
今年、デビュー15周年を迎えるシンガーソングライター・関取花。彼女は2月にメジャーのレコード会社と事務所を離れることを発表し、自主レーベル・NOKOTTA RECORDSより、独立1作目となるアルバム「わるくない」を5月7日にリリースした。
「わるくない」という言葉が、新しいスタートラインに立った今の彼女の気分を雄弁に物語っている。1人で音楽活動を行っていくうえでは、きっと、大変なこともつらいこともたくさんある。それでも、これまで積み重ねてきた経験や、大切に育んできた信頼できる仲間たちとの絆をもとに、何事も自分自身で挑み、そうした歩みを丸ごと曲作りにつなげていく。そうした彼女の新しい旅路は、きっと“わるくない”。今作は、そうした深い確信、また、晴れやかな予感を感じさせてくれる渾身の作品だ。独立に至る経緯を含め、今作が生まれるまでの過程をじっくりと語ってもらった。
取材・文 / 松本侃士撮影 / 曽我美芽
──アルバムについて詳しく聞かせていただく前に、まず、ご自身のキャリアにおける大きなターニングポイントとなった独立の話から聞かせてください。ポッドキャスト番組「関取花もわるくない」の中で、「社会人1年目を34歳でやりたくなった」とおっしゃっていたのがすごく印象に残っています。メジャーレーベルと事務所を離れて、社会人1年目として新しい一歩を踏み出す。ライブのブッキングや請求書の発行、宣伝なども含めて、全部自分でやることを引き受けて、そのうえで音楽を作る。その決心に至るまでには、どのような経緯があったのでしょうか?
ここ数年で、音楽業界が目まぐるしく変わっているじゃないですか。今はサブスクでの配信が主流になりつつありますけど、私が音楽を始めた頃はまだそうではなかったんです。私自身がわからないことがたくさんある中で、何事も自分でやってみて、音楽業界がどういう仕組みになっているのかを知りたいなと思って。それをすることで、大きく言えば、すべての人に感謝しながら音楽活動ができるし、人に優しくなれる。あと、自分自身の多少の失敗も許してあげられるようになるかなと思ったんです。私はちょっと真面目すぎるところがあるので、1人になったほうが、自分にも他人にも優しくいられるような気がして。
──そうだったんですね。
あと私は音楽以外の経験が曲作りに生きてくるタイプなんですよね。エッセイやコラムのような文章を書くお仕事でも、自分の経験をもとにしたものならスイスイ出てくるんですけど、物語となると、なかなか書けなくなってしまうんです。以前所属してたレコード会社の担当の方も、その前にお世話になっていたマネージャーさんも、「花ちゃんは、とにかくいろんな経験をすればするほど、それが作品に生きてくるタイプだから、音楽だけじゃなくて、たくさん遊んで、たくさん本を読んで、たくさん映画を観て、たくさん恋をするのがいいよ」と言ってくれて。信頼する方々がそう言ってくれるということは、たぶんそういうことなんだろうなと。とは言っても、独立を決めたのはけっこう直感に近かったです。その決断をする前からこのアルバムの曲作りを進めていたんですけど、湧いて出てくる曲たちを聴いたときに、今独立すべきなんだろうなと思いました。

ネクストゾーンに行けるという気持ちになれたから書けた
──そして今回、自主レーベル・NOKOTTA RECORDSから、独立1作目となるアルバム「わるくない」がリリースされます。1曲目の「わるくない」は、アルバムのタイトルをそのまま冠した今作のリードトラックですね。
私は安直に「がんばれ」とか「ファイト!」って言えないタイプなんです。でもそこが好きだと言ってくださる方もありがたいことにいて。そんな私が自分なりの応援ソングを書いてみようと作ったのが「わるくない」。私が応援ソングを書いたらやっぱり「こんな自分もわるくないよね」という曲になったんですよね。この曲が収録される次のアルバムを出すときに、どんな環境で自分が歌っていたら一番説得力があるかということも考えて、独立という道を選びました。
──この曲は、ポッドキャスト番組のタイトルにも引用されていて、アルバムのリード曲という位置付けを超えて、今の花さんにとって非常に思い入れ深い1曲になっているのだろうなと想像しました。
ひさびさに「人生で見てきたこと、感じてきたことの備忘録をまとめたら、曲ができました」みたいな曲が書けました。いろいろな方が好きと言ってくださっている「もしも僕に」(2017年2月リリースのアルバム「君によく似た人がいる」収録曲)もそういう曲で、できたときに確信めいたものがあったんです。それは、再生数がついてくるだろうという確信ではなくて、ちゃんと自分自身の内から曲を生み出せたという確信。自分の人生において、あれを形にできたことにすごく価値があると思えました。「もしも僕に」という曲は、ざっくり言うと、両親が私に伝えてきてくれたことのまとめだったんですが、「わるくない」はそうじゃなくて、この歳になって、自分が見てきたことや感じてきたことを、誰かに対して「私はこうだったよ」とやっと伝えられる番になったと思えたからできた曲です。キャリア的にも、年齢的にも、音楽的にも、ネクストゾーンに行けるという気持ちになれたから書けた。
──「ずいぶん時間はかかったけれど わたしはわたしになれました」という歌詞がありますが、まるで花さんにとっての何度目かのデビュー曲のようなフレッシュでたくましい響きを放つパンチラインだと思いました。また、自分自身を再定義し直すとき、新しいスタートラインに立つときのマインドの表現として、「わるくない」という言葉を選ぶ点もすごく花さんらしいと思います。
私も、私っぽいなと思います。


──ポットキャストの番組名は、「関取花もわるくない」ですね。この「も」という言葉遣いも、とてもユニークだと思いました。
最初は「関取花」「わるくない」という2つのワードがあって、それを紙に書き出して、スタッフの方と、「間になんか欲しいですよね」と話して。いろいろな言葉を出し合って「関取花もわるくない」に決まりました。これまでのいろんな経験を振り返って思うんですけど、みんなそれぞれに事情があって、意外と誰も悪くないことってけっこうあるじゃないですか。そういう解決の仕方で晴らせるものってあるよね、とずっと思っていたところもあったんです。
──誰「も」悪くない、の「も」が由来なんですね。
はい。あなたも、私も、わるくない。今って自己肯定感が大事だとよく言われますけど、「私って最高。いつだって最高」って一生懸命自分に言い聞かせるのも、それはそれで苦しくなってしまうなと思っていて。「最近調子どう?」って聞かれたときに、「いや、わるくないっすね」という状態をキープできたら、私的には一番ハッピーかなと。英語だと、「not bad」ってけっこういい意味で使うんですけど、自分はその感じが一番いいなと思っているんです。
Page 2
──今年の成人式のタイミングで、アルバムから先行でリリースされたのが「二十歳の君よ」でした。成人を迎えた方たちへ送る歌として聞こえるのと同時に、独立を果たした2025年の年明け一発目にリリースされたことを踏まえると、花さんが二十歳だった自分自身に向けて歌ってるようにも聞こえます。
最初にワンコーラスだけ作ったときは、自分が二十歳だった頃を思い浮かべながら制作していたんです。そこから歌詞を書き足していく中で、今の自分から二十歳を迎える方たちに伝えられることがあるなと思い、2番以降はそういう言葉も混ぜていて。歌詞を書いてるうちに、二十歳になるまで誰かが育ててくれたんだよなという目線も入ってきたりもしました。
──親の目線というか、俯瞰した目線ですよね。
はい。「二十歳」というキーワードを繰り返して歌っていく部分があるんですが、別に年齢だけの話じゃなくて、例えば親になって20年とか、会社を始めて20年とかいろんな“二十歳”があるなと思ったんです。何かが始まって、時間が過ぎていって、最終的に何かの形にはならなくても、その過ごした20年のうちに何かしら大事なものをきっと受け取っていた……そういうことを歌詞にしました。

──「これまでの日々があることを その胸に抱いて行けばいい」という一節から、ポジティブなこともネガティブなことも丸ごとも引き受けるたくましさを感じます。すでにこの曲に表されているかもしれないと思いつつ、花さんが二十歳の自分自身に言葉をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか?
「そのままでいいよ」ですかね。変なメイクをしたり、変なファッションをしたり……ほかにもいろいろありましたけど、振り返れば全部最高だったと思うので。
──「VRぼく」には、「労働ばっかしてたら 死にたくなるから 今日は人生休みます」という歌詞があって、これほどまでに現代人の切実な本音をストレートに歌にできるミュージシャンは決して多くはないと思いました。「がんばろう」と背中を押す王道の応援ソングではないかもしれませんが、この時代を生きるうえでの切実さに真正面から寄り添い、まっすぐに代弁するという意味で、この曲も花さん流の応援歌の1つなのかなと思います。
ありがとうございます。「今は嫌なことを忘れて踊ろう」とか、もしくは「タフに向き合おう」とか、そういう考え方の応援ソングも好きだったりするんですけど、でもやっぱり自分が作るのならば、自分にしか書けないものにしたくて。私の曲は「説教臭い」とか「また耳が痛くなるような言葉を……」みたいなことも言われるんですけど、一発でもいいから、1回でもいいから、グサッとくるものを残したいと思ってしまう性分で。自分の音楽をサブスクで繰り返し聴いてもらいたいのであれば、理に適ってないかもしれないんですが、「聴いたらなんかがんばれそう」じゃなくて、私の曲をヒントに「こうやったらがんばれるかもな」というところまで持っていきたい。耳が痛いことを言うので、何度も繰り返し聴いてもらえるかはわからないんですけど、5年後、10年後も心に残るものを作りたいですし、それが私なりのポップスの定義なのかもしれないです。
最終的に「わるくない」って思えたら
──最後に「会いたくて」という曲が収録されていますが、この曲の「たった一人の恋人と 片手で足りる友達と なんでもないようなことをして 笑ってみたい 笑いたい」という歌詞に、花さんらしさが特に色濃く詰まっていると感じました。
まさにこの曲はその歌詞から書いていった曲で。30歳にもなると、人間関係がある程度精査されてくるじゃないですか。
──両手で数えられていたよく遊ぶ友達が、いつの間にか片手で数えられるようになっていく、と。
そうそうそう。実際に片手かと言われると、私はありがたいことに友達には恵まれていてもう少しいるんですけど。ただ地元の友達、学生時代の友達、仕事でご一緒するミュージシャンの友達……というようにカテゴリーで分けて数えるとしたら、片手で足りると思うんですよね。そういうふうに考えていったときに、これだけのカテゴリーの友達がいたら、私の悩みはすべて解決できるし、足りないものは何もないなと気付いた瞬間があって。それがちょうど「わるくない」という曲ができたときと重なっていて、「あ、この人たちが仲よくしてくれている関取花でいる限り、たぶん私は、人としてわるくはないな」と思えたんです。そのとき、歌詞にしようと思っていたわけではないんですけど、「片手で足りる友達」という言葉を携帯にメモしていて、それを「会いたくて」の歌詞で使いました。
──「たった一人の恋人と 片手で足りる友達」は、顔が具体的に浮かぶ人たちのことを指していると思ったんですけど、一方で同じ曲の中に「誰か」という歌詞も出てくるんですよね。そこがすごく不思議というか、面白いなと思いました。
自分でも不思議だなと思ってるんですよ。自分は“会いたくて”というよりは、そういう人たちに“会えた”のに、歌詞にしたときに出てきたのは、なぜか“会いたくて”という言葉だった。「こっちのほうが共感を呼べるだろう」とか考えながら曲を書けないんで、本当に勝手に出てきた形がこれだったというだけなんですけど。
──なるほど。会えた、という実感が起点になっていると。
はい。この人たちに会いたくて、これまでもがいてきたんだろうなって。そう思いながら書いたような気がします。
──「誰か」という言葉が出てくることで、過去と現在と未来を行き来しているようなニュアンスも生まれているように思います。
そうかもしれません。この曲を最後に持ってきた理由にもつながるんですけど、私は何事も時間が経てば変わっていくと思ってるんですよ。友達だってケンカして疎遠になっちゃうかもしれないし、たった1人の恋人のつもりがほかに好きな人ができてお別れすることになるかもしれない。でもそういうことを永遠に繰り返していくのが人生なんじゃないかなって。いろんな経験をして、失敗して、「あの子とケンカしなきゃよかった」とか「あの人にしとけばよかった」とか思いながら、何十年もこの先も生きて、最終的に「わるくない」って思えたらいいなと。

弾き語りでも自信を持って届けられる
──この曲が最後にあって、また1曲目の「わるくない」にループして……ということですよね。サウンド面についても聞かせてください。今作では、近年、制作やライブでタッグを重ねてきた加藤綾太さん(G)、藤原寛さん(B)、岡田梨沙さん(Dr)とのバンド感が非常に色濃く出ているように感じました。
私はいつも弾き語りのデモだけお渡しして、バンドメンバーと一緒にスタジオに入ってアレンジを詰めていくんですけど、3人に共通しているのは、「花ちゃんがどう思うかわからないけど、俺は、私は、これが正解だと思う」というものをきちんと作って持ってきてくれること。確信を持って仕事をする人と一緒にやりたいという気持ちが最近強くなってきているので、3人と一緒に音楽を作るのはすごく楽しいです。一緒に初めて音を鳴らしたときから3人それぞれがやりたいことが伝わってきた一方で、みんなライブ強者なので、私のイメージを汲みとって別のアイデアを出してくれる柔軟性もあるんですよ。
──今回はエレキギターが高らかに鳴る曲も多いですが、一方で、どの曲も花さんの歌が真ん中にあるという点が共通している。その軸は守りつつ、それぞれの楽器のサウンドが自由に鳴っていて、4人のバンドとしてのケミストリーを随所に感じる作品でした。今作の曲がバンドセットのライブで披露されるのも楽しみですし、弾き語りでは、それとはまた異なる響きを放つのだろうと想像します。
ありがとうございます。ここ数年リリースした曲で言うと、アレンジがすごく好きだなと思う反面、弾き語りだとちょっと違うなと思う曲が多かったのが悩みで。その原因は足し算を重ねて曲を作っていったからで、たぶんキャリアを重ねていくうえでみんな通る道だと思うんですよね。でも今回の曲はシンプルで歌詞も強いし、声を張る以外の表現でもスイートスポットを聞かせられたり、自分の得意な歌い方ができたりするので、弾き語りでも自信を持って届けられると思います。
──独立の話ともつながるかもしれませんが、アコギの弾き語りという最もミニマムな形態で鳴らされたときにこそ、花さんの内から出てくるものが特に色濃くにじみ出てくると思うので、とても楽しみです。
引き算の美学に落ち着いた結果、独立して1人になりました(笑)。でも、それもわるくないなって思うんです。

- 2025年5月24日(土)京都府 someno kyoto
- 2025年5月25日(日)愛知県 Tokuzo
- 2025年6月7日(土)香川県 SUMUS cafe
- 2025年6月8日(日)愛媛県 松山Monk
- 2025年6月14日(土)福島県 フォーク酒場6575
- 2025年6月15日(日)宮城県 カフェ モーツァルト アトリエ
- 2025年6月28日(土)石川県 もっきりや
- 2025年7月5日(土)北海道 musica hall cafe
- 2025年7月19日(土)広島県 Live Juke
- 2025年7月20日(日)岡山県 城下公会堂 in KOTYAE
- 2025年8月2日(土)兵庫県 旧グッゲンハイム邸
- 2025年8月3日(日)大阪府 Soap opera classics
- 2025年8月9日(土)福岡県 ROOMS
- 2025年8月23日(土)東京都 雷5656会館
Views: 0