🧠 あらすじと概要:
この記事は、映画『ラストマイル』『ファーストキス』『片思い世界』に焦点を当てた感想文です。著者は、野木亜紀子と坂元裕二が描く「不可逆」なテーマに注目し、それぞれの作品がどのようにそのテーマを表現しているかを分析しています。
あらすじ
- 『ラストマイル』: 大規模な物流業界を舞台にし、不可逆性が生む恐怖を描く。爆破事件が引き金となり、ヒトの生活や働き方がどのように変わるのかが中心テーマ。
- 『ファーストキス』: タイムトラベルを通じて、不可逆的な状況を乗り越えた先に待つものとは何かを探るラブストーリー。
- 『片思い世界』: 死後の世界での存在を描き、「不可逆が不幸であるとは限らない」というメッセージが込められている。
記事の要約
著者は、これらの作品が共通して「不可逆性」というテーマを扱っていると指摘しています。『ラストマイル』ではその恐ろしさを描き、『ファーストキス』では乗り越えた後の景色を示し、『片思い世界』では不可逆が不幸ではないことを訴えます。現代の資本主義社会における不可逆性の影響を考えさせられ、視聴者にエールを送る内容となっています。著者は、今後も不可逆について考え続けたいと締めくくっています。
とてつもなく楽しみにしていた映画の公開ラッシュがひと段落した。
2024年8月公開の『ラストマイル』、2025年2月公開の『ファーストキス』、同4月公開の『片思い世界』は私が野木亜紀子と坂元裕二という脚本家が大好きすすぎるがゆえに、とにかくワクワクしていた。
3作品ともしっかり堪能したのちに、これらを俯瞰してみると「不可逆性について語っている」という共通項があることに気づいた。
『ラストマイル』では不可逆性のもつ恐ろしさを、『ファーストキス』では「不可逆性を仮に乗り越えた時、人はどのような景色を見るのか」を、『片思い世界』では「不可逆であることは不幸ではない」という提示をしているように思えた。
ラストマイル~不可逆は恐ろしい?~
『ラストマイル』は満島ひかりと岡田将生を主演に据えつつ、脚本家の野木亜紀子がかつて地上波ドラマで手掛けた『アンナチュラル』『MIU404』の世界線とつながるシェアード・ユニバース・ムービーである。大規模なセールイベント「ブラックフライデー」前夜の爆破事件を皮切りに連続爆破事件につながっていくストーリーで、物流業界で働く人々を中心に物語は進む。物流業界こそ現代(とくにコロナ禍以降)において不可逆という文脈の中心に位置する業界ではなかろうか。「翌日配送」「送料無料」を始めた途端、利用者はそれがなかった時の「不便さ」には戻れない。物流の現場で働く人を考慮してこれらを止めたものならば、利用者は離れていき業界の中で淘汰されてしまう。この不可逆性の弊害が立場関係なしに蔓延する様子は、劇中でも直接的に描かれている。
ドライバーのやっちゃんは休憩時間を削って働き続けた末に過労死をし、センター長を務めていた山崎佑本部長の五十嵐(ディーン・フジオカ)は、急用の連絡が入ったにも関わらず、ジムのランニングマシンを走り続ける(=進み続けるレールから降りれなくなっている)という描写が印象的だ。
このように、『ラストマイル』では「より早く、より安く、より便利に」を追い続ける「不可逆の世界」を生きる我々に、その恐ろしさを提示しているように思わずにはいられないのだ。
ファーストキス~不可逆を乗り越えた先には何があるのか?~
坂元裕二が手がけた松たか子×松村北斗主演の大人のラブストーリー。タイムトラベルする術を得たカンナ(松たか子)は事故死した夫の駈(松村北斗)を救うため人生のやり直しに挑む物語。
本作は不可逆性を乗り越えた時、人は何を見るのかをゴールに据えた作品なのではと感じた。
坂元裕二といえば雑談や何気ない日常描写を巧みに使いながら物語を築き上げていく天才である。そう考えると「、タイムトラベルというSFの構成は彼の作風と相容れないのでは」と考える方もいるかと思うが、むしろSFという手法をあえて使ったことで、リアリズム作品として日常の尊さをより際立たせることに成功しているのではないだろうか(非日常に身を置くことで日常の何気ない喜びをより実感するように)。映画パンフレットで坂元自身も「今回描きたいと思ったのは、タイムトラベルを一つの入り口として、人と人との関係をもう一度やり直すこと」と語っている通り、タイムトラベルという「時間の不可逆性を乗り越える装置」を使っても、人間に残るのは人とのつながりや日常を慈しむ感性なのだという解の提示をやってのけたのだ。以下ネタバレとなるが、タイムトラベルの手法を得ても「駈を救う」というオチを回避することはできなかった。ただ、命を落とすまでの一連のプロセはタイムトラベルの前と後ではまったく異なっているということは、一目瞭然だろう。
「不可逆性を仮に乗り越えた時、人はどのような景色が見えるのか」という問いに対するひとつの答えを見事に提示してくれた作品だったとしみじみと感じる。
片思い世界~不可逆は不幸?~
『片思い世界』も『ファーストキス』同様、SF要素の強い作品だ。美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)の3人は東京の片隅で楽しく暮らしていたが、実は3人はすでに亡くなっている。生きている人々に届かないそれぞれの「片思い」を抱きながら生活をする物語である。
坂元裕二はこれまで幾度も「不可逆」をテーマにしてきた。前述の『ファーストキス』然り、TBSドラマ『カルテット』(2017年)然りだ。
レモンするってことはね、不可逆なんだよ。二度と元には戻れないの。
『カルテット』第1話
あまりにも有名な「から揚げ論争」の一部だが、「不可逆なことはこの世に存在する」ということを坂元はこれまでも明示してきた。『片思い世界』の3人は亡くなっていて、二度と生きていた頃の世界に戻れない。ただ、それは不幸なのだろうか?
死後の世界線を生きる3人は「不可逆は不幸を意味しない」と訴えかけているように思えた。
美咲「まあさ。こっちはこっちで元気にしてればいいんだよ。生きてたらこんなふうにしてたかな。こんな毎日だったかなって。思ってたとおりにしてれば良かったし、だから一緒に同じ景色を見てこれた」優花
「こっちだってけっこう楽しいもんね」
『片思い世界 映画オリジナルシナリオ』より
坂元は死んだ3人を「死んだ存在」として描くのではなく、「宇宙にはレイヤーがあり、亡くなった人も違う場所で存在している」という描き方を選んだ。死んでも終わりではなく、どこか別の世界戦に”居る”のだと。
このように作品を見てみると、「人は生から死という不可逆のサイクルのなかで生きている。いつかはすべて終わるけれでも、それは決して不幸ではない」というメッセージとして受け取ることができる。
まとめ
切り口や扱うものに違いはあれど、3作品とも「不可逆」を扱っている点は非常に興味深かった。『ラストマイル』で描かれていた通り、我々は不可逆な資本主義社会のレールの上を走っている。
スピードを落としたら「頑張れ!」といわれ、スピードをあげたら「もっと頑張れ!」と言われる。スピードを緩めて止まるようなことがあってもかけられる声は変わらず「頑張れ」である。
あまりにも高難易度過ぎる資本主義社会だけれども、取り上げた3作品はそんな社会を相対化してくれたり、乗り越えた時に見える景色を提示してくれたり、不可逆は不幸を意味しないと励ましたりしてくれた。
現代人にこれ以上ないエールを送ってくれていたんだと、今さらながら感じ取ることができた。
「不可逆とは何か」
不可逆な世界で生きながら、もう少しこのテーマについて考え続けていきたい。
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