企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介しています。
今回は、日本板硝子株式会社 建築ガラス事業部門 日本統括部 事業開発部 課長 兼 ガラスサイネージ事業準備室 室長の金子真吾さんにご登場いただきました。
金子さんは昨年、フィルム状のLEDビジョンを活用したガラス建築の屋外広告媒体化サービス「GLASS NODE」を立ち上げました。高品質の製品を作って売りきるという国内製造業の王道ビジネスモデルが厳しくなっていく中で、金子さんは新規事業に新たな収益の軸を求めるだけでなく、従来の事業の底上げも兼ねたトランスフォーメーションの絵を描き、国内製造業や大企業にとって理想的な新規事業づくりを進めています。
銀座松竹スクエアに大型デジタル広告ビジョンを展開
角氏: 日本の企業には、新規事業担当者が社内で褒められないという風潮があります。この連載は、その逆風の中で頑張って活躍されている方々を紹介し、みなさまを後押ししたいという趣旨でお届けしています。お人柄もうかがい、いまチャレンジされている事業との接点を探しつつ、最終的に「こういう人だからこんなビジネスができている」というところまで掘り下げたいのですが、まずは金子さんが手がけられているGLASS NODEとはどのようなサービスなのかをご説明いただけますか?

角氏
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金子氏: 仕組み自体はシンプルで、ガラス張りの建物のガラス面を利用して透明LEDビジョンを貼り付け、デジタル広告媒体化するというものです。フィルム状のLEDビジョンの透過性によりガラス面を有効活用でき、屋外に向けて窓面に浮かび上がったように見える立体的でインパクトのある映像表現ができます。サービスとしてはPoCを経て現在、東京・銀座の晴海通り沿いに立地する大型複合施設「銀座松竹スクエア(築地松竹ビル)」にて、「東銀座スクエアビジョン」を運用中です。

金子氏
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角氏: ビルの中にいる人には広告映像は見えているのですか?
金子氏: 見えていません。正確にはうっすら見えているくらいですが、ほとんど気にならないレベルですね。ガラス面がスクリーンになっていて、広告を表示していない時は透明です。クリエイティブが流れている際も、中にいる人にとってはガラスを通じて外の風景も見える明るいガラス建築のままです。
角氏: それはすごい。LEDフィルムはガラスにシールのように貼れるものなのですか?
金子氏: そうです。ぐにゃぐにゃ曲がる柔らかいシールを裏側から貼っていく形になります。
角氏: 映像を制御するケーブルなどもセットにして販売しているのですか?
金子氏: 商材としてパッケージ化はしていません。当社はガラスメーカーなので、ガラス建築の邪魔にならないように、意匠的に目立たないようにするのが第一です。設置時には、今回の銀座松竹スクエアであれば新築時の建築設計会社とも話をして、当社のガラス建築専門家が人の目に触れやすい収納ボックスなどの意匠設計をし、隈研吾さん設計のガラス建築を棄損しないように、1か所ごとにすり合わせをしながらオーダーメイドで進めていきます。
角氏: なるほど。建築そのものの価値、内部で働いている方やビル所有者が求める明るさ等を棄損しないようにしながら、広告だけをちゃんと外にアピールしていくことができる訳ですね。
金子氏: ガラス建築の持つそもそもの価値である透過性やデザイン性をまずは棄損しない、加えて内側に採光性を損なう通常のディスプレーを貼り付けるのは、ガラス専門会社として当社が提供している価値に寄り添っていないためにNGです。そこがサービスを開発するにあたり、物としての部分でこだわったところですね。
ゼネコン傘下の設備営業を経験し商品企画の道へ
角氏: そもそも、金子さんはどのような経緯で新規事業開発に?
金子氏: 新卒で関西の放送システムの会社に入社しました。学生時代オーケストラ部に所属していて、それで何か音楽が絡んだ仕事がしたいと思い、オペラハウスの音響設備を納入しているという触れ込みに惹かれてその会社を志望したんです。ところが入社したらそのような事業はほとんどなくて、任された仕事の内容は、建築付帯設備をゼネコンを通じて建築オーナーへ販売する流通営業でした。東京で働くとばかり思っていたのですが、赴任場所も大阪で。
角氏: 私も大阪の人間なので、お察しします(笑)。ちなみに就職したのは何年ですか?
金子氏: 2002年です。それで大阪で流通営業の仕事をしていく中で、商品企画の仕事がしたくなりそれをアピールしていたら、営業企画部が創設されることになり、入社7年目で機会を頂きに創設メンバーとして東京に赴任することになったんです。そこから10数年間、新商品の企画から市場への落とし込みであったり、サービスビジネスの企画立ち上げから実装までを経験したりといった仕事をしていました。そういう事を続けているうちに、自分で考えて作ったサービスを社会実装する業務を専門分野としていきたいという思いが募ってきたのですが、その折に異なる職種への異動話が出て、転職を決意しました。
角氏: 日本板硝子を選んだ理由は?
金子氏: 実は企画職を希望していたのですが、マーケティング職での採用だったんです。ただしミッションが、まだ日本に浸透していない海外商品の用途開発を主導するというもので、自由度が高そうだし、まだ誰もやっていないことを用途や事業も含めて考えられそうだからやってみようと思えて、実際面接でも了承を得られたので入社させてもらいました。技術シーズから既存事業の強みを踏まえた提供価値を構想し、商品やサービスに落とし込むということは元々やっていたことでしたし。
角氏: その一発目がGLASS NODEだったのですか?
金子氏: いえ、そこに至るまでは時間がかかっています。基本的には海外で売れている板ガラス商品の日本市場展開、用途開発だったので、当初は海外の人とも打ち合わせをしながら、日本市場の市場調査を行い、ターゲット領域を絞りつつ事業仮説を立てB2Bメーカーやセットメーカーなどに紹介していく活動をしていました。入社数年後に全社横断で新規ビジネスを構想する立ち上げプロジェクトが立ち上がったので、その中でガラス面をデジタルサイネージ化する事を提示しましたが、その時点ではアイデアレベルに留まるものでした。その後、自らの役割が会社の方針によりマーケティングから事業開発に特化する事になったタイミングでアイデアをビジネスモデルに発展させ、自らプロジェクトリーダーとして推進する事になりました。
当初私が出したアイデアの時点では、ガラス面に情報を表示するメディアとしての機能を持たせるハードを作り、従来の建築ガラス流通に落とし込んで売るというものだったのですが、かつて設備営業をしていた経験から、ゼネコンからの要求仕様に応え採用してもらうというモノ売りのビジネス立ち上げには商品開発などの時間が少なくとも2~3年はかかる上に、モノの比較競争では当社の強みであるガラス建築に関する専門性を活かした息の長いビジネス展開はのは難しいと思っていたんです。それで、前職でも少し試していた広告の考えを取り入れて、お金が回る仕組みを付け加えることでマネタイズしようと考えました。それが3年前ですね。
顧客も事業モデルも異なる、自社のアセットを生かした新規ビジネス
角氏: 言ってみれば、形になるまで3年かかったのですね。ビジネスモデルとしては、誰に対して売っていくものなのでしょうか?
金子氏: 広告主と建築オーナーですね。当社の本業のお客様はゼネコンやその発注元であるデベロッパーの開発部門ですが、こちらは建った後の運用部門の方々に「ガラスを貸してもらえませんか?」と営業し、LEDの看板を設置します。そこで場所代を払って広告業を展開し、お客様によってはレベニューシェアもするというスタイルです。オーナーは、マネタイズされていないガラス面から定額のお金を得られます。広告主については、どれ位の人に見て頂けるかという定量的な面と、立地や視認性、インパクトといった定性的な価値を評価頂き、広告枠を購入頂きます。我々としては場所を提供していただいて広告枠を作り、その後の月額なりの広告収入やハード保守料金で回収していくビジネスモデルになります。
角氏: 会社としては全く違うお客さんの開拓になっているし、事業としても全く違うものになっている。その上で、自分たちのアセットパワーを生かせている訳ですよね。
金子氏: まさにそういう事です。技術的には直接LEDフィルムを張り付けるだけなのですが、ほとんどのガラス建築ではそれが許されないんです。ガラス建築は、熱や重量を綿密に計算して使用されているので、基本的に大きなガラス面にはポスターを貼ることすら許されません。オーナーがしたくても、管理するゼネコンが止めます。ただGLASS NODEの場合は、その際に当社には資格を持ったガラスのエンジニアがいるので、「こういうガラスだったらこういうものをつけて、これくらいの熱環境や重量環境で貼れるから大丈夫」と言い切れるんですね。この点がデバイスのモノ売りを主とする事業者さんとは異なる立ち位置であり、ガラス建築に対する透明LEDフィルムの導入における一定の参入障壁になっています。つまりこの事業は、既存のガラス建築を作る、ゼネコンの下で展開している技術やノウハウのアセットを投入してやっと実現できる話なのです。
角氏: 金子さんの話をうかがっていると、簡単に営業資料のイメージが浮かぶんですよね。それで大量に枠を作っていけば、商品をそれだけ陳列できるという構造になっていると感じたのですが。
金子氏: ただ屋外で広告価値のある面は限られるんです。都内では渋谷や新宿、六本木、新橋、ほかに大阪や福岡の超一等地など、大型ビジョンが広告事業収入のみで成り立つところは少なく、その中でガラス面となるとさらに限られます。先行者利益としていかに売れるガラス面をとれるか、それが中期的な勝負だと思います。その見極めができるノウハウが当社にはないので、広告会社と組んでロケーション開発をしていく計画です。
勝ち筋から営業展開までロジカルに整理された新規事業
角氏: ご自身の中で、枠が売れていけば確実に儲かるという事業計画的な部分はしっかりと描けているのですか?
金子氏: もちろんです。東銀座に設置するためにもそれなりの金額がかかっていますので。当社もスタートアップと同様に新規事業をステージゲート制で進めていますが、投資判断のために事業計画はしっかりと提示しています。
角氏: 東銀座でのPoC時には、有償で広告を集めたのですか?
金子氏: 無償でやりました。ただそこで参加してくれた1社が、ファーストクライアントとして有償で広告を継続してくれています。昨年11月末から本格的に営業を始めてから、現在法人のCMが右肩上がりで入ってきていて、これまで約10社に出稿していただいています。
角氏: 個人的には、電車のガラスで使うと効率が良さそうに思えたのですが。スケールもしやすいですし。
金子氏: 電車のガラス面や歩行者通路の手すりガラスですよね。そういったところは目線としてすぐ近くにあるのですが、小さいガラス面はタクシー広告のようにインプレッション視認数売りになってしまって、ビジョンがプレミアにならないんです。それに鉄道会社は安全規格や規制も厳しいですし、系列に広告会社が組み込まれていて広告モデルとしては参入が難しいという問題もあります。アプローチの優位性、ガラス建築企業の優位性を考えた上で、戦略的な判断になっている訳です。
角氏: なるほど。自社の強みに加えて、ステークホルダーがどこにいるのかも踏まえた上で、全てのアセットをうまく使っていこうとしたら、最初のターゲットは建物の大型ガラス面なのだという話なんですね。いや、ここまでロジカルに整理された新規事業は見たことがありません。しっかりと考えてそこに進んでいくという選択をされていて、理屈を営業資料に落とし込むこともできる。実際に、それによって成果も出ているのも素晴らしい。まさに大企業の新規事業のお手本です。
物売り一辺倒からの脱却が本業にも大きな貢献をもたらす
角氏: あともうひとつ、社内に対する新規事業の進め方の妙もあると思うんですよ。実績がある製造業では、みんな物売りに行きたがる。つまり製品開発で先行投資が発生したなか、売り切ってお金を手元に置くことで安心感を得たくなるんです。そこで新規事業だと言って一足飛びにサブスクやリカーリングモデルを推し進めても、評価軸が異なるため目の前の数字ばかり言われてしまい、ほとんどの事業が失敗する。その中で恐らくですが金子さんは、前職での経験から物売りに行くと危ういと思いつつも、物売りをやらないとも、広告事業だけでやりたいとも言っていない。両方を視野に入れていてうまくバランスを取りながら進めている。
金子氏: 事業への投資を判断される審査会では、広告でマネタイズするのは既存の建築に対してであって、新築にもガラスサイネージ設備ソリューションという物売りの形で、メンテナンスも含めたサービスとして入れていくと説明し賛同を得ています。両軸で進めていくことで相乗効果が生まれ、ガラスの販売にもつながっていくという長期的なストーリーです。既存の建築にはGLASS NODEを入れて広告などでマネタイズしていき、それがいずれ建て替えや新築向けガラス販売の方にも広がっていくという、ガラスのライフタイムサイクル全体を見据えたビジネスなんです。
角氏: この事業を確実に成功させるためには、一等地を押さえていくための営業が必要ですが、新たなアプローチで営業をすることで今までは下請けの関係だったデベロッパーやエンドの顧客と直接取引ができるようになり、その関係性が本業にも生かせますよね。ピラミッド構造の下だと情報が来るのも最後で、しかも下から上には行けませんが、上とダイレクトにつながると情報がすぐに来るし、自社からも話に行ける。会社として、今まで直接話せなかった企業と対等の関係になれる千載一遇の機会です。
金子氏: 今回物売りをやらない一番のポイントはそこです。実際にこの事業を進める中で関係しているある会社からは、「今までガラスの指定をしたことは無かったが、次のビルを作る際は御社に」というお話もいただいています。
角氏: この新規事業は、仮に売上ゼロでもやる価値はすごくあるんですよ。本当に隙が無いスキームになっていて、お話に終始圧倒されました。本日はありがとうございました。
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
企業変革をトータルに支援する株式会社フィラメントの創業者・CEO。 新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。 経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設”ARCH”などのメンターを歴任。LINEヤフーでは講師として生成AIやマインド開発など多数の講義・ワークショップを担当。 朝日インタラクティブ傘下のCNET Japanでの「事業開発の達人たち」「生成AI実験場」などメディア連載多数。テレビ東京の経済番組「ニッポン!こんな未来があるなんて~巨大企業の変革プロジェクト」レギュラーコメンテーター。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、さまざまな省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。1972年生まれ。関西学院大学文学部卒。島根県出雲市出身。