”イノベーションが導く社会課題解決” をテーマに様々なキーマンを招き、現場の最新情報から今後の活動に向けたヒントまで、様々な話を聞くオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2025」が2月26日開催された。6つあるセッションのうち、ここでは「未来を創るイノベーション、AIとどう向き合うべきか? 社会課題解決から競争優位性を生み出す挑戦」を紹介する。
アジア太平洋地域を中心にグローバルなスタートアップ・エコシステムの構築に取り組むMistletoe Singapore(ミスルトウ・シンガポール)のManaging Director として活躍する、Mistletoe Japan 共同創業者の大蘿淳司(たいら・あつし)氏が登壇し、モデレーターをスペックホルダーの大野泰敬氏がつとめた。
大蘿氏は実業家、投資家として、社会と環境の持続可能性に貢献する革新的なスタートアップに対し、8年間で170以上の企業を支援している。大学在学中からプログラマとして活躍し、大手企業を経て2003年にソフトバンクグループに入社。Yahoo! JAPAN でマーケティングを担当した後、孫正義氏の下でシリコンバレーや海外進出に携わってきた。
2016年に孫泰蔵氏と創業したMistletoeでは、「社会問題を解決しなければイノベーションであるとは言えない」とし、イノベーションで社会インパクトを起こす会社と定義づけている。この10年で約170社のスタートアップや80社以上のVCに投資しており、ユニコーンも誕生している。
20代の頃からAIに注目し、修士論文のテーマもAIとロボットだったという大蘿氏が、Mistletoeの設立当初に関わったのが、シリコンバレーのドローンスタートアップ「Zipline」である。独自開発した固定翼型ドローンで医療品を完全自動で配送するサービスを開始した、ドローン物流では先駆け的な存在として知られる。
AIに関しても、イノベーションを起こすスタートアップを支えることが必要だと考え、AIに特化したファンドを孫泰蔵氏、JP Lee氏と2024年に立ち上げている。
「先週シリコンバレーを訪問して驚いたのが、数人で開発して半年ぐらいで黒字化するAIスタートアップがごろごろいたこと。オープンソースを使ってジャンプスタートし、コーディングもAIを使って5人分の仕事を1人でこなす。少人数で資金調達なしでも黒字化している。生成AIの進化はとても早いが、そこに追いつくよりも道具としてどんどん使いこなし、サービスを作る時期に来ている。」(大蘿氏)
先進的な動きをするAIスタートアップがターゲットにしているフェーズは主に3つある。
1つ目は、情報の非対称性がある分野だ。税金や会計、知的財産やリサーチなど、月1000ドルで専門家に依頼していた作業を、AIが月200ドルでやってくれる。
2つ目は、ロボットによる労働の置き換えだ。細かい組立作業をはじめ、形状が異なる段ボールをトラックの荷台に積み込んだり、人間の動きを学んで作業したり、10年ぐらい先かと思われたFF化があと1年ほどで実現されそうなところまできている。
3つ目は、人間にできない仕事の代替だ。大量の映像から文脈や気持ちを理解して的確なシーンを検出したり、複数の分野にまたがる医療データを統合して、個人別の予防医学を提案したり、農業では視認できない雑草の目を発見してレーザーで排除したり、そうした技術はすでに使われている。
「すでに人とAIやロボットが共存、共有する世の中になっており、社会問題を従来の枠組みからはみ出した形で解決を加速する非常にエキサイティングな時代になっている」という大蘿氏の言葉に対し、大野氏は「具体的に日本との違いはあるのだろうか」と質問する。
「スタートアップの数はシリコンバレーの方が日本より多いが、日本のエンジニアや人材のレベルが低いかといえばそうではない。AIにおけるOpen Sourceなどを活用すれば、一気にシリコンバレーレベルのプロダクトは開発可能。ただ、国や地域にこだわらず、社会課題を解決できる場に挑むフットワークの軽さは重要で、日本の中でPOCを成功させてから動こうという考えが足枷になっているのではないか。社会問題を解決するには、最適な場所はどこかを常に念頭に置くことが大事」と大蘿氏は指摘する。
大野氏も、「ネットワークを作るなら実際に現地に行って、自分の目で見ることが大事。できれば、経営層と若い人が一緒にチーム組むのがいい。自分もそうしてASEAN地域を廻ったことが、現在の下地づくりになった」と話す。大蘿氏は「フットワークの軽さは重要であり、大企業よりもフットワークが軽い中小企業にチャンスがある。イノベーションで社会問題を解決しようとしても、気持ちだけで簡単にいくものではないので、自分にないものを持つ人たちを引き込めるようなネットワークづくりができるかどうかが大事になる」としている。
投資に関しては、この1年ぐらい海外の投資家が日本に注目し始め、米国のファンドが日本に拠点を作るなどチャンスが巡ってきている。大野氏もフードテックやアグリテックの領域で、日本への投資熱を感じているという。日本の品質に対するこだわりに対し、日本の市場を満足させられるのであれば、どの市場でも満足させられるはずだといった仮説もある。
「シリコンバレーはAIだったら誰も何でも投資してもらえる時期は完全に終わっていて、POCやってますとか、プロトタイプできましたという程度のものはほぼ無視される。比較論で言うと、政府の旗振りや世界的な機運もあり、今は日本の中の方が資金調達はしやすい、かなり恵まれた状況にある。アジアにおける日本の位置付けは、これからますます重要になる。アジアや世界で通用するスタートアップを生み出すべく殻を破るには、一番いい時期だし、この機会を逃してはいけない。」(大蘿氏)
また、大蘿氏によると、最近はアジアの社会課題を解決しようという取り組みが求められており、その方法は昔のような工場を作りに行くのではなく、自らが技術を持って事業を作りに行くことだという。連携の糸口が欲しいという声に応え、アジアに進出する広域アジアネットワークをアジア各国の財閥や企業と一緒に構築中で今後の動きにも注目したいところだ。