのは極めて困難ですが、理論的にはあり得ます)
このエネルギー取り出しプロセスはペンローズ過程と呼ばれ、理論上ブラックホールの質量エネルギーの最大20%程度(より正確には21%程度)まで抽出可能だとされます。
つまりブラックホールを原動力とする最も原始的な「縮退炉」になるわけです。
さらに物質ではなく波(光や電磁波)でも似たことが起こり得ます。
ただ増幅が起きるのは、ブラックホールが自転する速さよりも“ゆっくり回る波”を当てたときです。
簡単に言えば、波がブラックホールの回転ベルトに乗って「おんぶ」してもらえるくらい遅いと、ベルトから力をもらってどんどん大きくなります。
この散乱増幅現象を超放射(スーパーレディアンス)と呼びます。
音で例えるならば、回転する装置に音波を注ぎ込むと「音の高さ(周波数)はそのまま」で「音の大きさ(エネルギー)が増幅された」音が返ってくることがあります。
これは、装置が自分の回転エネルギーを音に与えた結果といえます。
このようにブラックホールから回転力を奪うことで、理論上はエネルギーを獲得できるのです。
とはいえ、ペンローズ過程や超放射で一度に取り出せるエネルギーには限りがあります。
そこで理論家たちは「もっと劇的にエネルギーを引き出す方法はないか?」と発想を飛躍させました。
その一つが1972年にPressとTeukolskyによって提唱されたブラックホール爆弾のシナリオです。
これは、回転ブラックホールの周囲を完全反射する鏡(または閉じ込めの場)で囲めばどうなるか、という思考実験でした。
ブラックホールに投げ込んだ光(電磁波)がエネルギーを増幅され出ててきたところを、鏡で反射して再度ブラックホールに投げ込み、さらに大きなエネルギーとして取り出し、それをさらに反射して……という感じです。
まるで増幅し合うフィードバックのループが暴走し、ついには鏡が耐えきれなくなって「爆発」するか、ブラックホールの回転エネルギーが尽きて暴走が止まるまで続くでしょう。
光は質量を持ちませんが運動量を持つので、ブラックホールと鏡の間には最高でブラックホールの質量の役20%ものエネルギーが蓄積されることがあります。
ブラックホールの質量がとんでもなく大きい場合、蓄積されるエネルギーの量も莫大になり、爆弾として協力無比なものになるでしょう。
この極端な仮想実験が「ブラックホール爆弾」と呼ばれるゆえんです。
言い換えれば、「ブラックホールをエネルギー源とした究極の爆弾装置」が理論的には可能かもしれない、というわけです。
もしSFなどの設定に利用するなら、銀河中央にあるブラックホールを巨大なブラックホール爆弾に変えて兵器とする……といった感じでしょう。
しかし実際の宇宙でブラックホール爆弾を起こすのは容易ではありません。
完璧な鏡でブラックホールを囲むなど現実にはあり得ませんし、たとえ似た状況(例えばブラックホール周囲に粒子や場が閉じ込められるような場合)があっても、観測が難しいからです。
それでも、この超放射の暴走メカニズムは宇宙物理や量子物理にとって非常に興味深い現象でした。
もし実験室でこの現象を再現できれば、ブラックホールを使わずにその物理の一端を直接検証できることになります。
そこで着目されたのが、1971年にソビエト連邦のヤコブ・ゼルドビッチが提唱したある理論です。
ゼルドビッチは「回転する金属円筒」を用いて、ブラックホールのエネルギー放出現象を地上で再現できるかもしれないと考えました。
彼の計算によれば、円筒のコマがある角速度で回転しているとき、特定の性質(角運動量)を持つ電磁波を当てると、コマから回転力を奪って反射波が強められるというのです。
条件はシンプルで、波の周波数が円筒の回転よりも十分低ければ増幅が起こると予言されました。
これはブラックホールにおける超放射のアナロジーであり、ゼルドビッチ効果または回転超放射と呼ばれます。
いわば回転する物体が自転エネルギーを削って波にエネルギーを与える現象です。
ゼルドビッチの予言は斬新でしたが、一つ大きな問題がありました。
当時の試算では、この効果が観測できるほど顕著になるためには円筒を光速に迫るような超高速で回転させる必要があると考えられたのです。
これは技術的にほぼ不可能です。
そのため長らく誰も実証できずにいました。
しかし近年になって、このゼルドビッチ効果を間接的に確かめる実験的進展がいくつか現れます。
例えば2020年には音波(音のねじれた波)と回転する円盤を使ってエネルギー増幅を確認する「音響版ゼルドビッチ効果」の実験報告がなされました。
音波は光よりずっと遅いため、比較的ゆっくりした回転でも条件を満たせたのです。
また低周波の電磁波と回転体を組み合わせた研究で、見かけ上の「負の抵抗」(エネルギー供給側に回る現象)が観測された例もあります。
しかし肝心の正味の信号増幅や自発的な波の生成(入力なしで波が生まれる)といった決定的な証拠は、これまで得られていませんでした。
こうした背景のもと、サウサンプトン大学やグラスゴー大学などからなる研究チーム(著者ら)は、満を持して電磁波によるゼルドビッチ効果の本格実証に挑みました。
しかも単に増幅させるだけでなく、ブラックホール爆弾のような暴走的フィードバックを引き起こすことが最終目標としました。
筆頭研究者のマリオン・クロムブ氏は「改良によって『ブラックホール爆弾』に似た状況――つまり増幅が正のフィードバックとなって回路内の出力が指数関数的に跳ね上がる現象を実現したい」と述べていましたす。
果たして理論は果たして現実のものになったのでしょうか?
ブラックホール爆発が実験室で実現

研究チームの実験装置は、一見すると電気モーターのようにも見えるシンプルなものです。
中心にはアルミ製の円筒ローターがあり、高速で回転させることができます。
その周囲には3つの電磁コイルが120度間隔で配置され、可動部分のないステータ(固定子)として機能します。
これらコイルに交流電流を流すことで、ローターの周囲に回転する磁場を作り出せます。
簡単に言えば、コイルから発生する電磁波に「ねじれ」(角運動量)を与え、一方向(ローターの回転方向)に回るモードを作り出すのです。
これはブラックホールに入射する回転する光を模したものと考えることができます。
またコイルとフェライト磁心、配線は共振回路を構成しており、特定の周波数の電磁振動を溜め込みやすくなっています。
これはブラックホール爆弾シナリオにおける「鏡」に相当し、増幅された波が逃げずに系内を何度も周回できるようにするための工夫です。
以上が装置の概略で、確かに「驚くほどシンプル」ですが、その裏には緻密な調整と工夫が凝らされています。
では、この装置でどのような現象が起きるのでしょうか。
ローターが静止しているとき、コイルにエネルギーを与えても多くはローターによる損失(渦電流損など)として吸収されてしまい、特に面白いことは起きません。
しかしローターを高速回転させると状況が一変します。
回転によってコイルの交流磁場はローター側から見るとドップラー効果で周波数が下がって見えるため、ある臨界速度を超えるとローターが磁場のエネルギーを吸収するどころか逆にエネルギーを与え始めるのです。
たとえば本来なら10ヘルツの交流磁場を出しているコイルがあったとしましょう。
ところが、ローターがぐるぐる回転している視点から眺めると、ドップラー効果のせいでその10ヘルツが、たとえば8ヘルツやあるいは20ヘルツのように周波数が変わって見えることがあります。
そして、この“見かけの周波数”がある臨界値を越えると、ローターはもはや磁場エネルギーを吸い込む側ではなく、逆に自分の回転エネルギーを磁場に与え始めるのです。まるで、受け身だったはずのローターが、ある速度に達した途端に「こちらからも力を送り返すぞ!」と方針を変えるようなイメージです。
いわばローターが増幅器に豹変するわけです。
この臨界条件こそゼルドビッチが示した増幅の条件で、実験では回転数で表すと毎分約7万回転前後(※仮の値)に相当しました。
クロムブさんは「円筒が電磁波を増幅に転じるには、円筒の回転速度が電磁波の回転(周波数)を上回る必要があります」と説明しています。
実際チームは、ローターの回転速度を変化させたとき電磁回路から取り出せるパワー(出力)がどう変わるか精密に測定しました。
その結果、ローターの回転が十分に速い条件では、回路の出力信号が明らかに強まる(増幅される)ことを確認しました。
「私たちは回転速度を変えつつ回路内のパワーを測定しましたが、円筒が十分速く回転したときに確かに出力が増幅されることを観測しました」とクロムブさんも述べています。
このように、まずゼルドビッチ効果によるエネルギー増幅の直接検証が成し遂げられたのです。
さらに注目すべきはここから先の現象です。
研究者たちは共振回路の損失を極力小さく抑える工夫をし、ローターから得たエネルギーが回路内にできるだけ蓄えられるよう調整しました。
ブラックホールを覆う鏡のような仕組みを回路で再現したわけです。
その状態でローターを臨界以上の速度で回転させると…起きました!
何も入力していないのに、回路内にわずかに存在する熱雑音や電気ノイズといった微小なゆらぎがタネとなり、回路の振動(電磁波)が自発的に成長を始めたのです。
増幅された電磁振動は共振ループ内をぐるぐる回り、ローターからさらにエネルギーを引き出してはますます振幅を大きくしていきました。
その増大ぶりはまさに指数関数的で、時間が経つにつれて信号強度が雪だるま式に急上昇していきます。
グラフ上では明確な指数関数カーブが描かれ、理論が予測していた「ランナウェイ(暴走)」増幅の特徴を示しました。
発振している振動の周波数もローターの減速に伴って少しずつ低下し、やがてあるところで増幅がピタリと止まりました。
この時点でローターの回転は初期より十分遅くなっており、もう増幅の条件を満たさなくなったためです。
つまりローター自身がエネルギーを吸い尽くされてしまったわけです。
実際、出力の成長に合わせてローターの回転速度がわずかに落ちていく様子も観測されており、回路内に取り出されたエネルギーがローターの運動エネルギーから供給されていた確かな証拠となりました。
「指数関数的に成長する信号とそれに対応したローターの減速」という現象は、まさにブラックホール爆弾理論が示す振る舞いそのものです。
ブラックホール爆弾の場合も、ブラックホールの回転が鈍れば超放射の条件が崩れて増幅が止まると予想されており、今回の実験はそのアナロジーを忠実になぞってみせたのです。
量子真空・暗黒物質探査の新兵器

このようにして、研究室内における史上初の「ブラックホール爆弾」の再現に成功したわけですが、これは一体どんな意味を持つのでしょうか。
まず第一に、50年来の物理学の問いに対するエポックメイキングな実証であることは間違いありません。
ゼルドビッチが予言し、誰もが「無理だろう」と思っていた回転体によるエネルギー増幅が、工夫次第で実現可能であると示されました。
音波での検証や低周波での兆候は以前からありましたが、電磁波という本命の領域で実際に正の増幅と自発発振(自己振荡)を確認できた意義は極めて大きいです。
これは重力を使わずにブラックホールの物理を模倣できたということであり、重力場を持たない私たちの身近な環境でも類似の物理現象が起こり得ることを示唆します。
極論すれば、「ブラックホールがなくてもブラックホール的なエネルギー放出を起こせる」わけで、これはとても驚くべきことでしょう。
次に、この成果は将来のさらなる探究に向けた道を開きます。
今回の実験ではノイズがトリガーとなって波が成長しましたが、理論的には量子的なゆらぎ(真空揺らぎ)すら種になり得るとされています。
ゼルドビッチは当初、量子真空からエネルギーを引き出し回転体が減速する現象としてこの効果を語っており、それこそがホーキングによるブラックホール蒸発の着想源にもなりました。
研究チームは今回、現実的なレベルの熱ノイズなどから発振させましたが、将来的には温度を下げたり真空に近い条件を作ったりして「より微小な揺らぎ」から増幅を始めさせることを目指すでしょう。
もしそれが実現すれば、量子摩擦(量子真空による見えない摩擦抵抗)の直接検出といった、より深遠な物理の実験に繋がります。
実際、論文でも「ノイズからの指数増幅はブラックホールの不安定性の理論研究を後押しし、将来的には量子真空をシードとするゼルドビッチ効果(量子摩擦)の観測へ道を拓く」と述べられています。
さらに広い視点では、ブラックホール爆弾に関連する現象は宇宙の中にも潜んでいる可能性があります。
例えば近年の研究では、ブラックホールの周囲に存在し得る超軽量の粒子(例えばアクシオン)の場がブラックホールからエネルギーを引き出し「粒子の雲」を成長させる現象が提唱されています。
これはブラックホールに自然の鏡を与えるようなもので、結果的にブラックホールの回転が減速し、エネルギーが重力波などで放出されるかもしれないと予想されています(まさに宇宙版ブラックホール爆弾です)。
今回の実験は、そのような宇宙で起こり得るかもしれない超放射的インスタビリティ(不安定増幅)を地上で模擬したとも言えます。
もちろん実験の「爆弾」は安全な玩具モデルであり、すぐに宇宙エネルギーを取り出せる技術に直結するものではありません。
しかし、この成果によってブラックホール物理で議論されてきたエネルギー増幅メカニズムが現実のものとして目の前に姿を現したのですから、科学者たちの興奮は大いに高まっています。
最後に、今回の研究成果を踏まえて研究者のコメントを紹介しましょう。
論文著者の一人は、その意義を次のように語っています。
「私たちの実験は、回転する吸収体から回転エネルギーを引き出して電磁波を指数的に増幅できることを、低い周波数領域で示しました。
さらに興味深いことに、この不安定な増幅がオンとオフを切り替えられる(ローターのエネルギー損失によって増幅が停止する)ことも示したのです」。
半世紀前に提唱された理論に実験で光を当て、新たな知見を加えたこの成果。
史上初の「ブラックホール爆弾」の創出は、宇宙と量子の交差点に新たな扉を開いたと言えるでしょう。
今後、この小さな爆弾からどんな物理学の花火が打ち上がるのか、楽しみに待ちたいと思います。
元論文
Creation of a black hole bomb instability in an electromagnetic system
https://doi.org/10.48550/arXiv.2503.24034
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部