思い出したくもないのに勝手に頭をよぎる嫌な記憶、誰にでもありますよね。
そうしたトラウマ記憶は、あの有名なゲームをすることで思い出しにくくなることが明らかになりました。
スウェーデン・ウプサラ大学(Uppsala University)は、コロナパンデミック中にトラウマにさらされた医療従事者を対象に、実験を実施。
その結果、1回20分間のテトリスを5週間続けると、トラウマ記憶を思い出す回数が大幅に減ることが示されたのです。
研究の詳細は2024年9月19日付で医学雑誌『BMC Medicine』に掲載されています。
目次
- なぜ「テトリス」なのか?
- 1回20分間のテトリスで侵入記憶が減少!
なぜ「テトリス」なのか?
トラウマ体験は当人に強い不安やストレス、恐怖を与えます。
そしてその体験はのちに「侵入記憶」として、本人の意思とは無関係に、脳内に突然フラッシュバックすることが多々あるのです。
侵入記憶は普通の記憶よりも生々しく感情的に強烈で、コントロールが難しい特徴があります。
これらの記憶は、元の出来事を思い出させるようなきっかけによって引き起こされる場合もあれば、明確な原因がないまま自動的に現れることもあります。
侵入記憶は、特に心的外傷後ストレス障害(PTSD)のある人に多く見られるものです。
視覚イメージ、音、さらには身体感覚など、トラウマ体験に関連する感覚が再現されることもあります。
このような記憶は、集中力の低下、睡眠障害、日常生活への支障をもたらします。

研究チームはこうした背景の中で「侵入記憶の定着を防ぎ、思い出さなくなるような効果的な方法はないか」と模索し続けてきました。
そうしてたどり着いたのが「テトリス」です。
一体なぜか?
侵入記憶は、文章で考える「思考」ではなく、強烈な視覚イメージ(たとえば事故現場の光景など)として現れることが多い記憶を指します。
つまり、「目に浮かぶ」タイプの記憶です。
このため、記憶が脳内に保存・再生されるときには、特に視覚空間処理(イメージを心の中で組み立てたり動かしたりする機能)が使われることがわかっています。
一方、テトリスでは、ブロックの形を回転・配置することを常に頭の中で考え続けますよね。
この作業は、まさに視覚的なイメージ処理を集中的に使わせます。
要するにテトリスをやっている間、脳の中では視覚イメージを操作する能力がフル稼働していて、新たなトラウマ記憶を再構築するためのリソースが足りなくなる、と考えられているのです。
特にトラウマ直後や思い出した直後にテトリスを行うと、その記憶の定着や再生が弱まるのではないかとチームは推測しました。
そこで実際に、テトリスを用いた実験を行ったのです。
1回20分間のテトリスで侵入記憶が減少!
チームは今回、COVID-19パンデミック(2020~2022年)中に業務上のトラウマにさらされたスウェーデンの医療従事者を対象に実験を開始。
パンデミック中に活動していたスウェーデンの医療従事者144人が参加しました。
参加者のうち、82%が女性、71%がフルタイム勤務、58%が看護師として働いており、平均年齢は41歳でした。
参加者はランダムに2つのグループに割り当てられました。
どちらのグループにも「認知タスクを行う」と伝えられましたが、一方のグループは「テトリス」をプレイするように指示され、もう一方のグループにはポッドキャストを聴き、その内容に関する簡単なクイズに答えるタスクが与えられました。
前者において、参加者は自身の侵入的なトラウマ記憶の1つを思い出し、その後スマートフォンで「テトリス」を20分間プレイするよう指示されました。
参加者は5週間にわたり日記をつけ、1日に経験した侵入記憶の回数を記録します。
加えて、心的外傷後ストレス症状(PTSD)やその他の心理的変数を測定する評価も行いました。
過去にも同様の研究が行われていますが、これまでの実験の対象者は主に、トラウマ体験をして間もない人を対象にしており、トラウマ記憶が定着する前に防ぐことを目的としていました。
しかし今回対象とされた医療従事者は、トラウマ体験をしてしばらくの時間が経っており、すでに定着したトラウマ記憶の侵入をテトリスのプレイ習慣で減らすことができるかを検証しています。

その結果、テトリスをプレイしたグループでは、ポッドキャスト群と比べて、侵入記憶の頻度が大幅に減少したことが示されたのです。
また、テトリスのプレイ習慣は、1カ月後、3カ月後、6カ月後におけるPTSD症状の減少にもつながっていました。
事前の予想通り、テトリスをプレイすることで脳の視覚処理がフル稼働し、その結果として、トラウマ記憶を思い出すリソースがなくなったと考えられています。
この結果はトラウマ記憶に悩む人にとって大きな助けになると期待されています。
テトリスは誰でも簡単にプレイできる身近なゲームです。
もし嫌な記憶に苛まれている方は、テトリスをプレイする習慣をつけるといいかもしれません。
参考文献
A 20-minute game of Tetris reduced traumatic memories in pandemic frontline workers
https://www.psypost.org/a-20-minute-game-of-tetris-reduced-traumatic-memories-in-pandemic-frontline-workers/
元論文
A guided single session intervention to reduce intrusive memories of work-related trauma: a randomised controlled trial with healthcare workers in the COVID-19 pandemic
https://doi.org/10.1186/s12916-024-03569-8
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部