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火が遺伝子を書き換えた:人類は「軽い火傷に強く重い火傷に弱く」進化していた


イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)で行われた研究によって、火を操り始めた私たちの祖先が軽い火傷を瞬時に治す遺伝子を獲得する一方、重い熱傷には弱くなる進化をしていた可能性が示されました。

火と日常的に接していた人類にとって火傷は日常茶飯事であり、ちょっとした火傷は素早い回復が求められましたが、重い火傷はどうせ生き残れないため対処するメリットがなかったと考えられます。

さらに研究では、寒冷ヨーロッパと熱帯アフリカの火の使い方の違いまでアフリカ人とヨーロッパ人のゲノムに刻んでいた可能性も示されています。

文明をもたらした炎は、私たちの体にどれほど大きな代償を請求してきたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年4月12日に『Researchgate』にて発表されました。

目次

  • 火と煙——文明の恵みと代償が遺伝子に刻まれている
  • 火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた
  • 火の遺伝子(火傷用)は進化医学においても重要

火と煙——文明の恵みと代償が遺伝子に刻まれている

火と煙——文明の恵みと代償が遺伝子に刻まれている
火と煙——文明の恵みと代償が遺伝子に刻まれている / Credit:Canva

人類が火を手にしたのは約100万年前とされます。

火は調理や暖をとる手段として人類の生活を一変させ、脳の発達や社会生活にも恩恵をもたらしました。

しかしその一方で、火を扱うことで火傷を負うリスクも生まれました。

自然界で他の動物が火傷を負うことは稀ですが、火を日常的に使う人類の祖先は一生涯にわたり火傷と隣り合わせだったのです。

焚き火のそばで暮らす彼らは、小さな火の粉で手や足に軽い火傷を負ったり、料理中に火に触れてしまうこともあったでしょう。

このような“小さな火傷”が人類にとって日常茶飯事の試練となった可能性があります。

つまり火が人類の進化の力になったかもしれないのです。(※ちょっとカッコよく言えば人類は「火の遺伝子(火傷用)」を持っている可能性があるわけです

「火によって進化」というと突飛に思うかもしれませんが、自然界において火の存在に適応して進化した生物は珍しくありません。

たとえば北米の松ぼっくりは強い熱や煙にさらされることで松かさが開き、成熟種子を一斉に放出します。これにより火後の明るく栄養豊富な土壌で子孫を確実に増やせるよう進化しました。

また動物でもヨーロッパや北米に分布する火甲虫は、背面にある赤外線受容器で焼け跡の熱を感知し、焼失直後の焦げた木に集まって産卵します。火災後の樹皮内に産まれた幼虫は敵が少ない環境で成長できるという独自の生存戦略を進化させました。

同様にこれまでの研究でも、人類にとって火が大きな進化圧になった可能性が示されています。

その一つが「煙」への耐性です。

焚き火や松明の煙には有害な化学物質が含まれますが、人類はその影響を和らげるような遺伝子変異も獲得してきました。

たとえば現生人類の遺伝子はネアンデルタール人に比べては煙の毒に対してより適応した働きを示す可能性があるのです。

火を頻繁に使う存在にとって、煙の毒にやられていてはその恩恵は十分に得られません。

そのため人類は煙の毒に耐性をつけたわけです。

今回新たに発表された「火傷淘汰仮説」は、火と接する内に追うであろう軽度の火傷こそが人類の進化に独特の選択圧を与えたのではないかと考えられています。

言い換えれば、人類は頻繁に起こる軽い火傷に素早く対処できるよう進化した可能性があります。

一方で、重大な大火傷への対処能力はあまり進化しなかったのかもしれません。

なぜなら、原始の環境では広範囲の重度な火傷を負った場合、生存は極めて難しく、進化的に「適応」する機会がほとんどなかったからです。

実際、昔の人類にとって深刻な火傷は致命的であり、生き延びる望みはほぼゼロだったと考えられます。

そのため進化は「治せる火傷」、つまり軽い火傷への対処を優先し、人類は小さな火傷には強くなる一方で、大火傷への脆さを抱えたまま現代に至った可能性があります。

この仮説は一見風変わりに思えるかもしれません。

しかし火の利用が普及した人類にとって、軽い火傷は身近で繰り返し起こる挑戦でした。

毎晩の焚き火や調理、狩猟の後始末など、日常のさまざまな場面で負う軽い火傷からいかに早く回復できるかが、生存や健康に影響したかもしれません。

逆に、滅多に起きない大火傷は、起これば命取りになるものの、その稀少さゆえに進化による救済措置が間に合わなかったとも言えます。

まさに「火は人類に文明を与えると同時に、その炎で進化をも形作った」のです。

では、人類の体はどのように軽い火傷へ「適応」したのでしょうか?

火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた

火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた
火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた / Credit:Canva

人類はどのように軽い火傷へ「適応」したのか?

謎を解明すべくロンドンのインペリアル・カレッジなどの研究チームは遺伝子レベルでの分析を行いました。

彼らは人間と他の生物の火傷時の遺伝子の働きを比較し、人類特有の進化の痕跡を探したのです。

具体的には、火傷を負った人間とラットの皮膚で活性化する遺伝子群に注目し、その中でヒトとチンパンジーの間で進化の速度に差がある遺伝子を絞り込みました。

その結果、約94種類の遺伝子が火傷に対する反応として人とラットで共通して変動しました。

ですがそのうち10%ほどの遺伝子にヒト特有の正の選択(有利な変異が蓄積した形跡)が見られました。

通常、無作為な遺伝子変化で正の選択が起こる割合は数パーセント程度とされるため、これは統計的に有意な偏りと言えます。

進化の兆候が確認された遺伝子には、傷口への免疫細胞の呼び寄せや炎症反応の制御に関わるものが多く含まれていました。

例えば次のような遺伝子が挙げられます:

CXCR1:白血球(好中球やマクロファージ)を傷ついた組織に呼び寄せるシグナルを出します。

TREM1:免疫細胞の炎症シグナルを増幅する受容体タンパク質をコードします。

OASL:抗ウイルス物質であるインターフェロンの作用を強化します。

これらはいずれも火傷後の感染予防や治癒促進に重要なプロセスであり、人類の系統でこうした遺伝子に変化が蓄積していた事実は、火傷への適応進化を裏付けるものと言えるでしょう。

さらに興味深いことに、この研究では人類の集団間(アフリカ、ヨーロッパ、東アジア)の遺伝情報を比較し、火傷関連の遺伝子に地域ごとの選択の偏りが見られるか調べました。

その結果、地域によって異なる遺伝子に進化の痕跡が示唆されました。

例えば、アフリカ集団では創傷治癒や瘢痕形成に関連する遺伝子に特徴的な選択のシグナルが見られました。

この結果から、たとえばアフリカの集団は露天のかまどや金属・陶器づくりなど、高温に直接触れやすい「点的・高温接触火傷」が多かったため、早く硬い瘢痕を作って傷口を閉ざすことが有利だった……というような推測が成り立ちます。

一方、ヨーロッパ集団では免疫細胞の動員や細胞膜修復に関与する遺伝子に特徴的な選択のシグナルが見られました。

こちらからは、寒冷なヨーロッパ地域では長い冬に屋内で火を絶やさず維持する文化が発達し、飛び火や小さな煤火で「慢性的・低温の擦過火傷」が繰り返し起こったため、素早い炎症誘導と細胞膜の微小修復が選好された……という推測が可能です。

研究チームも、これが過去に地域ごとで火の利用方法や頻度が異なっていた歴史を反映している可能性があると述べています。

火の遺伝子(火傷用)は進化医学においても重要

火の遺伝子(火傷用)は進化医学においても重要
火の遺伝子(火傷用)は進化医学においても重要 / Credit:Canva

こうした遺伝子的適応は、人類が軽い火傷に対して特に強力な炎症反応で立ち向かうよう進化したことを示唆しています。

炎症反応とは、外傷や感染に際して体が起こす発赤・腫れ・痛みなどを伴う免疫反応のことです。

小さな火傷では、この炎症が素早く起こることで傷口を消毒し、細菌感染を防ぎ、組織の再生を促します。

言わば、「小火(ぼや)には大量の水を即座に浴びせて消し止める」ような戦略です。

それ自体は生存に有利ですが、問題はこの戦略が大火事の場合に裏目に出ることです。

大きな火傷では、体中で炎症の嵐が起きてしまい、かえって臓器不全やショックといった二次被害を引き起こします。

研究チームは、「小さな火傷で有益だった適応が、大火傷では不利に働いてしまう進化上のトレードオフ(適応の裏返し)」が起きている可能性を指摘しています。

実際、現代の重度熱傷患者でも、感染がないにもかかわらず身体が過剰防衛反応を起こし、自らの組織を傷つけてしまう例が知られています。

これは無菌状態の火傷で免疫が暴走する一因を進化的な適応に求める見方であり、この仮説によってそうした「火傷時の免疫暴走」の謎を説明できるかもしれないのです。

研究を率いたジョシュア・カディヒー博士(インペリアル・カレッジ・ロンドン)は「火を手にしたことは人類に計り知れない恩恵をもたらしましたが、その代償として火傷という新たな試練に向き合う必要が生じました。私たちの身体はその試練に適応する一方で、想定外に大きな火傷には今も脆さを残しています。」と述べています。

またチームは「小さな火傷で引き起こされる強力な炎症反応は、一種の両刃の剣です。軽傷を治すには役立ちますが、広範囲の火傷では同じ反応が制御不能に陥り、患者を危険に晒してしまうのです。」とも説明しています。

このように、人類の進化の中で獲得した防御メカニズムが、状況次第では弱点にもなり得るという洞察はとても興味深いものです。

この視点は人類の進化史を彩るだけでなく、現代の医学にも示唆を与えるものです。

進化医学の観点から考えると、私たちの身体が重度の火傷に対して脆弱なのは、「普段は役立つ防御反応が極端な状況では仇となる」という進化上のトレードオフの結果かもしれません。

進化医学とは何か?

進化医学とは、「病気を“今だけの不調”ではなく、“過去の進化の名残”として読み解く」学問です。

たとえば発熱や炎症の過剰反応は、祖先が感染症と戦うために進化で獲得した“安全装置”の暴走と考えます。

この視点を取り入れると、症状を単に抑えるのではなく、なぜそうした反応が起こるのかを理解し、より根本的な治療や予防策につなげられるのです。

であれば、火傷治療の研究においても、この進化の背景を踏まえることが重要になるでしょう。

実際、今回特定された遺伝子や炎症経路は、火傷による炎症を抑えたり治癒を促進したりする新たな治療標的となる可能性があります。

遠い祖先が焚き火を囲んだ夜、その小さな火傷を乗り越えてきた経験が、いま私たちの細胞の中に息づいていると考えると、進化のドラマに改めて驚かされます。

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元論文

Selection through burn injury hypothesis
http://dx.doi.org/10.13140/RG.2.2.15059.69920

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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