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ここ10数年のあいだにリリースされたゲームの中でも,「風ノ旅ビト」や「Outer Wilds」は,独自のコンセプトを持つゲームデザインによって,特にゲーマーにインパクトを与えてきたタイトルだろう。
両作で共通しているのは,メインのゲームクリエイターが大企業での実践や専門学校ではなく,大学で学術的にゲームを学んだ人物である点だ。「風ノ旅ビト」のジェノヴァ・チェン氏と,「Outer Wilds」のアレックス・ビーチャム氏は,南カリフォルニア大学(以下,USC)のインタラクティブ・メディア&ゲームデザイン学科(以下,ゲーム学科)出身のクリエイターなのだ。
USCの詳しい内容は4Gamerの奥谷海人氏による連載「Access Accepted」でも解説されている。ここでは簡単にまとめると,USCは2002年から,本格的にゲームを学べるようにインタラクティブ・メディア&ゲームデザイン学科を立ち上げた大学だ。
大学でゲームを学ぶことは,ゲーム産業に就職するクリエイター育成という即物的な部分以上に,ビジネスの価値観から離れてビデオゲーム開発を考えられる点に価値がある。先述のチェン氏とビーチャム氏はUSCでゲームを学んだことで,既存のビデオゲームとは違うアプローチからゲームデザインを考案できたわけだ。
そんな学術的なビデオゲーム開発の取り組みが,いよいよ日本でも本格的に始まろうとしている。日本最大で唯一の国立総合芸術大学である東京藝術大学(以下,東京藝大)が,来年2026年4月より,大学院映像研究科にてゲーム&インタラクティブアート専攻(仮称。以下,ゲーム専攻)の開設を予定しているのだ。
開設に向けて,東京藝大は3月29日,30日にかけて新専攻設置準備シンポジウム「ゲームクリエイターをクリエイトする」を開催。本シンポジウムではゲーム教育の識者を招聘し,これからゲーム専攻を開くにあたって何が重要なのかという知見共有を目的としている。
29日に開催されたシンポジウム「芸術大学とゲーム教育」は,現在,東京藝大ゲームコースで教育にあたる岡本美津子氏がモデレーターを務める企画である。冒頭に取り上げたUSCをはじめ,他大学がどのような取り組みをしているかが語られた。
東京藝大がゲーム専攻を立ち上げるまでの過程
![]() 2025年のゲームコース展の模様
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東京藝大のゲーム専攻開設は,突然の話ではない。今日までに8年に渡るゲームへの取り組みを行ってきたうえでの発表であった。始まりは2017年。大学院映像研究科の学生を対象にビデオゲームを扱う「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」(以下「ゲーム学科(仮)展」)をスタートし,2019年から本格的に同研究科にてゲームコースを開設。毎年,修了生が開発したゲームを発表してきた。
これまでのゲームコースは,あくまでアニメーション専攻・メディア映像専攻に含まれる2年間のコースとして設定されたものだった。平たく言えば映像分野の一部としてゲーム開発が含まれたかたちだ。
ゲームコースではスクウェア・エニックスから「ライブ・ア・ライブ」や「半熟英雄」シリーズのクリエイターである時田貴司氏をはじめとしたメンターが学生の開発を支援したり,USCから教授を招聘し,開発したゲームの講評会を開いたり,交換留学を行ったりするなど,本格的な教育体制はできあがっていた。
![]() ゲームコースで学んだ小光氏の「Five Years Old Memories」。手描きのアニメーションで描かれた,子供の世界にインタラクションしていく体験が特徴
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過去8年の間で,ゲームコースからすでにメディアアーティスト兼ゲームクリエイターも登場し始めている。代表的な作家には小光氏がいる。小光氏は最初の「ゲーム学科(仮)展」から作品を出展しており,以降のゲームコース展などで出展を重ねてきた。その経験をもとに,現在はビデオゲームとアート双方のジャンルで活動している。
小光氏は2024年に「Five Years Old Memories」をリリースした。本作は小光氏の友人たちから5歳の頃の記憶について話を聞き,ゲーム化したものだ。子供の頃の記憶が手描きのアニメーションで描かれ,プレイヤーはそんな記憶の中を操作していくゲームである。
本作はアートアニメーションとビデオゲームの中間に位置する作りということもあり,メディアアート系のイベントに出展し,賞を獲得している。小光氏はまさに東京藝大出身ならではの,ゲームとアートの双方で活躍するクリエイターだと言えるだろう。
こうした成果が出た一方,課題もあった。筆者は初期の頃からゲームコース展を見てきたのだが,全体的に映像に簡単なインタラクションを加えるくらいで完成させてしまっている作品が多いと感じてきたのだ。それは「芸術大学ならではのアプローチで,ビデオゲームの可能性を広げる」というよりも,あくまで映像作品の延長としてゲームを捉えているように見えた。
これは専攻の段階から学生の基本的な技術がアニメや映像制作に集中しがちなのもあるだろうが,そもそもクリエイター1人で開発を進められる部分がビジュアル面に特化してしまう問題もあるだろう。ビデオゲームでより深みのある体験を作ろうと考えた場合,やはりプログラミングなどの問題もあり,1人で開発するにはある程度限界がある。
このように,ゲームコースは革新的な試みである一方,作家個人の力でゲームを作りきる難しさも露呈していたし,「ゲームは映像制作とは違う」という本質的な問題も露わにした。もちろん,映像制作の傾向が強いままではなく,ここ数年はゲームデザインにフォーカスした作品も出てくるなど,学生の傾向は変わってきている。しかし,教育の現場ではある種の限界があったのも確かだ。
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そこで今回,東京藝大がゲーム専攻を立ち上げる目的として,「本格的なゲーム開発や研究ができる環境を作ること」が挙げられていた。
本専攻のコンセプトは「実験と革新。新しいものを求めていくこと」だという。東京藝大らしい考えを掲げつつも,本格的にゲーム専攻を開設するにあたってはいくつかの課題にぶつかっているという。「東京藝大の学生は伝統的に個人で制作しがちだが,ゲーム開発は音楽やプログラミングなど各要素をグループワークで作るものであり,それをどう教えていくか」という問題は,そのひとつだ。
そのほかにも課題があった。ゲーム開発を大学で教えるにあたって,ゲーム産業に役立つ人間か,アーティストとしてのクリエイターを育てたいかという方向性や,教育を行ううえでどういった教材が必要なのかを,現場で議論している段階なのである。
![]() 井口徹也氏。東京藝大のゲーム専攻設立は,ゲーム産業にもよい影響がある旨を語った
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またゲーム専攻には,ゲーム産業側により近づいた姿勢を見せた点で過去のゲームコースと異なる印象がある。シンポジウムにはDeNAの本部長であり,CEDAに関わる井口徹也氏も参加。井口氏は「東京藝大が持つ表現力や感性は,ゲーム業界でも貴重かつ相性が良いと捉えている」と説明した。
ゲームコースの時点でも産学協同の姿勢は見られていたが,これからのゲーム専攻を立ち上げるに当たってその傾向はより本格的なものになっている。
![]() 三上浩司氏。早い段階で大学のゲーム教育を実現した立場から,東京藝大のゲーム専攻設立のヒントを語った
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そのため,本シンポジウムでは大学でのゲーム教育を早い段階で実現した東京工科大学からも意見を募っている。同校の教授を務める三上浩司氏が登壇し,事情を語った。
東京工科大学はメディア学部を設立し,ゲーム教育を行っている。教育方針は具体的なゲーム開発に特化しており,どちらかといえば即戦力になれる学生をゲーム産業に送り込んでいく方向が強い。任天堂やバンダイナムコスタジオ,フロム・ソフトウェアなどの有名企業に就職した卒業生も多いという。
三上氏の講演では,文部科学省から学部設置の認可を得る難しさや,チームでゲームの制作経験を積ませる難しさといった具体的な事例が語られた。これらも東京藝大が具体的なゲーム教育を行ううえで,先行事例として参照されることになるだろう。
ゲーム教育を早期に実現したアメリカの大学たち
![]() USCのリチャード・ルマルシャンド教授。かつてNaughty Dogにて「アンチャーテッド」シリーズの開発に参加してきた実績をもとに教鞭を執っている
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以上のように,日本の大学におけるゲーム教育はまだ発展途上にあると言える。一方で,アメリカでゲーム教育を実現している大学はどのように指導を行っているのだろうか?
まず,USCのゲーム学科で教授を務めるリチャード・ルマルシャンド氏は,具体的な内容を説明した。
USCのゲーム学科は,一言で言えば「実践をベースとした開発」を教えていくものだという。ルマルシャンド氏は「独立したゲームデザイナーは1人で開発しているようなものと思われるが,実際には多くの人と関わって完成させている。そのためコミュニケーションが重要になる」と語り,チームでの開発を教えることも重視しているという。
USCは,冒頭で取り上げた「風ノ旅ビト」や「Outer Wilds」といった,アーティスティックな側面のあるゲームを生み出すきっかけとなった大学という印象が強い。しかし,ルマルシャンド氏によれば「実践的なプログラミングや,コンテンツ制作の教育」を行っているとのことであり,学生にはさまざまなソフトウェアを使用できるように指導しているという。決して既存のゲーム産業と違う方向からゲームデザインを指導する……というわけではないようだ。
ゲーム学科の学生たちが豊かなクリエイティビティを醸成するための鍵になっているのは,具体的な教育以上にUSCの環境かもしれない。同校は多くのバックグラウンドを持つ学生が集まる環境や,大学内でさまざまな学部と連携する体制によって,多様性を獲得している。
それゆえに,学生が開発するゲームはゲーム産業でビジネスになるようなゲームに留まらない。ソーシャルインパクトを目的としたビデオゲームを企画する人もいれば,メンタルヘルスをテーマにする人など,多様な方向のゲーム開発を手掛けているという。
![]() ラミロ・コルベッタ氏。ゲーム産業で20年以上のキャリアを持ち,インディーゲーム開発も行うなど多様な活動の実績を持つ
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続いて,ニューヨーク大学ゲームセンター準教授を務めるラミロ・コルベッタ氏が登壇した。ニューヨーク大学も活発にゲーム教育を行う大学のひとつだ。
本校とUSCとの違いは,「アートスクールとしてのゲーム教育」を押し出している点である。コルベッタ氏は「技術を学ぶ場所というよりも,まずイノベーティブなアイディアを重視する」とも語っている。
芸術大学ならではのゲーム開発というイメージならば,ニューヨーク大学の方がそれらしい印象がある。しかし,コルベッタ氏は「もちろんアイディアだけではダメで,イノベーションは技術が必要なものだ」と続ける。やはり,ニューヨーク大学でも具体的なゲーム開発教育の方針は固められているのだ。
「学生たちがゲーム開発で問題に直面したとき,技術的な部分を磨くことに考えが至らない。しかしアートは技術で出来ているものである。そこに気を払わないといいゲームはできない」とコルベッタ氏は指摘している。
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そこでニューヨーク大学のゲーム教育では,ゲームのアイディアを作品として実現するために「理論」「技術」そして「制作」の3つを重点的に教えている。コルベッタ氏は「この3要素の能力が正三角形のように揃えば,アーティスティックなゲームが作れるのではないか」と考えているという。
これら3要素の能力を伸ばすために,こちらも実践的なプログラミングやゲームデザイン教育のほか,学生同士でチームを組んで開発を行う教育も行っている。このあたりはUSCと同じく実践的な教育と言える。
コルベッタ氏は「99%のゲームはチームで開発する。たとえインディーゲームを制作するとしても人と関わることになる」と,他人と一緒にゲーム開発する重要性を説く。そのため,ニューヨーク大学もまた,他人と関わる環境をしっかり備えている。同校では多様なアイデンティティの学生が集まっており,「素晴らしい教授よりも,素晴らしい学生がいる方がいい」とコルベッタ氏は語っている。
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以上のように,アメリカのUSC,ニューヨーク大学の両校は具体的なゲーム開発を教える環境を整えていることが語られた。これからの東京藝大がゲーム専攻を立ち上げるうえで,参照されるべき内容だったと言えるだろう。
その一方で,筆者が気になったのは,USCやニューヨーク大学が「多様な背景やアイデンティティを持つ学生が集まる環境」を強調していた点である。
ゲーム産業のビジネスに沿った価値観から外れたゲームデザインを着想するためには,実際に多様な背景,多様な価値観を持つ学生と出会える環境の影響が大きい。東京藝大のゲーム専攻も,USCやニューヨーク大学のように多様な学生を集め,広い価値観に開かれた状況が必要であるように思える。
シンポジウムの締めとして,東京工科大学の三上氏は「アニメーションの分野で,例えばロシアのユーリー・ノルシュテインのアートアニメが日本のスタジオジブリなどの商業アニメにいい影響を与えたように,ゲームの分野で東京藝大のアーティスティックなゲームがゲーム産業に良い影響を与えてくれたらうれしい」とエールを送った。
これから東京藝大のゲーム専攻が,優れたゲームが生まれる土壌になりうるかは未知数だが,少なくとも多くの関係者にその可能性を期待されているのは確かである。
🧠 編集部の感想:
東京藝大のゲーム専攻開設は、アートとゲームの融合を深める新たな試みであり、その可能性に期待が高まります。これまでの教育の枠を超え、実践的なスキルや多様な価値観を養う環境が整うことで、革新性のあるゲームクリエイターが育つことを願います。イノベーションとチームワークの重要性を理解し、多様性を受け入れる姿勢が、名作誕生への鍵になるでしょう。
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