🧠 概要:
記事概要
著者が初めてiPhone 16を購入し、その過程や感想を述べている。生活コストの見直しをきっかけに、家族全員のスマホと光回線を乗り換える決断を下し、家電量販店での体験を通じて、デジタルネイティブ世代との温度差を感じる。また、自身のデジタル環境や新しい端末の活用方法についても考察している。
要約(箇条書き)
- 家族のテレビが不調になり、生活コストを見直す必要が生じた。
- 家電量販店でiPhone 16の乗り換えキャンペーンを見つけ、家族全員がスマホを更新。
- 家電量販店での手続きは長時間かかり、家族のタイミングを調整。
- 初めてiPhoneを使用するにあたり、過去のApple製品(iPod、Macなど)への思い出を振り返る。
- データ移行は自宅で行う必要があり、アプリやログイン作業に戸惑う。
- 家族の位置共有機能がAndroidと異なる点を認識し、新たにAppleのサービスを設定。
- 子供たちがデジタル機器を使いこなす様子に、新人類の感覚を持つ著者が驚く。
- Appleストアでのトラブル解決や経過を描写、デジタルデバイスとの相互作用について考察。
- 現代のデジタルネイティブ世代との違いを感じ、自身をアナログ世代と認識。
- システムアップデート通知を受け、さらにデジタル環境の変化を意識するようになる。
今月のはじめに文字制限いっぱいのコメントとともに画像を投稿したとおり、わたしはついにiPhoneデビューをした。
今回は画像のキャプションでは書ききれなかったことを少々。少々とは言いつつまたも長文だけど。
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いろいろと物要りなので、生活コストを見直さなくてはと考えていた矢先のこと、我が家のテレビが受信できなくなってしまった。いや、たまに映るのだけど、そのうち映像や音声が乱れて映らなくなる。うちは地域の送電線の関係でアンテナが使えないので、光回線でテレビを視ている。越してきて早や10年あまり。最近はネット通信も時々不安定になるから、ネット回線プランも一緒に見直すべきかもしれない……そんなことを家族で話していた。来月には海外向けのウェビナーを家からやることにもなっているので、不安要素は少しでも減らしておきたいところだし。
そういうわけでゴールデンウィークに近所の家電量販店で相談したら、予想していたとおりに連休限定の乗り換えキャンペーンなんかが提示されて、ああ、たしかに、◯◯に乗り換えるとお得ですね、今ならiPhoneが毎月コレコレのお値段で……はいそうしましょうといった具合に、家族全員のスマホと自宅の光回線も契約しなおす運びになった。
翌日に予約をとり、家族全員で家電量販店に赴いた。回線の乗り換えには毎度ものすごく時間がかかるのが悩みの種だったが、家族全員の時間が調整できるタイミングなどそうそうない。MNPの番号取得など、できることは自宅で済ませておいて、家電店での時間は極力減らす努力をした。それに伴って、休みの日に予定していた片付けなども延期になった。億劫な片付けが延びたのは、回線乗り換えを口実にした現実逃避のような気もするけれど。
中高生の子供達を連れて家電量販店へ。皆んなで自家用車に乗ったのはかなり久しぶりで、前がいつだったのか思い出せなくて、その現実に時間の経過を実感する。気がつけば最後に◯◯したのはいつだったというのは子育てあるあるとしてよく聞くけど、それこそこれが最後になるのかもしれない。子供達が家を出た暁にはそうチャンスはないだろう。ただでさえ我が家は猫たちの世話があるので一家総出で遠出することはなくなったし。
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今回乗り換えるスマホは昨年出たiPhone 16。
iPhoneは言わずと知れたスマートフォンの代名詞だ。最近こそAppleの主力商品だけど、Appleはもともとパソコンメーカー。シェアがWindows陣営に席捲されても、AppleのMacintosh(通称Mac)はクリエイター界隈から絶大な支持と人気を得ていた。Macのシェアが落ちて経営危機に陥ったAppleは、創業者スティーヴ・ジョブズが復帰してすぐに出したボンダイブルーのiMacそして音楽端末のiPodによって息を吹き返し、その復活がのちのiPhoneの大ヒットに繋がった。これは今さら語るまでもない有名な話だ。
自宅のパソコンはジョブズが戻る前のApple Computer時代からずっとMacで、わたしはiPodとiPadも使っている。
初代iPodが出たとき、わたしはケニアにいた。日本で購入したものを運んでもらう形で入手して、その後はiPodの新しいモデルが出る度に買っていた。2007年の初代iPhone発売と同時にiPod touchという通話機能のないiPhoneみたいな端末が出て、もちろんそれも使った。もう新規発売もサポートも終了したiPod touchだけど、わたしにとっては音楽再生に特化した形で、最後発モデルがまだ現役である。
ガラケーの新規販売終了に伴ってスマホに乗り換えて以来、わたしはずっとAndroidユーザーだった。Androidにこだわっていたわけではない。仕事中はロッカーにしまったままであまり触れるものではないから、スマホは携帯電話としての認識しかしていなかった。つまり、その中身が何だろうとあまり気にしていなかった。それに加えて、iPod touchのインターフェイスがほぼiPhoneだったこともあって、わざわざ携帯電話までiPhoneを選ぼうとは思わなかった。そんなわけで、謂わば生粋のApple製品ユーザーなのに、スマホだけは長らくApple以外の製品を使い続けていた。
閑話休題、可能な限り手続きにかかる時間を短くしようとしたスマホの乗り換えだけど、家族4人分と、あわせて光回線もとなればどうしても時間がかかってしまう。結局4時間弱ほど家電量販店にいた。それでも旧スマホからの移行まではしなかったのだから、もしそこまで店頭でやっていたらやっぱり一日仕事になっていただろう。
そう、データ移行は帰宅してからの作業だった。お店のかたによると、AndroidとiPhoneは世界が違うので、写真などのデータ以外はアプリをインストールしてそれぞれでログインし直さないと移行できないとか。確かにそうなのだろうなと思った。お店側もそこにわざわざ店頭で時間をかけるよりも別の契約作業をこなさなくてはならないだろうから、そうして移行作業の大半はユーザーに委ねられるのだな。
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先に述べたように、我が家のパソコンはMacである。iPadなど他のAppleの端末も使っているので、AppleのiCloudサービスを利用してバックアップやデータ共有をしている。今回、スマホもiPhoneにしたことで同じiCloudのアカウントに紐付けることも考えたのだけど、スマホ4台分となればデータ容量も大きいし、個人情報もある。それぞれで無関係なデータが共有されるのも煩わしいので、各自のアカウントで管理することにした(Androidでも無料の範囲で足りていた)。
で、わたしは移行用のアプリを新旧のスマホにインストールしてデータを移し(意外にもアプリまで移行されるものが結構あった)、ソーシャルメディアはログインして使えるようにした。いつもはログインしっぱなしになっているのでわからなかったけど、新たな端末でのログインには認証が必要で、今は二段回認証が一般的だ。ログインのためのコードがショートメッセージで送られてくる。はじめはそれをどのアプリで見ればよいのか解らず戸惑った。
新たに買った家電などのセットアップはだいたいわたしがやっている。普段とくに家電は使う時間的な余裕がないから、セットアップ以外は家族に任せっきりのことが多い。やがて使っている方が使いこなして操作に詳しくなり、わたしは無知なままで扱えない……ということになる。わたしは自分のMac以外はどうにも要領が悪い。スマホ操作も同様で、いつの間にか家族のほうが、とくに子供達のほうが使いこなしている。
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家電量販店のiPhone担当者は小柄な女性だった。彼女の小さな手の指先には釣り合いの取れない長いネイルが施されていて、邪魔そうに見えるネイルをものともせず素早くタッチパネル操作をしていた。ネイルが触れないように巧みにスクリーンを撫でる様子は、不思議な楽器を奏でているようでもあり、例えばわたしがアフリカで経験したような未知の文化に触れた時のような意外性と新鮮味があった。
その担当者は、契約の紐付けをどのようにするかを訊いてきた。ひとりで4回線の契約はできないらしく、それが理由だ。とりあえず男女で2回線ずつに分けておきましょうかというのでその意味を確認すれば、彼女は次男を女の子だと勘違いしていたことが判明。次男はわたしと同じように長髪にしているので、この歳でこの長髪なら女の子だと思われても仕方がない。平謝りされてしまったが、なんだかこちらが申し訳ないような心持ちがした。次男も苦笑いしていた。
待ち時間が長く、子供達は光回線乗り換えに伴うキャッシュバックで買える電化製品を物色しに席を外したが、わたしはずっと商談テーブルに居た。妻もちょくちょく離席したものの、大半の時間はそこでiPhoneへの乗り換え作業を見守っていた。
そのiPhone担当者の女性の眼は、アイメイクのせいとは思えないほど大きかった。この人の眼球は通常よりも大きいに違いない。わたしは眼科に通院していることもあって、眼科医に眼底検査がやりやすいと褒められそうだなとか、点眼薬がほとんど溢れることはないんじゃないかとか、はたまた眼の大きなポールを茶化してHow Do You Sleep? なんて馬鹿げた曲を書いたジョン・レノンの発想は馬鹿にできないななどと、これまた馬鹿なことを考えていた。
後でわかったことだが、妻も同様にこの担当者の眼の大きさが気になっていたらしい。新人類だと思ったと。わたしが子供の頃、未来の人類の想像図が子供向けのサイエンス雑誌なんかに載っていて、その姿はたしかに異様に眼が大きく描かれていたっけ。
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Android端末のときは、家族で位置共有をしていて便利だったのだけど、それはGoogleの機能だった。Googleのファミリーリンクが無効になったので、Appleの提供する同様のサービスを使いたいところだ。
設定の仕方をさがしてもたついていると、長男がわたしのiPhoneをかっさらって教えてくれた。初めての端末なのによく知ってるな、みんな似たようなもんだから、その代わり管理するのはやめてくれる?ハハハそうきたか、などというやりとりを経て、夕食の準備などでいつどこにいるのかは把握したいから位置情報だけは共有させなさいということで落ち着いた。
もう高校生なんだから、デバイスの自己管理ぐらいできなくては困る。闇バイトとか犯罪性のあるものには絶対に手を出さない、やたらとある詐欺には要注意、買い物をしたい時には親に相談せよ、そんな感じで最低限の約束をしてiPhoneの家族メンバーの設定を終えた。
なお、長男はゲームアプリの情報が引き継げずに難儀していたが、一晩中友達と通話しながら解決できたようだ。わたしたち親世代にはもうついていけない。デジタルネイティブと言われる子供達の世代もまた、わたしにとっては新人類である。
そんな長男、どういうわけか画面ロックを解除するためのパスコードをど忘れしてしまって、せっかくのiPhoneが使えなくなってしまった。デジタルネイティブは数字の手入力というアナログ作業には弱いのか。
iPhoneは何度もログインを試みて失敗すると、一定時間ログインできなくなる仕様になっていて、失敗を繰り返すとその時間が伸びてやがて完全にロックされてしまう。生体認証の機能を用意しながらも6桁の数字だけで解錠できる仕組みは心許ない気もするが、完全ロックというのはセキュリティ対策としては当然の仕様なのだろう。
で、その完全ロックに陥ってしまった長男は完全にお手上げ。ログインを断念してわたしのMacBookから初期化することにしたが、どういうわけかこれもうまくゆかず(途中でフリーズする)、直近で予約がとれた銀座のアップルストアに持ち込むことにした。
結果、難なく長男のiPhoneは初期化できた。彼のiPhoneだけが2週間前にタイムスリップした。これだけデジタル機器を使いこなしていながら6桁の数字が思い出せずにこのようなことになるとは、これまた新人類的な違いを思わずにはおれない。
なお、アップルストアによればわたしのMacBookで初期化できなかったのはおかしいので、MacBookの再起動を勧められた。たしかに最近はスリープさせてばかりで再起動することはほとんどなくなった。便利になりはしたものの、便利すぎて不便になる典型例かもしれない。いや、わたしのような前時代的なアナログ発想だと再起動するという選択肢を忘れがちだというだけのことか。
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iPhoneは剥き出しでもかっこいいが、破損リスクと持ち運びの利便性を考えればやはりケースやカバーは必要だ。家族それぞれがネットで探して各自カバーを購入していた。わたしも今まで使っていたものと似たテイストのものを見つけてオーダーした。受注生産らしくて届くまでに数日かかった。
新旧スマホカバー(外側)。左が旧で右が新。基本的な印象は変わらず。いつのまにか身のまわりに増えたターコイズカラー。
前代のスマホから、わたしは手帳タイプのものを使っている。カードやら名刺やらを入れていてすこぶる使い勝手が良いからだ。なお、交通系ICカードはアプリ化されたものがあるけれど、通信がうまくいかなかったりバッテリーがなくなったりしたら使えないので、面倒でも物理的なカードのままを維持している。改札でスマホをかざして通過しているが、実はスマホカバーに挟んだICカードだったりするわけだ。アナログ世代の感覚が抜けきらない。
新旧スマホカバー(内部)。内側の色が違うので、開くと印象が違う。
新旧のスマホを手帳型ケースに入れた状態で並べると、画面の色味や縦横比が異なっているのがわかる。古いのはOppoという中国メーカーの端末。若干縦長の画面で画像のコントラストが強くてシャープな印象がある。いっぽうで右のiPhoneは落ち着いた色合いに見える。時計のフォントが細かく変えられるところがとくに良い。
この待受写真はとあるジュエリーのオークションで公開された写真を拝借したもの。豪華なネックレスの中央に鎮座しているパライバトルマリンは、わたしが仕事でちょっとだけ携わったものだ。スマホカバーがパライバカラーなのでちょうど良い。フォントカラーも合わせたので、カバー内側もパライバカラーなのが調和的。
スマホの中身もすべてではないが移行したいものは移行した。写真もいったんすべて移したのだけど、Googleのクラウドサービスに保存されていることに気がついたので、後でほとんどの写真を削除した。まとめて消せず、いちいち選択する羽目になって、ああきっとこの鈍臭いやり方はアナログ的な発想なんだろうなぁなどと思ったけれど、一発で削除する方法が見つからないので仕方ない。
しかし、困ったことにGoogle Photoと重複している写真を削除してもiCloudのアラートが消えない。どうやらすでに無料の範囲を超えてしまっていてバックアップがとれないらしい。ということは、やはり既存のAppleアカウントで使えば良かったのだろうか。この様子だと家族も同様かもしれない。きちんと計算はしていないけれど、それぞれで追加のiCloudスペースを買うとトータルでは出費が嵩むことになってしまいそうだ。
この問題はまだ解決していない。
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新しく契約したiPhoneについてだらだらと書いていたら、とりとめのないになってしまった。
このiPhone 16は4年で減価償却するということで、4年間の分割払いになっている。前半の2年間は月々の端末代金の支払い価格が低めに設定されている。2年後、iPhoneを通信会社に返して別の端末やキャリアに乗り換えるのもあり、そのまま高くなった月々の端末代を払って使い続けるのもあり。その時にならないとわからないけど、2年後の我が家の状況次第では、さらに進化したiPhoneに乗り換えようとまた別の新人類店員に教えを請うことになるような気がしている。
新人類新人類と書いてきたけど、もともと新人類と呼ばれた世代はわたしよりも年長の世代だ。日本が経済成長した1960年代に子供だった世代。彼らは豊かさが前提になっているので、戦後の物資不足を苦労して生き抜いたその前の世代とは考え方や視点が大きく異なっている。時間は流れて、その新人類は壮年・老年となり、経済社会ではリタイアし始めている。それでも新人類と呼べるのか。
80年代に新人類と呼ばれた世代のあとは、バブル世代とか氷河期世代とかゆとり世代とかもうちょっとスケールの小さなくくりでの呼び方はあるけれど、新人類に相当する呼称は思い当たらない。そもそも新人類という語が大きすぎたせいだろうか。なにせ新人類﹅﹅である。ネアンデルタール人(旧人)に対するクロマニヨン人(新人)と同じ規模感に聞こえるではないか。
このでわたしが書いてきた“新人類”は、21世紀生まれ、それもはじめから身のまわりにデジタル通信機器とインターネットのある世代、いわゆるデジタルネイティブたちだ。わたしの子供達も当てはまる。ネットはおろかデジタル機器すらろくにない時代に子供だったわたしたちからすれば、ネットや個人のデバイスが前提のデジタルネイティブたちは、やはり新人類的感覚に見えてしまうということなのか。
インターネットもスマホも今や基本インフラ。ああそうか、戦後の物資のない時代を知る世代から見た元祖“新人類”と対応している。インターネット=物資と考えれば合点がゆく。視点の違いはパラダイムシフト級である。昭和に育ったわたしがデジタルネイティブ達を見る視点は、戦中戦後に苦労した世代と同じ感覚だったわけだ。
この新たな新人類をどう呼んだものか。宇宙人?宇宙人は侮蔑的なニュアンスのあるスラングなので良くないか(かつての“新人類”にもそうしたニュアンスはあっただろうけど)。最近の流行りに合わせると“シン・人類”?それはシンギュラリティに達したAIと共生する人類ぐらいの、もっと起きな変化が訪れてからが良いだろうか。
……と、これを書いていたらiPhoneのシステムアップデートの通知が届いた。アップデートの内容はAppleのAIエンジンApple Intelligenceの機能強化だとか。はっ、これはアナログ世代のユーザーもシン・人類(仮)への進化に取り残されないようにしなさいということだな。スマホをiPhoneに変えて、次に変えるべきものが示されたような気がする。
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