「あと1日」
エムホールデムのホーム画面中ほど、「ランクマッチ」の入り口には吹き出しで、ターム終了までの残り時間が表示されている。
ここのところ、かなり詰めて打っていたこともあり、少し疲れが出ていた。
そう。先日の「AQo」の展開も、普通なら降りられていたかもしれない。
だが、それまでにまともなハンドがしばらく入っていなかったこと。そして、明快な「AK」に比べ、扱いの難しい「AQ」への経験不足。そうした小さなズレが敗因となった。
それでも、現在のランキングポイントはm2 QUEENの暫定ボーダーより上。ただ、次なる目標であるm1リーグ進出の条件が「m2 KING以上」であることを思えば、ここで打たなければこれまでこのタームで打ってきたランクマッチポイントが無駄になってしまう。
でも、集中力も途切れ始めていた。
それでもいつものように、アドバンスト卓へマックスバイインでエントリーする。
しかし、この日はどうも振るわず、なかなか勝てない——。
時間とともに、じわじわとポイントが削られていく。
まだKINGランクを狙える圏内にはいるものの、ここでこれ以上失うと状況は厳しい。
「このままでは、QUEENランクすら維持できないかもしれない」
そんな焦りが心を支配し始める。だが、それでハンドが入るわけでもない——。
あとで知ったことだが、このような状況は界隈で「Card Dead(カードデッド)」と呼ばれているらしい。
つまり、配られるハンドがひたすら弱いものばかり。あるいは、手元にそれなりのハンドが来ても、ボードと噛み合わない。どこまで待っても、チャンスが来ない。
そんな苦しい時間が、延々と続くことだ。
私のスタイルはもともとタイト。ただでさえ参加率を抑えている中で、手が入らない。絡まない。勝負にならない。
そうなれば、やるべきことはただひとつ——耐えること。
ポーカーには「波」や「流れ」がある。好調なときは、何をやっても勝てるように感じる。手がボードと自然と絡み、リバーで引き切れる。
だが、裏を返せば、「何をやっても勝てない」時期もあるのだ。
それが、「Card Dead」。
これと似た現象で、ターンやリバーで逆転する(された)展開を「上振れ」「下振れ」と呼んだりもする。
いずれにせよ、ポーカーには——実力だけではどうにもならない日が、確かに存在する。
私は、静かに決断した。
「……もう、今日は打つのを止めよう」
ポーカーでは、「引き際」もまた、大切な判断なのだ。
そう自分に言い聞かせて、アプリを閉じたその夜のこと——。
「ちょっとだけ、気晴らしでもするか」
眠気もなかった私は、何となくトーナメントの中でも手軽にできる「S&G(シット・アンド・ゴー)」の卓に付いた。
これならランクマッチと違ってポイントを消費することもないし、6人卓なら15分少々で終わる。気楽な遊びだ。
すると、これが不思議なくらいに噛み合った。
序盤からハンドは冴え、フロップもぴたりと絡む。最後はAJoでボードにストレートが完成して、きれいにフィニッシュ。
ここまで勝ち過ぎると、逆に相手に申し訳ないくらいだ。
気づけば、チップリーダーのまま優勝していた。
さっきまでの「Card Dead」が嘘のようだった。
本当に、ポーカーってやつは、わからない。
——でも、きっとこれも「判断」の報酬だったのだ。
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