アメリカのアラバマ大学ハンツビル校(UAH)で行われた研究によって、宇宙が膨張し続ける理由と、その背後で働くとされる見えない力――暗黒エネルギーと暗黒物質――に対する定説が根底から問い直されています。

何十年もの間、暗黒エネルギーが銀河同士をますます速く遠ざけ、暗黒物質が銀河をまとめていると考えられてきましたが、どちらも直接観測された例はありません。

そもそも私たちが目で確認できる星や惑星、人間などは宇宙全体のわずか約5%しか占めず、残りは暗黒エネルギーがおよそ70%、暗黒物質がおよそ25%だと推定されています。

しかしこの「ダークユニバース」像は本当に正しいのでしょうか――もし計算が間違っていたら、もし別の仕組みが働いていたら?

そこで登場するのがリチャード・リュー博士の大胆な新提案「時間特異点理論」です。

博士は、暗黒エネルギーも暗黒物質も一切使わずに宇宙の成長と銀河の振る舞いを説明できるかもしれないと主張し、宇宙はときおり起こる“ミニ・ビッグバン”のような短いバースト(爆発的な膨張)で拡大すると考えました。

これらの突発的出来事は「一時的時間特異点」と呼ばれ、ほんの一瞬、宇宙全体を物質とエネルギーで満たして膨張率を跳ね上げます。

バーストが終われば余分なエネルギーは姿を消し、次のバーストまで宇宙は静かに落ち着きます。

まるで宇宙の心拍やストロボの閃光のように、エネルギーは一瞬だけあらゆる場所に現れてすぐ消えるため私たちは直接気づきませんが、宇宙史を通じて複数の「脈動」が積み重なれば、観測される膨張や構造形成を十分に生み出せる――常時存在する暗黒エネルギーや暗黒物質を仮定せずとも、というのが博士の主張なのです。

この斬新な理論は、暗黒成分に頼らず宇宙を説明できるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年3月21日に『Classical and Quantum Gravity』にて発表されました。

目次

  • 連続爆発モデルのしくみを解剖
  • 連続爆発の影響が暗黒物質と暗黒エネルギーを“演じる”
  • 検証可能な“もう一つの宇宙”が描かれる

連続爆発モデルのしくみを解剖

連続爆発モデルのしくみを解剖
連続爆発モデルのしくみを解剖 / Credit:Canva

「宇宙は一度きりの大爆発(ビッグバン)から始まった」というのが、これまで最も広く受け入れられてきた見方です。

実際、ビッグバン理論は多くの観測(宇宙背景放射や元素合成、銀河分布など)と整合性が高いとされてきました。

しかし一方で、“暗黒物質”や“暗黒エネルギー”といった未発見の存在を前提にしないと、なかなか説明がつかない謎も数多く残っています。

「ビッグバンはあったけど、その後の物質やエネルギーは常に同じように広がっているわけではないのでは?」という問いは、近年ますます注目を集めるテーマの一つとなっています。

その中で注目を浴び始めたのが、「単発のビッグバンではなく、何度かにわたる離散的な爆発(バースト)が宇宙を成長させてきたのかもしれない」という新モデルです。

もしこれが正しければ、暗黒物質や暗黒エネルギーが常時存在するわけではないのに、観測される膨張の歴史や巨大な構造形成を説明できる可能性がある、と主張しています。

以下では、この「段階的バースト」モデルを大まかに“5つのステップ”に分けてご紹介します。

あくまでイメージ重視の解説ですが、ビッグバン理論との相違点を比較しながら読むと、その発想のユニークさが見えてくるはずです。

第一段階:長い静寂期

通常の物理法則が働く限り、宇宙はごく緩やかに膨張していきます。

ここでは“暗黒エネルギー”や“暗黒物質”と呼ばれる不可思議なものは見当たりません。

私たちが知る銀河や恒星、ガスといった通常の物質だけが存在しており、時間の経過とともに少しずつ空間の広がりを感じる――そんな状態が長く続くのです。

第二段階:突然訪れる“大バースト”

ところが、ごくまれなタイミングで「時間特異点」という現象が起こります。

これは、想像を絶するほど短い時間内に宇宙全域へ膨大な質量とエネルギーが一気に流れ込む、いわば無数の“ミニ・ビッグバン”が同時多発するようなイベントです。

まさに嵐のように物質とエネルギーが空間を満たし、その継続時間はまばたきより短いかもしれません。

第三段階:一瞬で進む“膨張ブースト”

この大バーストの瞬間、宇宙の“布”が一気にふくらみます。

物理学では、こうした「押し広げる力」をしばしば“負の圧力”と呼び、暗黒エネルギーの効果に似ていると説明されます。

イメージとしては、風船に急に強く息を吹き込むと一瞬でサイズが大きくなるのと同じです。

このとき宇宙がジャンプするように膨張し、結果的に“通常の物質”だけでは説明しづらいほど加速的な広がりを見せるのです。

第四段階:銀河の種がまかれる

バーストによって宇宙全体へほぼ均一に物質がばらまかれますが、わずかに“むら”が生じます。

密度がほんの少し高い場所ができると、そこは重力で周囲の物質を引き寄せ始めます。

数百万年から数億年という長い時間をかけて、こうした濃い部分が徐々にまとまり、最終的に銀河や星団などの大規模構造へと成長していくのです。

いわば、各バーストのたびに“宇宙の種”がまかれているようなイメージでしょう。

これ自体は従来のビッグバン理論で語られる「原初ゆらぎ」の役割とよく似ています。

第五段階:再び静寂へ… そして繰り返し

バーストが収まると、一時的に増えたエネルギーは薄れ、宇宙には再びのんびりした膨張期がやってきます。

しかし、次のバーストが起これば再度“大ジャンプ”が起き、新たな物質が供給されます。

これが何度も重なると、膨張の歴史はなめらかな曲線ではなく、一段ずつ上へ飛び上がる“階段状”になるわけです。

こうして見てみると、「ビッグバン+暗黒エネルギー」という従来の描き方が“坂道を登り続ける”イメージだとすれば、この“段階的バースト”モデルは“階段を上がっている”イメージに近いといえます。

どちらも結果的に宇宙が大きくなる点は同じですが、その過程が連続か不連続かで大きく異なるのです。

もし本当に“段階的な大爆発”があったなら、私たちが思っているよりも宇宙の歴史はダイナミックで、しかも暗黒物質や暗黒エネルギーを絶えず用意しなくても説明が可能になるかもしれません。

では理論が正しいとしたら、暗黒物質や暗黒エネルギーの正体とは何なのでしょうか?

連続爆発の影響が暗黒物質と暗黒エネルギーを“演じる”

連続爆発の影響が暗黒物質と暗黒エネルギーを“演じる”
連続爆発の影響が暗黒物質と暗黒エネルギーを“演じる” / Credit:Canva

「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」は従来、宇宙の構造形成や加速膨張を説明するために不可欠とされてきました。

しかし、リチャード・リュー博士の新しい理論では、これらの謎の成分を“常にそこにある”ものとしては考えません。

代わりに、「バースト(特異点イベント)が起こったごく短い瞬間だけ、その役割を果たす」という発想を打ち出しています。

どういうことでしょうか?

以下にその仕組みをイメージしやすいようにまとめます。

加速膨張(暗黒エネルギーの代わり)

一般的な宇宙論では、宇宙のあちこちに遍在する“暗黒エネルギー”が空間を押し広げ、加速膨張を引き起こしていると考えられています。

ところがバーストモデルでは、この「押す力」は常時存在するのではなく、集中したスパートとして働きます。

すなわち、バーストが起きる瞬間にだけ、宇宙全体を外側へ「ぐいっ」と押し出すわけです。

たとえるなら、マラソンランナーが適宜ダッシュ(全力疾走)を取り入れ、その合間にペースを落として走るイメージです。

遠くから見ると平均的には一定速度で走っているように見えますが、実際には“ダッシュと小休止”の繰り返しなのです。

同様に、この“短いダッシュ”こそが「負の圧力(斥力)」として働き、一瞬で宇宙の膨張をブーストするというのが新理論の考え方です。

バーストが終われば押し広げる力は消え去るので、暗黒エネルギーが“常に充満している”わけではありません。

結果として、平均すると宇宙は“滑らかに”加速しているように見えるのです。

銀河形成と集団化(暗黒物質の代わり)

暗黒物質は、銀河の回転があまりに速いことや、宇宙初期に銀河が急速にまとまったことを説明するために提案されました。

通常は「目に見えない質量が常時そこにある」とされますが、バーストモデルでは考え方が異なります。

バーストが起こると、宇宙のあらゆる領域(銀河の外側も含む)に、一瞬だけ追加の質量エネルギーがばっと供給されます。

その一瞬は、外縁部にも“見えない重力源”が現れるため、星やガスを強く引き寄せ、あたかも暗黒物質が存在するかのように振る舞います。

バーストが終われば追加の質量エネルギーは消失してしまうのですが、そのときにはすでに星やガスが十分に集まって“銀河”という構造が安定している状態になっています。

いわば、建築の際に応援部隊が来て骨組みを手伝い、家が完成したら去っていくイメージです。

家ができあがった後は、もうサポートの姿は見えないけれど、立派に建った状態だけが残る――これが銀河や星団の姿に相当します。

バーストが担う“代行役”

こうしたバーストの繰り返しによって、暗黒エネルギーと暗黒物質が果たしているように見える役割を一時的に肩代わりできる、というのがこの理論の要点です。

私たちが今見ている「銀河同士が遠ざかりながら高速回転している」光景は、まるで見えない力がずっと働いているように思えます。

ところが実際には、それらは昔のバーストが瞬間的に発揮した力の“後遺症”かもしれないのです。

現在はもう消えているけれど、当時築かれた構造や運動だけが残っている――要するに、それを私たちは連続的な暗黒エネルギーや暗黒物質の作用と“勘違い”している可能性があるわけです。

もちろん、この仮説が本当に正しいかどうかは、まだ観測や実証を必要とします。

しかし、「なぜ今まで見つからないのか?」という暗黒物質・暗黒エネルギーの大きな謎に対して、「そもそも常時存在しているわけではないのだから、見つからないのは当然だ」と新しい回答を提示した点は、大きな注目を集めています。

もし今後の観測や理論がこの説を裏付けることになれば、私たちの宇宙観は大きく塗り替えられるかもしれません。

検証可能な“もう一つの宇宙”が描かれる

検証可能な“もう一つの宇宙”が描かれる
検証可能な“もう一つの宇宙”が描かれる / Credit:Canva

このアイデアをわくわくさせるのは、実際に検証できる点です。

突飛に聞こえるかもしれませんが、科学者たちは膨張バーストの証拠を探すことができます。

リュー博士は、遠方銀河から届く光を調べて、過去に起こった膨張の“段差”の痕跡を探る方法を提案しています。

遠くの銀河を見ることは、タイムマシンのように過去をのぞく行為です。

もし昔に起こった膨張ステップが残していった手がかりがあれば、私たちはそれを観測できるかもしれません。

たとえば、異なる距離(=異なる赤方偏移、つまり異なる宇宙時代)にある超新星や銀河を高精度で観測し、その距離と遠ざかる速度の関係が本当に滑らかな曲線を描くかを調べます。

リュー博士の言葉を借りれば、赤方偏移ごとにデータを細かく“スライス”すれば、「ハッブル図に距離と赤方偏移の飛び段(ジャンプ)が見つかるかもしれない」のです――つまり、宇宙の膨張率が急に変わった小さな不連続点が存在するかもしれません。

もしそれが発見されれば、バーストモデルを強く裏付ける「決定的証拠」になります。

したがって、一時的時間特異点の理論は空想話にとどまりません。

検証可能な予測を提示しているのです。

現在運用中、あるいは近い将来の大型望遠鏡が、この階段状膨張のかすかな指紋を探し出すかもしれません。

もしジャンプの証拠が見つかれば、私たちの宇宙観は一変します。

そこにはもはや暗黒エネルギー場も隠れた暗黒物質ハローもなく、必要なときにだけ新たな物質を“点滅”させる宇宙が姿を現すでしょう。

逆にジャンプがまったく見つからなければ、暗黒エネルギーと暗黒物質を含む標準モデルの正しさが改めて裏付けられます。

いずれにしても、このようなアイデアを探究し、仮説を検証することこそが科学を前進させる方法です。

リュー博士の「マルチバースト」モデルは、宇宙史を真面目だけれどどこか楽しい発想で描き直す試みです。

風船が一定の力で滑らかに膨らむ代わりに、暗闇の階段を駆け上がるような“スパート”で宇宙が大きくなる――一段一段は暗闇の閃光のように見つけにくいものの、全体としては私たちが観測する広大で構造化された宇宙を造り上げてきた、というわけです。

見えない暗黒物質や暗黒エネルギーを、新種の宇宙イベントに置き換えるこの可能性は、とても刺激的です。

科学に関心を持つ学生や一般の読者にとっても、ビッグバンのような確立したアイデアといえども問い直す余地があることを思い出させてくれます。

宇宙はまだまだ驚きを秘めているかもしれません。

時間特異点という発想は、研究者たちが既成概念にとらわれず宇宙の不思議を解き明かそうとする姿勢の好例なのです。

もしかしたら、次に夜空を見上げるとき、私たちは遠い昔の宇宙“バースト”の余韻を目にしているのかもしれません。

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元論文

Are dark matter and dark energy omnipresent?
https://doi.org/10.1088/1361-6382/adbed1

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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