数々のミニPCを手掛けるMINISFORUMの製品の中でも、特に異色な存在が「MS」シリーズだ。“ミニワークステーション”という肩書がつけられた同シリーズは、小型ながらクラスを超えた高性能、メンテナンスを前提とした筐体構造、そして高い拡張性がウリとなっている。
この点、大手や競合メーカーを一切寄せ付けない差別化要素であり、そのためMSシリーズ世代交代が激しいミニPCにおいて“ロングセラー”と言えるものになっている。そのシリーズ最新モデルとなる「MS-A2」は、初代となる「MS-01」の要素をほぼ受け継ぎつつ、CPUを刷新することで大幅に性能を向上させたモデルとなっている。
公式サイトでの価格は、CPUにRyzen 9 7945HXを搭載したベアボーンモデルが9万2,790円、メモリ32GB+1TB SSDモデルが11万9,990円。そしてCPUにRyzen 9 9955HXを搭載したベアボーンモデルが13万2,790円、メモリ64GB+1TB SSDモデルが17万5,190円。出荷は5月20日とされている。
今回、Ryzen 9 9955HXとメモリ32GB、1TB SSDのサンプル(この構成価格はない)を入手したので、早速レビューしていこう。
MS-01の筐体を維持しつつ弱点を解消
それでは本体について見ていこう。と言っても外観としてはMS-01ほぼそのままといった雰囲気である。オールブラックで然るべきところに排気口を設けているだけのシンプルなデザインは、HPやレノボ、デルのビジネス向けのミニPCと共通で、質実剛健なイメージだ。
MS-01と比較すると付属ACアダプタが180Wから240Wに向上し、電源ボタン内蔵の電源LEDがブルーからホワイトになったほか、前面のUSB Type-Aポートのうち1基がUSB 2.0からUSB 3.2 Gen 1になったあたりで区別がつくが、それ以外では(型番シールを見ない限り)区別がつかない。MSシリーズに詳しくない誰かに内緒でこっそり買い替えたとしても気づかれることはないだろう。
本体背面中央のスイッチを押しながら引っ張るとマザーボードなどを引き出せる構造もMS-01と共通で、メンテナンス性は大変よい。CPU変更に伴い、ファンの形状や冷却機構そのものも若干変わっているが、ほぼ大差ないと言っていいだろう。
CPUの最大構成は、MS-01のCore i9-13900HからRyzen 9 9955HXに変更されているのだが、これに伴い性能が大きく向上、さらに動作電力も引き上げられている。これについてはもう少し具体的に触れよう。
MS-01のCore i9-13900Hは、短時間の電力上限(Power Limit:PL)のPL2が80W(実際は67W程度が上限)、長時間の電力上限であるPL1が60Wに設定されている。しかし、実際にCinebench R23で負荷をかけてみるとピークの67Wは1~2秒程度、60Wは28秒しか動作せず、それ以降は52W前後で行ったり来たりといった具合だった。
おそらくだが、BIOSでサーマルスロットリングの動作温度であるTjMAXが90℃に設定されているためだろう(CPUとしては100℃)。そのため、確かにMS-01はミニPCとしては高性能だったが、当時数多く登場していたRyzen 9 7940HSやRyzen 7 7840HS搭載機と比べると見劣り、「ぎょえー」と驚くほどでもなかったので、数少ない弱点の1つだった。
一方MS-A2のRyzen 9 9955HXだが、最初の20秒間ほど100W(!)で動作し、その後40秒間は80W(この時間はCPU温度によってまちまちのようだ)、さらにその後は継続して60Wで動作する挙動となっていた。100Wと言えば同社のRyzen 9 7945HX搭載Mini-ITXマザーボード「BD795i」などに比肩するレベルだ(BD795iはずっと100W動作だが)。後述するが、これによって性能が驚異的に伸びた。
ただ高性能化による“弊害”もある。それは騒音だ。特にアイドル時でもファンの音が目立つ。軸音ではなく風切り音がメインのため、実際この原稿を書いている際もつけっぱなしで、集中力が削がれるほどのものではないのも確かだが、エアコンを止めているようなこの時期で部屋の中で一番目立つ騒音源になるのも確かではある。
小型筐体に最大100Wのパワーは伊達じゃない
最後に最注目とも言えるMS-A2の“素”の性能を見ていこう。計測したのは「PCMark 10」、「3DMark」、「Cinebench R23」、「ファイナルファンタジーXIV: 黄金のレガシー ベンチマーク」、「HandBrake」である。比較用にMS-01のベンチマークの結果を一部、以前のレビューから引用する。
結果から分かる通り、CPUがCore i9-13900HからRyzen 9 9955HXになったこともあって、特にCinebench R23のスコアが2倍以上に伸びたのは特筆に値する。CPUマルチスレッド性能が重視されるようなアプリケーションを多用する場合、MS-A2がもたらすパワーは無類だと言っていい。
一方、PCMark 10の向上幅は控えめ。しかも3DMarkに至ってはMS-01の半分程度、項目によっては3分の1程度まで低くなっている。Ryzen 9 9955HXの内蔵GPUはRDNA 2世代で、しかもCU数はわずか2基のRadeon 610Mだ。もともとCPU性能に全振りをしたようなプロセッサであり、内蔵GPUは映れば良いといった位置づけなので仕方ないだろう。
よって、GPU性能も欲しいのであれば、頑張ってNVIDIA RTX A1000のようなHHHL対応のビデオカードを買うか、先述のOCuLinkを介してGPUを拡張する必要があると言える。
CPU性能至上主義のパワーユーザーへ
MS-01の性格をある程度引き継ぎつつ、CPU性能が大幅に強化されたMS-A2。MS-01も確かに高性能な製品ではあったのだが、3基のM.2や2基の10GbE、PCIeスロットまで用意されていたことを考えると、CPU性能がちょっと心許なかった(実際はほとんどのケースで十分だと思うのであくまでも心理的な問題)。MS-A2はそのCPU性能に対する懸念を払拭したモデルだ。
CPUが大幅に強化された一方で、GPU性能は退化してしまった。とはいえ、MS-01の性格からすると、CPU内蔵GPUでゲームや高度なグラフィックス処理をさせようというユーザーは少なかったはずだ。そのためMINISFORUMとして思い切ってCPU性能に振り切ったのだろう。GPUも考慮するなら、Ryzen AI 9 HX 370やRyzen AI Max+ 395といった選択肢があったのだから。
「MS-01よりもっと高性能なCPUがほしい」というパワーユーザーの声に、ひとまず満足行く回答を提出したMINISFORUM。今後は果たしてどういう進化を遂げていくのか、MSシリーズに引き続き注目したい。
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