水曜日, 5月 21, 2025
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火星の地下には予想より浅い所に液体の水が存在している証拠が示される


火星の地下深くに、かつて火星を覆った海にも匹敵するほどの大量の液体の水が今なお存在しているかもしれません――。

国際的な研究チームがNASAの火星探査機インサイト(InSight)が記録した地震波データを解析したところ、火星の地表下5~8 km付近に“水の層”が広がっている新たな証拠が示されました。

これは以前の別の研究が示した地下11~20㎞とする結果よりも大幅に浅いものになります。

もしこの発見が確認されれば、生命の痕跡を探る研究や将来の火星での水資源利用にとって重大な意味を持つでしょう。

火星は現在乾燥した不毛の世界ですが、過去には川や湖、そして広大な海さえ存在していた証拠が数多く見つかっています。

しかし約30億年前以降、気候の寒冷化とともに表面の水は姿を消し、その行方は長らく謎でした。

今回、火星内部の「揺れ」(地震波)を詳しく調べることで、その失われた水の一部が地下深くに蓄えられている可能性が浮上したのです。

赤い惑星の奥深くに眠る“隠れ海”は、生命探査や将来の資源利用をどのように塗り替えるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年4月25日に『National Science Review』にて発表されました。

目次

  • なぜ火星に地下水があると言えるのか?
  • 火星の地下5 kmで波打つ“隠れ海”の証拠
  • なぜ「深すぎず浅すぎず」の位置に海があるのか?

なぜ火星に地下水があると言えるのか?

現在知られる証拠によれば、火星にはかつて豊富な水があったこと考えられています。

まずノアキス代初期(約44~40億年前)にはすでに原始海洋と熱水系の活動が確認され、ジルコンの酸素同位体が“海と火山が共存した星”を物語ります。

続く約38~36億年前には、ジェゼロ・クレーターなどで湖岸の波紋やデルタが保存され、「風が波を立てるほど厚い大気と豊富な水」があったことが分かります。

ところがヘスペリアン代後半(約36~30億年前)になると、大気が急激に薄まり、長期にわたり安定して存在した海や湖は消滅したとする大気崩壊モデルが主流です。

それでも火星は完全に乾き切ってはいませんでした。

最新の年代測定によれば、塩化物が濃縮した浅い池や塩湖が約30~20億年前、さらには“逆転河道”と呼ばれる川跡が約19億年前まで残り、季節的あるいは局所的に液体の水が顔を出していた痕跡が残っています。

19億年前と言えば、地球にはシアノバクテリア(酸素を放出する光合成細菌)などの細菌が既に存在していた時期になります。

ですがその後は気温・気圧の低下、そして太陽風による大気の剥ぎ取りが進み、表層の水は極冠の氷と地下の氷・鉱物中の結晶水へと姿を変えました。

火星表面の水が失われていく過程
火星表面の水が失われていく過程 / Credit:clip studio . 川勝康弘

しかし近年の研究により、火星の地下にはまだ豊富な水が液体の状態で存在している可能性がみえてきました。

そんな火星の水の謎を解き明かすことは、火星の気候変遷や地質進化、さらには生命の可能性を探る上で極めて重要です。

そこで注目されたのが、地震波(火星の場合は「火震(Marsquake)」の波)の解析によって地下構造を探る手法です。

地震波は地下を伝わる際、その通り道の岩石や物質の性質によって速度や挙動が変化します。

特に「はじめに「ドン」ときて次に「グラグラ」と大きく横に揺さぶられる」あるいは「カタカタ小さな揺れが先に来て『あ、地震!』と思った瞬間、ユサユサに変わった」と多くの日本人が地震で体感する“二段階攻撃”が重要になります。

ドンにあたるのがP波と呼ばれる縦揺れの波でグラグラにあたるのがS波と呼ばれる横揺れの波になります。

(※ただし地球を深く貫通するような遠距離の場合には単純に上下や前後左右では表現しきれずP波でも横揺れとなったりS波でも縦揺れに近い状態で観測されます。そのためより厳密には振動方向が伝播方向と平行なものがP波で、振動方向が進行方向に対して垂直なものがS波となります)

また体験談からもわかるように、P波は固体でも液体でもS波より速く到達します。

そしてこのP波とS波という2種類の波の伝わり方の違いを利用することで、地下が固い岩石なのか、それとも水のような液体を含んでいるのかを推定できるのです。

P波とS波をたとえで解説

地下が“岩だけ”のトンネルを車が走る状況と、途中に“水たまり”の大きなぬかるみがある状況を想像してみてください。岩だけの一本道を走る車(=地震波)はブレーキを踏むことなく一定スピードで突き進みますが、ぬかるみに差しかかるとタイヤが取られスピードが一気に落ち、さらにはハンドル操作(進行方向)まで変わってしまいます。同じように、地下が完全に固体ならP波もS波もほぼ直線的に速く届きますが、途中に液体が混じるとS波は進めず(横波が通らないため)一旦“立ち往生”し、P波も速度が落ちて回り道を余儀なくされます。その「到着の遅れ」や「消え方」を比べることで、地震計はまるで“道路の渋滞情報”を読むかのように、地下に岩盤しかないのか、それとも水たまりが隠れているのかを見抜けるわけです。

NASAのインサイト着陸船は2018年に火星に降り立ち、搭載された高感度の地震計(SEIS)で2022年まで火震や隕石衝突による揺れを記録しました。

単一の地震計ながら、インサイトは火星の核やマントル、地殻の厚さや組成を明らかにする多くの成果を上げています。

そしてそのデータは、地下に氷や液体の水が存在するかどうかを探る手がかりにもなり得るのです。

近年の別の研究では、インサイトが観測した地震波を解析することで、地下およそ11~20 km付近の岩盤に小さな割れ目や孔隙があり、そこに液体の水が存在する可能性が指摘されました。

一部の推定では、この水が火星全体を最大で数百メートル以上の深さで覆う水量に相当すると言われています。

もっとも、あまりに深い層にあるため、将来人類が直接利用するのは現実的ではないとも指摘されています。

そこで今回、中国・オーストラリア・イタリアの国際研究チームは、火星のより浅い地殻上部に液体の水が残存していないかを地震波解析によって探ることにしたのです。

火星の地下5 kmで波打つ“隠れ海”の証拠

調査にあたって国際研究チームはまず、NASAインサイト探査機が観測した火星の地震波データを詳細に分析し、火星の地殻の微細構造に着目しました。

解析に用いたのは、インサイトが記録した中でも規模の大きな揺れである「火震」と「隕石衝突」の計3イベントの波形データです。

具体的には、観測史上最大級の火震(イベント名: S1222a)および2つの大きな隕石衝突(S1000aとS1094b)の波形を対象に、地震波トモグラフィー(受信関数インバージョン)と呼ばれる手法で地下構造を逆算しました。

その結果、深さ約5.4~8 kmの位置で、地震波の伝わり方に異常がある層が存在することが判明しました。

具体的には、S波の速度が極端に遅くなる「低速度層」が地殻上部の底部に見つかったのです。

通常、地下の構造が一様な固体岩石であれば、深さによって急激に地震波速度が低下することは考えにくいため、この層には何らかの「柔らかい」物質、例えば液体が含まれている可能性が高いと研究チームは考察しました。

実際この低速度層の正体を探るため、チームは様々なシナリオを検証し、その層が純粋な液体の水を含む多孔質の岩石ではないかという仮説を重点的に調べました。

鍵を握ったのは温度と圧力のモデルです。

火星内部の温度は深さとともに上昇しますが、水は圧力が高まると融点(凍る温度)が変化します。

研究チームが地殻内の温度構造を推定したところ、ちょうど深さ5~8 km付近で水が氷から液体へ相転移できる条件になることが示されました。

言い換えれば、この深さでは火星内部の温度が0℃前後の融解点に達し、地下の氷が融けて水が液体で存在し得るのです。

画像

上の図は火星の地殻内の温度予測(左)と地下構造の模式図(右)を示します。

左図の暗赤色の線は現在の火星における深さ方向の温度変化を示したものです。青系の線は地球などの場合を示す線です。

灰色の帯で示された深度5~8 km付近では、水の凍結点(縦の点線)である0℃より高温になっていることがわかります(火星の地下環境も地球と同じく地下に行くほど熱くなります)。

右の図での上部(灰色)は衝突による堆積物の層、その下の5~8 kmの範囲(青色部分)が液体の水で満たされた多孔質の岩石層として描かれています。

このため、この深度5~8 km付近では凍っていた氷が融解して液体の水が存在できる条件が整っていると考えられます。

以上の知見から、研究チームは地下5~8 kmに見つかった低速度層を「液体の水で満たされた多孔質の岩石層」と解釈しました。

実際にその層の隙間が完全に水で飽和していると仮定した場合、そこに含まれる液体水の量は火星全体を平均520~780 mの深さで覆う水量に相当するという計算結果になりました。

これはまさに火星に古代存在したと考えられる海の規模にも匹敵する莫大な水量です。

ただしこの数字はインサイト着陸地点直下の地震波データに基づく推定値であり、火星全体に同じような層が均一に広がっていると仮定して算出したものです。

また、この推定には地殻中の「元々あった水」(たとえばマグマ由来で深部に残存する水など)は含まれていません。

言い換えれば、今回推定されたのは現在観測された地殻上部の水層による水量であり、場所によってはこれより多かったり少なかったりする可能性もあります。

研究チームは論文の中で「我々の結果は、火星の上部地殻の底部に液体の水が存在することを初めて地震学的に示すものであり、火星の水循環や居住可能な環境の進化に関する理解に大きく貢献するだろう」と強調しています。

これは現在の火星にも地中に大量の液体水が残されている可能性を示す、画期的な証拠と言えるでしょう。

液体の水があるならば広大な地底湖もあるのか?

多孔質層では理論上、局所的に地下で砂粒どうしが固まって(セメンテーションが進んで)中空洞が残る可能性はあるものの、地下水流と岩圧のバランスから見ると数十 mを超える“湖室”を長期安定で保つのは難しいと考えられます。つまりSFで描かれるような広大な地底湖が火星地下に存在する可能性は残念ながら低く、液体の水を含んんだ地質が広がっているイメージが最も近いものになります。

なぜ「深すぎず浅すぎず」の位置に海があるのか?

なぜ「深すぎず浅すぎず」の位置に海があるのか?
なぜ「深すぎず浅すぎず」の位置に海があるのか? / 北半球を覆っていた“ノアキス海”のイメージ/Crerdit:clip studio . 川勝康弘

なぜこの水の層は深さ5~8 km付近に存在するのでしょうか?

ポイントは火星の「地下の温度」と「岩石の孔隙(隙間)」です。

火星には地下数キロメートルまで永久凍土(クリオスフィア)と呼ばれる氷に満たされた層が広がっていると考えられています。

火星は太陽から遠く大気も薄いため地表付近は極めて寒冷で、水があればすぐに凍結してしまいます。

しかし地下深くへ行くにつれて惑星内部からの熱(地熱)によって温度が次第に上昇し、ある深さで氷点下を上回る領域が現れます。

現在の火星では、それがちょうど地下5~8 km付近にあたると考えられるのです。

つまり、それより浅い場所では氷になっていた水も、この深さでは融けて液体として存在できるようになります。

一方で、それより深い部分では岩石の性質が問題になります。

一般に惑星の地殻は深くなるほど上部からの重みで圧縮され、岩石中の隙間(孔隙)は潰れて減少していきます。

水は主に岩石の割れ目や孔隙に蓄えられるため、あまり深くまで降りてしまうと水が留まる空間自体が無くなってしまうと考えられます。

上からの重さで押しつぶされるように、液体の水が存在するのに必要な多孔質(ある意味でスカスカ)な地層が存在し得ないのです。

実際、先行研究では「深さ約11 kmより深い火星の地殻では、孔隙がほとんど消失している」との推定もあります。

このため液体の水が大量に存在できるのは、浅すぎず深すぎない5~8 km付近の層に限られると考えられるのです。

言い換えれば、火星では地下数キロメートルの深さにある「氷の層」(永久凍土)の下端部で氷が融けて水に変わり、しかしさらに深い層では岩石が隙間のない緻密な構造になるため水を保持できない、という状況だと考えられます。

今回示唆された水の層は、火星から失われた「行方不明の水(ミッシングウォーター)」の貯蔵場所として有力な候補かもしれません。

火星にはかつて膨大な水が存在していたものの、その大部分は大気散逸による宇宙空間への流出や、鉱物への吸収(化学的に水分が岩石に取り込まれる現象)、あるいは極冠の氷や地下の氷として残存していると考えられています。

しかし、それらをすべて考慮に入れても説明しきれない「残りの水」が存在し、この行方不明の水がどこにあるのか長年議論されてきました。

研究チームによれば、今回推定された地下水層の水量(全球換算で約520~780 m)は、まさに科学者たちが想定する「火星の残りの水」の量にほぼ一致するといいます。

言い換えれば、火星の失われた水の大部分は地殻深部で液体のまま潜んでいる可能性が高いということです。

地下深部に液体の水が存在し得るという発見は、生命探査の視点からも重要です。

地表が過酷な火星でも、厚い岩盤に覆われた地下深くであれば、内部からの熱で温度が保たれ、岩石によって放射線も遮蔽されるため、微生物が生存し得る環境が維持されている可能性があります。

実際、地球では地下数キロの岩盤中にも微生物圏(ディープバイオスフィア)が広がっていることが知られています。

水さえあれば、火星の地下にも太古の微生物が生き延びているかもしれない――今回の結果はそんな期待を抱かせるものです。

ある研究者も「もし火星に液体の水が存在するなら、微生物活動が存在する可能性があります」と指摘しています。

さらに、大量の水の存在は将来の人類による火星探査や居住の観点でも見逃せません。

水は人類にとって生命維持や資源利用に不可欠ですが、今回示唆された水は深さ5~8 kmにあり、現状の技術では容易に掘り当てて利用することはできないでしょう。

それでも、火星にこれほどの水が残されているという事実は、将来的に技術が進歩すれば人類が利用できる水資源が火星に存在する可能性を示唆しています。

研究に参加したタカルチッチ博士は「この水は、火星での生命や人類の未来に関わる深遠な問いを投げかける」とコメントしました。

火星に人類が赴く未来が訪れた際、この地下水が大きな意味を持つことは間違いありません。

では、この地下深部の「水の世界」の存在を確かめるには、これからどのような探査が必要になるのでしょうか。

今回の結果はあくまでインサイト着陸地点付近の観測データから得られたものであり、火星全体で同様の現象が起きているかどうかは未知数です。

研究チームは、将来より高度な地震計を搭載したミッションを火星に送り、複数の観測点で火震を測定することで、この地下水の広がりや規模を検証できるだろうと述べています。

実際、火星に複数の地震計ネットワークがあれば、今回と同じ手法で他地域の地下構造も調べることができ、地下水が普遍的に存在するかを確認できるでしょう。

また、将来的には火星の地下深部まで掘削して直接水を探る計画や、軌道上からレーダーで地下の構造をマッピングする試みが行われる可能性もあります。

しかしいずれにせよ、今回の発見が火星探査に新たな目標をもたらしたことは確かです。

地表は乾ききった世界に見える火星ですが、その地下深くには“隠れた海”とも言うべき広大な水の貯蔵庫が横たわっているのかもしれません。

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元論文

Seismic evidence of liquid water at the base of Mars’ upper crust
https://doi.org/10.1093/nsr/nwaf166

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部



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🧠 編集部の感想:
火星の地下に予想より浅い水が存在する証拠が見つかり、驚きと共に期待感が高まります。これが意味するのは、生命探査の可能性や未来の探査活動における水資源の利用の可能性です。火星の神秘が少しずつ明らかになりつつある今、さらなる研究が待たれます。

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