普段、何気なく職場で使っている、あの人の「呼び方(ニックネーム)」。それはチームの潤滑油か、はたまた誰かの心をチクリと刺す小さなトゲなのか……。
米ニュースメディア「Newsweek」が報じたある研究は、この日常的なニックネームが、私たちの働く環境や人間関係に、想像以上に大きな影響を及ぼす可能性を示唆している。もしかしたら、あなたの職場の雰囲気も、呼び名一つで変わるかもしれない。
ニックネームの裏心理
親しみのサインか、無意識のパワーゲームか
「Newsweek」によると、ウェスタン大学の研究者たちが行った実験で、職場でのニックネーム使用が人間関係に良くも悪くも作用する実態が明らかになった。
この実験は、1100名以上のアメリカの成人を対象に実施。参加者は、上司か同僚のどちらかがニックネームを使用する職場のシナリオに置かれ、その後、ニックネームが自身のパワー感覚、尊敬、そして心理的安全性にどのような影響を与えたかを評価した。
この研究論文の著者でありマーケティング研究者であるZhe Zhang教授は、2つの明確なポイントを指摘する。1つは「マネージャーは従業員にニックネームをつけるべきではない」ということ。もう1つは「従業員がマネージャーにニックネームをつけることは、従業員にエンパワーメント感を与える可能性がある」という点だ。
具体的に、上司からニックネームをつけられた従業員は、本名で呼ばれる同僚と比較して、「安全でない」「力がない」「尊敬されていない」と感じる傾向が確認されたという。同研究によれば、これは上司が支配力を誇示する手段として無意識に受け取られた可能性がある。
いっぽうで、従業員が上司にニックネームをつけた場合、その従業員はより安心感を覚え、尊重され、自身の存在感を強く感じたという結果。この対照的な結果は、職場におけるパワーバランスの繊細さを示していると言えるのかもしれない。
Zhang教授は「Newsweek」の取材に対し、「上司と部下の間には力の不均衡が存在するため、部下にニックネームをつけることは、上司がその力を乱用しているように見せるかもしれない」とコメント。さらに、職場のニックネームはすべての人に適しているわけではなく、リーダーは部下に対してニックネームを使用する際には注意を払うべきだと、安易な使用に警鐘を鳴らす。
「空気」を読む力とニックネーム
心理的安全性が鍵を握る現代の職場
この研究結果は、単にニックネームの是非を問うものではない。むしろ、そのニックネームが職場の空気感や人間関係の質をどう映し出すのか、という深層に光を当てる。
特に注目したいのは、近年ビジネスシーンで不可欠とされる「心理的安全性」との関連だ。上司からの一方的な、あるいは本人が望まないニックネームは、知らず知らずのうちに心理的な壁を作り出し、自由な発言や創造性を阻害する要因となり得る。それは、個々が尊重され、誰もが安心して能力を発揮できるインクルーシブな環境とは程遠い。
たとえば、リモートワークやハイブリッドワークが浸透し、テキストコミュニケーションが増える現代において、画面越しのやり取りでは、相手の表情や声のトーンが読み取りにくいため、言葉の選び方がより重要になる。そんななかで不用意なニックネームを使ってしまえば、誤解を生んだり、相手に不快感を与えたりするリスクは対面以上かもしれない。ただ、逆に言えば、お互いが心地よいと感じるニックネームは、物理的な距離を縮め、チームの一体感を高める効果も期待できる。
さらに、組織の文化もニックネームの受け取られ方を大きく左右する。階層的な組織ではニックネームがパワーの差を助長しかねないが、フラットで風通しのよい組織では、親密さや仲間意識の象徴となることも。
大切なのは、そのニックネームが誰か特定の個人を不快にさせたり、孤立させたりしていないか、という点。世界最大の統計データプラットフォーム「Statista」のデータとして、同メディアが引用するところによれば、アメリカでは2024年時点で推定1億3300万名がフルタイムで、約2810万名がパートタイムで働いているという。これほど多くの人が関わる「職場」だからこそ、些細に見える呼び名一つにも、細やかな配慮が求められるわけだ。
「なんて呼べばいい?」
リスペクトから始まる心地よい関係性
では、私たちは職場でどのように「呼び名」と向き合っていけばよいのだろう。Zhang教授が提案する解決策は、驚くほどシンプルでありながら、もっとも本質的なもの。それは、ニックネームを使う前に、相手の同意を求めることだそう。
疑わしい場合は、ニックネームを使用する前に本人の同意を求めるのが常にもっともよい方法だと氏は断言する。この「尋ねる」というワンクッションこそが、相手へのリスペクトの証。そして、相手が望む呼ばれ方を尊重することが、真の信頼関係を育む土壌となる。お互いの心地よい距離感を探る、コミュニケーションの基本と言えるもの。
もしかしたら、あなたの職場で飛び交うニックネームも、誰かのモチベーションを高める魔法の言葉かもしれないし、逆に誰かの心を曇らせる見えない“トゲ”かもしれない。
いま一度、自分たちの呼び方、呼ばれ方について考えてみる。それは、明日からの職場を、ほんの少しだけ、でも確実に、風通しのよい場所にするための、大切な一歩だったりして。
たかが呼び名、されど呼び名。その意味を見つめ直すときなのかもしれない。
Top image: © iStock.com / Jacob Wackerhausen
Views: 0