🧠 あらすじと概要:
映画『かくかくしかじか』のあらすじ
映画『かくかくしかじか』は、自伝的エッセイ漫画を原作とし、ヒットメーカー・東村アキコの作品です。2024年5月に公開され、永野芽郁と大泉洋が出演しています。この作品は、創作の過程や人間の弱さ、葛藤をテーマに、何を「とにかくやれ」とすべきかという問いを観客に投げかけます。迷いや立ち止まりながらも、目の前の事に真摯に向き合う姿勢が重要であるというメッセージが込められています。
記事の要約
映画『かくかくしかじか』の感想文では、作品が持つテーマやメッセージに焦点が当てられています。また、公開直前の主演スキャンダルによるプロモーション活動の抑制が、ビジネス面での影響をもたらしたことも分析されています。具体的には、クリエイティブ環境の厳しさ、組織内の矛盾、そしてプロモーション不足が映画の興行成績に及ぼす影響について言及しています。興行収入の試算も紹介され、映画が商業的に成功するためのハードルの高さが強調されています。
最終的に、映画が提示する「創る」と「届ける」ことの意味を再考しながら観賞することを勧めています。この作品は決して一面的ではなく、現代の映画産業における複雑な課題を呼び起こす重要な作品とされています。
話題性という点では、ある意味申し分ない、そんな映画『かくかくしかじか』が2024年5月に公開。原作は『東京タラレバ娘』や『海月姫』などで知られるヒットメーカー・東村アキコ氏の自伝的エッセイ漫画です。
集英社
とりあえず観てきました。
永野芽郁と大泉洋が共演するこの映画は、単なる感動ものに留まらず「“創る”とはどういうことか?」という問いを投げかけてきました。
人間は弱い生き物。迷い、立ち止まり、そして悩む。
この作品では、観ている自分にとって「“とにかくやれ”の主語は何なのか?」仕事か、家庭か、、そんな問いを反芻しました。
その答えがまだ見えないなら、せめて今やっていることに集中しろ。わからないなら、わからないなりに、目の前のことに真摯に向き合え。
そのひたむきさのなかにしか、手がかりはない…そんなメッセージを受け取った気がします。
一方で、本作は公開直前に主演スキャンダルの報道を受け、プロモーション活動が抑制されるという、商業的には非常に厳しい状況に追い込まれました。このでは、この映画をひとつのきっかけとして、
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クリエイティブの本質と時代感覚
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組織における信頼と矛盾
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プロモーション不足がもたらす市場への影響
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興行ビジネスとしての構造的課題
これらを順に、振り返っていきたいと思います。
1. クリエイティブは、逆風の中で
この映画を観てまず感じたのは、創造の現場とは、泥臭く、そして矛盾や逆風に晒されることでしか鍛えられないということでした。
近年、職場や学校では「厳しい指導」が避けられる傾向にありますが、本作に描かれているのは、まさにかつての熱量です。熱血で不器用な恩師と、ぶつかり合いながらも成長していく主人公の姿は、現代の価値観では古風にも映るかもしれません。
一部のブログやレビューでは「若い世代には刺さらない」「昭和的すぎる」といった指摘もあります。とはいえ、それが例えば若い世代全体の実感かと言えば、必ずしもそうではないはずです。
コロナ禍を経て、リモートワークやSNSが中心となった若い世代の中にも、むしろリアルな場での衝突や身体感覚を伴う“本物のやり取り”に飢えているという声は少なくありません。
実際、職場での直接のやりとりや“背中を見せる指導”から得られる直感的な学びへの希求は、徐々に顕在化しています。そこには単なる世代間ギャップでは語りきれない、複雑な感受性の違いが横たわっています。
映画の中でも語られる「残り続けるものに価値がある」という考え方や、「とにかく向き合え」という姿勢は、時代遅れではなく、むしろ今だからこそ再び意味を持つのかもしれません。
情熱や葛藤の中で育まれる創造性には、時代を超えて通じる力がある。それを信じたくなるような作品でした。
2. 組織の矛盾が信頼に影を落とす
原作者は、文藝春秋の出版部門と関わる一方で、その公開直前に、同じ会社の報道部門(週刊文春)が主演女優のスキャンダルを報じるという、異例の事態に直面しました。
東村アキコ氏は、あるメディアでこう語っています。
「まるで、二重人格の人と付き合っているみたいだった。」
これは一つの企業の中に、「クリエイティブを支える部門」と「報道という独立した機能を持つ部門」が共存し、それぞれが異なる論理で動いていることを意味しています。結果として、クリエイターとの信頼関係に亀裂が生まれました。
もちろん、報道の自由は守られるべきですし、社内に異なる機能があるのは当然のことです。しかし、ひとつの作品に与える影響を考えれば、企業としてのプランニングや作家とのコミュニケーションにおいて、社内では大きな対立や議論があったのでしょう、気になるところです。
たとえ部署が異なっていても、外から見れば同じ会社の看板を背負っている。これは、医薬品業界における患者や医療従事者とわれわれの関係と似ています。
3. プロモーション不足の影響は?
映画『かくかくしかじか』の公開時、書店に原作漫画を探しに行った読者からは「目立つ場所に並んでいない」「在庫がない」といった声も聞かれました。これは、公開直前のスキャンダル報道を受けて、プロモーション活動が控えられた影響と考えられます。
実際、報道によれば予定されていたPRイベントは中止となり、テレビCMや広告展開も縮小されたとされています。
本来、映画化作品では出版社が原作本の再販を強化し、書店でも前面展開されるのが一般的とされています。学術的にも「話題性」や「メディアミックス」が映画を見る動機として大きいことが示されており、プロモーション不足は消費者の関心に直結します。
つまり今回は、別の意味で大きな話題にはなっているものの、本来得られたであろう追加的な注目機会が失われたという点でも、影響は小さくなかったと考えられます。
映画を見たあと、コミックスも買いました!
4. 映画ビジネスの「損益分岐点」は?
本作の推定「制作費+広告宣伝費」は14〜21億円と見られています。これは、全国公開かつ主演級キャストを起用した実写映画として、決しておかしな金額ではありません。
映画「かくかくしかじか」は、公開3日間で約1億6975万円、動員12万5100人を記録し、実写邦画で初登場1位を獲得しました。
しかし、制作費と広告宣伝費が推定14億~21億円、損益分岐点が40億~60億円とされる中、初週1億円台のスタートは「大コケ」の可能性を指摘されています。
韓流エンタメガイド
https://k-dra.jp.net/kakushika-reviews/
一方、映画業界の収益構造上、興行収入がそのまま製作側に入るわけではありません。一般的な分配比率は
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映画館:約50%
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配給会社:約10〜15%
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製作会社:約35〜40%
よって、仮に取り分を35%とした場合、損益分岐点は:
14〜21億円 ÷ 0.35 ≒ 40〜60億円(興行収入ベース)
という試算になります。
実際の初週興行収入は約1.7億円であり、浅沼孝氏の研究による業界平均「初動比率(約15.6%)」を基に推定すると、最終興収は11億円前後、製作取り分は3.8〜4.4億円に留まると計算できます。
この時点で、制作費・宣伝費の大部分すら回収できない場合、つまりこの作品は、プロモーション不足と事前報道の影響を受け、厳しい興行結果に直面していると一部から報じています。
参考:興収40〜60億円の壁と「歴代ヒット作」の現実
2025年5月時点の歴代興行収入ベスト100を見ると、興収70億円超でようやくランキング入りが視野に入る水準となっています(100位『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』で73.4億円)。トップ10には、『鬼滅の刃 無限列車編』(404.3億円)や『君の名は。』(251.7億円)など、いずれも強力な原作、広範なメディアミックス、積極的なプロモーションを備えた作品が並んでいます。
逆に言えば、興収40〜60億円で損益分岐点を超えたとしても、それは「大ヒット」ではなく、ようやく黒字化ラインに到達した水準にすぎません。
まとめ
『かくかくしかじか』は、一つの芸術作品としての完成度と、幸か不幸か現代の映画産業が抱える矛盾や課題がもりもりになったケースでした。
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組織内の“矛盾”がクリエイターの信頼に影を落とす
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プロモーション不足は、作品の認知・販売に直結する
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興行構造は想像以上にシビアで、数字には明確な「壁」がある
こうした視点を踏まえながら、私たちは「創るとは何か」「届けるとは何か」をもう一度問い直す必要があるのかもしれません。
とりあえず観に行くことをお勧めします。週末にぜひ。
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