メディア研究部(メディア情勢)斉藤 孝信
かつてテレビ放送の独壇場だったスポーツ中継の視聴形態は、インターネット配信の普及で大きく様変わりしました。2024年11月にNHK放送文化研究所が実施した「スポーツ視聴者2,400人へのWEBアンケート(※1) 」では、スポーツ中継を視聴するメディアとして、無料のネット配信を選んだ人は31%(※2) と、民放の地上波(62%)やNHKの地上波(43%)に次いで3位に入りました。特に10代の男性では、無料のネット配信を選んだ人が半数近く(46%)に上り、地上波のテレビと並んで、最もよく利用されるメディアの一つとなっています。また、全体では11%だった有料のネット配信も、男性10~30代では20%前後と、全体より5ポイント以上高くなりました。
このブログでは、スポーツ中継のネット配信がメディアに与えた影響について、シリーズで紹介します。1回目は近年、スポーツ中継への参入が相次ぐ動画配信事業者のビジネスモデルについてです。U-NEXTの堤天心社長とABEMAの総合編成本部編成統括ライセンス本部の塚本泰隆本部長に話を聞きました。
①サブスク型の「U-NEXT」
U-NEXTは、月額制の定額料金を支払うことで利用できる「サブスク型」の動画配信サービスを提供しています。2007年に「GyaO NEXT」としてサービスを開始し、2009年に現在の「U-NEXT」にサービス名を変更しました。ドラマや映画などさまざまなジャンルのコンテンツを配信しています。有料会員数は466万人。国内市場のシェアはNetflixに次ぐ2位で、17.9%を占めています(※3) 。
スポーツ中継は、2021年6月に国内女子ゴルフツアー「2021アース・モンダミンカップ」を独占配信したのが初めてで、同年10月には総合格闘技の「RIZIN」も独占配信しました。新型コロナウイルスの感染が終息した2023年以降、本格的に参入し、現在、格闘技や海外サッカー、ゴルフ、テニスなど幅広い競技の中継を配信しています。
U-NEXT 堤天心 社長
(堤社長)
コロナの期間中、インターネットの動画配信を楽しむ人が日本も含めて世界的に増えました。その後、コロナが明けると、多くのスポーツ競技が再開されました。この両方のタイミングを見て、スポーツ中継に参入しようと判断しました。
スポーツ中継はもともと「やれたらいい」とは思っていました。スポーツコンテンツは、ドラマや映画などエンターテインメントのコンテンツと比べて、視聴者のエンゲージメントが高いのが特徴です。自分が好きな競技や試合には、お金や時間を積極的に投下しようという熱量があるので、月額制の有料配信のビジネスモデルとは相性がよいと感じていました。
U-NEXTのスポーツ中継の特徴は国内独占配信です。海外サッカーでは、イングランドのプレミアリーグと2024-25年シーズンから7年間の独占配信契約を結びました。また、ゴルフでも、男子の海外メジャー4大会すべての独占配信権を獲得しています。
(堤社長)
視聴者は、料金を支払う価値があるかどうかという視点でサービスを選ぶので、「この競技を見るならU-NEXTが日本で一番充実している」というポジションを取ることが大切だと考えています。こうした戦略に最初に取り組んだのが格闘技でした。当時、国内ではメインのプラットフォームがなかったので、U-NEXTが集約できれば、日本のファンに選んでもらえるチャンスだと捉えました。
また、シーズンの期間が長い競技をそろえているのも戦略の一つです。視聴者を増やすには、オリンピックやサッカーのワールドカップのような期間限定のビッグイベントを配信する選択もありますが、サブスク型の有料サービスにとっては、契約を継続してもらうことが、より大切になります。サッカーのプレミアリーグのように、年間を通じて毎月・毎週、試合が開催される競技を選ぶのはそのためです。実際、スポーツ中継に力を入れ始めたここ1、2年で会員数は着実に増えています。
スポーツ中継のネット配信は近年、参入する事業者が相次ぎ、配信権の獲得をめぐって激しい競争が起きています。例えば、サッカーのイングランドプレミアリーグは、2021-22シーズンまではDAZNが配信権を持っていましたが、2023-24シーズンはSPOTV NOW、2024-25シーズンから7シーズンはU-NEXTが獲得しました。また、競争の激化に伴って、テレビの放映権やネットの配信権は高騰が続いているとも言われています。
(堤社長)
サッカーのワールドカップやオリンピックなどは異常といえる高騰で、今、スポーツマーケット自体が価格競争のフェーズに入っています。背景にあるのは、資本のスケールを武器に高額な年俸でスター選手を集め、リーグの付加価値を高めるアメリカ型のスポーツビジネスの広がりです。最近は、産油国の”オイルマネー”の投資も加わって、スポーツ業界全体を揺れ動かしてる印象があります。
U-NEXTがパートナーシップを結んでいるプレミアリーグなどヨーロッパでは、今のところ、金額の桁が変わるほど高騰している印象はありませんが、価格競争がこれ以上広がってしまうと、大規模な資本を持っている事業者以外はスポーツ中継ビジネスに参入できなくなってしまうと懸念しています。
一方で、テレビ局とは協力関係を結んでいます。無料で視聴できるテレビ局との”すみ分け”を行うことで、有料契約への入り口の役割を期待しているといいます。
(堤社長)
テレビ局とバッティングするつもりはないですし、むしろ、組めると思っています。例えば、バレーボールの国別対抗戦のネーションズリーグでは、日本代表の試合はTBSで放送し、U-NEXTは日本代表戦を含む全試合を配信でカバーするという連携ができました。
地上波のテレビの視聴者はある意味、”ザッピング視聴”が多いので、私たちの配信を見ている視聴者とは”似て非なるもの”だと考えています。影響力の大きい地上波のテレビをきっかけにスポーツに興味を持つ人が増えてくれれば、相乗効果が期待できます。
②広告型無料配信・有料配信のハイブリッド型の「ABEMA」
ABEMAは、”新しい未来のテレビ”をキャッチフレーズに2016年にサービスを開始した動画配信事業者です。スポーツやアニメ、バラエティーなどチャンネルごとに、テレビ放送のような番組表によって配信されるコンテンツを、CMを見ることで、無料で視聴できます。また、好きな時に視聴するオンデマンド型の配信のほか、有料会員のみが視聴できるコンテンツもあります。1週間のアクティブユーザー数(WAU=ウイークリーアクティブユーザー)は、2024年9月現在で3,000万人を超えたと発表されています。
スポーツ中継は、大相撲や野球のアメリカ大リーグ、サッカーなどを配信しています。特に無料配信についてはCMで成り立っており、スポンサー契約が必要となるため、既存のテレビ局も放送している人気競技を中心に配信しているのが特徴です。
ABEMA 総合編成本部編成統括ライセンス本部 塚本泰隆本部長
(塚本本部長)
スポーツ中継については、多くの視聴者が見たいと思う競技や試合を配信するのが基本的なスタンスです。ABEMAが配信する多くのコンテンツを視聴してもらうための入り口としても捉えているので、人気競技の中継を無料配信することが大切だと考えています。
ABEMAのスポーツ中継で注目を浴びたのが、2022年に開催されたサッカーワールドカップのカタール大会です。64試合すべての中継を無料で配信し、日本のグループステージ第1、2戦目が行われた1週間のアクティブユーザー数が3,000万人を突破し、当時の開局史上最高の数値を記録しました。
(塚本本部長)
週間アクティブユーザー数は開局以来、増減を繰り返しながら徐々に右肩上がりという傾向が続いていましたが、ワールドカップ後は顕著に増えて、”ステージが一段階上がった”という感触でした。ABEMA全体の入り口として、とても大きな力を発揮してくれたと感じています。
既存のメディアと競合するケースが多いスポーツ中継でABEMAが意識しているのが、若年層をターゲットにしたエンターテインメント的な要素の強い演出だといいます。
(塚本本部長)
スポーツ中継は、みんなで熱狂を共有できることが特徴ですので、視聴者に近い距離感で番組を作ることを意識しています。例えば、大相撲は昔からNHKが中継していますが、ABEMAでは、力士が登場するわくわく感を高めるためにカラフルなテロップやアニメーションを取り入れるなど、ビジュアルをアレンジしています。また、実況や解説では、視聴者のコメント(投稿)を生かした演出も行っています。
データで見ても、10代、20代、30代の視聴者が増えていますので、既存のテレビ中継とは違う、若い新たなファン層を開拓できている手応えがあります。
一方、「サブスク型」のほかの動画配信事業者とは、今のところ、協力関係を結んでいます。一部の試合の中継をABEMAが無料配信することで、有料契約への入り口の役割を果たしているのです。
(塚本本部長)
ABEMAはスポーツだけではなく、多くのジャンルを扱う広告型のサービスですので、ほかのサブスク型のサービスと競争するよりは、それぞれニーズの異なる視聴者を満足させることで、結果的に一緒にスポーツを盛り上げていけばよいと考えています。我々だけでコンテンツを配信するというよりは、エントリーメディアとして、その競技、スポーツを知ってもらう、楽しんでもらう土壌を作ることが大切だと考えているからです。
例えば、ABEMAの中で、DAZNが視聴できるサービスを提供しています。まずはABEMAで無料視聴する機会を作り、すべてを視聴したい方はDAZNと契約してくださいという形で誘導しています。ABEMAとしては取り扱う競技の幅が広がり、多くのユーザーに視聴してもらえるというメリットがあります。視聴者を拡大し、熱狂を作り上げることが得意なABEMAに魅力を感じて、ほかの事業者が「一緒にやろう」と連携してくれる可能性が出てくればうれしいです。そのような観点で見れば、多くの事業者がスポーツ中継に参入している今のトレンドは、すごくよいことだと思っています。もちろん、今後、スポーツ中継の配信権の高騰や独占配信などが進んで、魅力的なコンテンツを配信できなくなるようなことになれば残念ですが、ビジネスとして仕方がないと思っています。
有料で一つの競技の独占配信を重視するU-NEXTと、無料で人気競技の配信を重視するABEMA。同じ動画配信事業者でも、「サブスク型」と「広告型」というビジネスモデルの違いによって、スポーツ中継に対するスタンスが大きく異なることがわかりました。
今後、スポーツ中継をめぐる動画配信事業者の競争が激しくなるなかで、動画配信事業者のビジネスモデルがどのように変化していくのか、そして、私たちのスポーツ中継の視聴方法にどのような影響をもたらすのか、注意深く見守っていきたいと思います。
※1:広がるスポーツのネット配信視聴 ネットならではの機能や演出も利用動機に~スポーツコンテンツ視聴者2,400人へのWEBアンケートから②~【研究員の視点】#569
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/674177.html
※2:アンケートでは、スポーツ中継を視聴するためにどんなチャンネル・サービスを利用しているのか、10の選択肢から複数回答してもらった。
※3:2024年の定額制動画配信市場は推計5,262億円、U-NEXTがシェア最大の伸び、6年連続首位のNetflixに迫る
https://www.gempartners.com/news/20240216_01/
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