日本国債市場で金利が高騰し、急激にイールドカーブ(利回り曲線)のスティープ(傾斜)化が起きている。とりわけ超長期ゾーンの上昇ピッチの速さは低金利に慣れ切った投資家の行動を変容させると共に、日本の金融政策や財政政策にも影響を及ぼす可能性がある。
米国債に次ぐ約1137兆円規模の日本国債市場で、長らく安定していた金利が米国やドイツなど主要国を上回るペースで上昇し始めた。償還期間が長い年限ほど上昇傾向が鮮明で、30年金利の水準は既に10年債の約2倍に達し、40年に続き過去最高水準が目前と青天井の様相を呈する。
金利急騰の背景にあるのは主要な買い手の不在だ。追加利上げを視野に入れる日本銀行は昨年から国債の買い入れを段階的に縮小。利回りの上昇で投資魅力は増しているが、大手生命保険会社など国内機関投資家は慎重姿勢を崩していない。流動性が乏しい超長期債は特に売り圧力にさらされやすく、評価損リスクへの警戒に加え、米国の関税政策を巡る不透明感も手控え要因となっている。
みずほ証券の大森翔央輝チーフ・デスク・ストラテジストは「イールドカーブのスティープ化は、単なるグラフ上の変化にとどまらず、金融政策と財政の潮流が転換期にあることを物語っている」と言う。
日本で起きた金利形成の異変は金融政策にも影響を及ぼす公算が大だ。日銀は今後、景気を下支えするために追加利上げを見送るか、インフレ抑制を優先して利上げに踏み切るか、二者択一を迫られるためだ。

急激な金利の上昇は、政府の財政運営にとっても足かせになる。主要先進国で最大の債務残高を抱える日本にとって、金利負担の増加は防衛費の拡充や財政出動の判断を難しくする。さらに、インフレ期待の高まりを反映するイールドカーブの傾斜化は、日銀の利上げ継続を後押しする材料ともなり得る。
日興アセットマネジメントでチーフグローバルストラテジストを務めるフィンク直美氏は、超長期ゾーンの利回り上昇は「インフレ期待を日銀が過小評価すべきではないという明確なメッセージだ」と指摘。さらに、財政政策に対するメッセージにもなっており、市場は経済のプラス成長を維持する程度の支出は許しても、「過剰な財政出動は受け入れられないかもしれない」と話す。
海外市場でも国債利回りは上昇しているが、日本の変化が目立っており、10年債と30年債の利回り格差は4月以降に約50ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)拡大。これは米国やドイツ、英国を大きく上回り、日本の10年債利回りは中国債を上回る可能性も出ている。30年債利回りは16日に一時2.985%と過去最高の3.03%に接近し、40年債は15日に3.47%と最高水準を更新した。

三井住友トラスト・アセットマネジメントの稲留克俊シニアストラテジストは「30年債で3%、40年債では3.5%が上昇のめどだと思っていたが、いずれも通過点という位置付けになりつつある」との認識だ。
足元の金利上昇は、遅れて企業向けの融資や個人の住宅ローンにも影響が広がる。長年現金や預金で資産を保持してきた家計にとっては、インフレ加速による資産価値の実質的な目減りも懸念材料だ。一方、銀行は預金と貸出金利のスプレッド(格差)拡大により、収益改善の可能性が高まっている。
もっとも、超長期金利の急騰は一時的で、米関税政策をきっかけに世界的に混乱した相場が落ち着き、日銀が段階的な追加利上げを再開すれば、金利は安定に向かうとの見方もある。
りそなアセットマネジメントの藤原貴志チーフファンドマネジャーは、超長期金利上昇の主因は米関税政策によるボラティリティーの上昇で流動性が低下したことだとし、「今がピークで、落ち着ついていく方向にある」と指摘した。

足元の流れが続くかどうか、鍵を握るのは引き続き生命保険会社だ。大手生保は世界的な貿易摩擦や日銀の金融政策方針がより明確になるまで日本国債の購入を慎重に進める姿勢を維持している。保有債券を今売却した場合、損失確定リスクが高まることも二の足を踏む要因の一つだ。
バークレイズ証券の為替債券調査部長の門田真一郎氏は「30年債の価格を安定させるには生保の買いが不可欠だが、明確な購入意欲は確認されていない」と分析する。第1四半期に日本国債の保有額を過去最大規模で増やしたと推計される海外投資家の動向が最近注目を集めたが、それでも国債市場での存在感は依然として限定的。長期的で安定的な買い手として存在感を発揮する状況には至っていない。
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野村証券の宍戸知暁シニア金利ストラテジストも、海外投資家や年金勢が「生命保険会社に代わるような安定的な超長期国債の買い手になることは考えにくい」との見方だ。
償還額から新規発行額を差し引いた超長期債のネット供給額も増加傾向にあり、構造的に利回りの上昇圧力が続く可能性が示唆されている。みずほ証の大森氏は、日本はインフレや財政、世界の金利変動という中でバランスを取りながら、金融の安定維持に注意を払い、この荒波を乗り越えていくことになるだろうと述べた。

🧠 編集部の感想:
日本国債市場での金利急騰は、長期的な金融・財政政策に大きな影響を与える可能性があります。特に、超長期金利の上昇はインフレ期待を強め、日銀の利上げを迫る要因になるでしょう。投資環境が不透明な中、投資家の慎重姿勢が続くことは、さらなる市場の波乱を引き起こす要因となるかもしれません。
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