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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
最初は「ユダヤ人は、いつユダヤ人になったか」だった。タイトルの一部である「バビロニア捕囚」の部分はほぼ目に入らず,その文言が突きつけてくる“歴史の謎”に惹かれて手に取った一冊だった。
最初はワンテーマを解説するお手軽な小冊子と思った。150ページほどのシンプルな装丁で,NHK出版という版元からも,真面目だが平易な歴史解説を想像した。実際,裏表紙には,こんなセールストークが踊っていた。
甘かった。この惹句のとおりだった。
今回紹介する「世界史のリテラシー ユダヤ人は、いつユダヤ人になったのか バビロニア捕囚」は,聖書考古学,古代ユダヤ史の第一人者である長谷川修一氏が,ユダ王国の歴史から始めて,「ユダヤ人」の誕生を語り尽くした解説書である。
「世界史のリテラシー ユダヤ人は、いつユダヤ人になったのか バビロニア捕囚」
著者:長谷川修一
版元:NHK出版
発行:2023年11月10日
定価:1100円(税込)
ISBN:978-4-14-407307-6
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NHK出版「世界史のリテラシー」シリーズ特設ページ
第一章は「バビロニア捕囚」の歴史的全貌で,これが実に詳細である。
アトラスの「真・女神転生」などに触れていた筆者は,そこに登場する唯一神思想の源であるユダヤ教とその歴史に元より興味があったが,紀元前のメソポタミアからエジプト,レバントにまで展開された乱世の時代のことは,常々学び直したいと思っていた。その答えが,ここにあったのだ。
著者は自身の専門である聖書の記述を踏まえながらも,考古学的な発見とのすり合わせを行いながら、よくある先入観を丁寧に解きほぐし,謎へと迫っていく。ゲーマー諸氏においても,「Fate/Grand Order」(iOS / Android)などに登場する用語の元ネタが続々登場するので,ワクワクしながら読み進められるだろう。ページの下部の注釈も丁寧で,地図や年表を踏まえた解説は非常に理解しやすい。
このように,民族をめぐる歴史の経緯をわずか150ページほどにまとめ,歴史の疑問にすっと答えてくれるのが,この「世界史のリテラシー」シリーズなのだ。
読みやすさの理由の一つは,その構成フォーマットだろう。第一章で「事件の概要」を説明し,第二章でその「歴史的・宗教的背景」を語る。そして第三章で「同時代へのインパクト」が,第四章で「後世に与えた影響」を分析する。シリーズを貫くこのフォーマットが,“共時性”と“通事性”を切り分けて,今につながる“歴史の謎”を解き明かしていく。まさに,目から鱗が落ちる思いである。
すでに何冊も出ているシリーズだが,ジャンヌ・ダルクを扱った「少女は、なぜフランスを救えたのか」のあとがきで,著者である池上俊一氏は次のように語っている。
“共時”と“通時”だ。歴史学者にとっては自明なのだろうが,筆者のようにエンタメのために歴史を漁る者にとっては,ガツンとくる一言である。
実際,同書ではジャンヌの処刑裁判と復権裁判の記録を丹念に調べあげ,ジャンヌが活躍した英仏百年戦争末期の政治状況を明確にしたうえで,実際のジャンヌの言動,当時の人々が感じたであろうジャンヌ像,処刑後に作られていく幻想,政治利用,虚像をきちんと切り分け,分かりやすくまとめている。この冷静な切り分けが,なんとも好ましい。ジャンヌにまつわる図像や,百年戦争の理解に役立つ系図や地図といった図版も豊富である。
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同書でとくに注目すべきは,ジャンヌの時代を「女預言者の時代」と定義し,神託の“声”を聞いた農村の少女が,聖女としてフランスを救う英雄になりえた時代背景を説明していることだ。女性宗教者が持つカリスマ性,女性預言者の逆転のイメージ,羊飼いというシンボリズム,騎士道物語という基礎教養の存在が,少女を英雄へと押し上げたのだという。
ジャンヌの処刑に至る政治的・宗教的な経緯に加え,その後に発生した「偽ジャンヌ事件」や,復権裁判について詳細に追いかけているのも重要なポイントだ。“ジャンヌ”という事件をどう解釈するかが近世フランスの重要な課題となり,その後の多くのフィクションによって偶像化が進んでいった過程も興味深い。
もちろん我々の知るジャンヌ像の根っこにも,きちんと触れられていて,それがフランスの国家性や国民性,文化にどう影響をもたらしたかの考察は,同書を手に取り,ぜひその目で確かめていただきたい。
「世界史のリテラシー」シリーズはこのほかにもまだまだあり,例えば「『ロシア』は、いかにして生まれたか」では,モンゴル帝国に支配されていたルーシの独立とロシア国家の成立が描かれる。その過程は,この巨大化した地域の統治者や国民性に大きく影響を与えたに違いない。
「キングダム」愛読者の筆者にとって,「『中国』は、いかにして統一されたか」はドンピシャな一冊といえる。秦の始皇帝の歴史的評価が気になる。さらに映画「教皇選挙」を観るにあたっては,「ローマ教皇は、なぜ特別な存在なのか」が手元にあると,解像度がぐっと上がることだろう。
「アメリカは、いかに創られたか」の主題であるレキシントン・コンコードの戦いのことは,恥ずかしながらほぼ初耳だったが,ラブクラフトの著作を通して今,アメリカを見ている筆者にとしては,アメリカ独立戦争の時代は興味深いテーマの一つである。今から100年前,史跡巡りを趣味としていたラヴクラフトが見ただろう,歴史のロマンがそこにはある。教養とは,こうやってつながっていくものかもしれない。
いやはや,まだまだ読書は終わらないのだ。
![]() 「世界史のリテラシー 『ロシア』は、いかにして生まれたか タタールのくびき」(リンクはAmazonアソシエイト)
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![]() 「世界史のリテラシー 『中国』は、いかにして統一されたか 始皇帝の六国平定」(リンクはAmazonアソシエイト)
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NHK出版「世界史のリテラシー」シリーズ特設ページ
朱鷺田祐介(ライター)
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」を展開中。蜂蜜酒(ミード)について掘り下げた同人誌「MEAD-ZINE」は,BOOTHにて電子版が購入できる。
🧠 編集部の感想:
この「世界史のリテラシー」シリーズは、歴史的な問いに対する深い洞察を提供しており、特にユダヤ人の成り立ちやジャンヌ・ダルクの伝説を新しい視点で捉え直せるのが魅力です。また、歴史がどのように現代の理解に影響を与えているかを探ることで、より豊かな教養が得られるでしょう。ゲームと融合した解説が、ゲーマーにも一層の興味を引き起こすのが素晴らしいです。
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