日本の PostgreSQL コミュニティが今月、大きな盛り上がりを見せています。その理由は、データ・AI 業界の二大巨頭である Snowflake と Databricks が、立て続けに PostgreSQL のマネージドサービスプロバイダの新興企業を買収し、両社が PostgreSQL のマネージドサービス提供を開始すると発表したためです。この動きは、 PostgreSQL がこれまで以上に最も重要なデータベースの一つとしての地位を確立し、PostgreSQL ユーザーのスキルが活かせる場が大きく広がっていることを示唆しています。
なぜ、この買収劇が立て続けに起きたのでしょうか。考えられる主な理由は以下の 3 点です。
まず、Snowflake や Databricks のようなアナリティクスプラットフォームにおいても、OLTP(オンライントランザクション処理)データベースの需要が顕在化している ことが挙げられます。近年、インタラクティブなデータアプリケーションやAIアプリケーションの開発が加速しており、両企業もこれらのアプリケーションをデプロイするための仕組みを提供しています。このようなアプリケーションでは、リアルタイムなユーザー操作や状態管理といったユースケースにおいて、OLTP データベースが不可欠となります。これまでのアナリティクスプラットフォームが主に分析に特化していたのに対し、より広範なデータ活用シーン、特に運用系のワークロードを取り込む必要性が出てきたと言えるでしょう。
2 つ目の理由は、HTAP(ハイブリッドトランザクション/分析処理)および Zero ETL(Extract, Transform, Load)の現実的かつ簡易的な実現方法として PostgreSQL が見直されている ことです。
Snowflake が買収した Crunchy Data、そして Databricks が買収した Neon は、共にオブジェクトストレージ上の Iceberg テーブルとデータを同期する機構を持っています。これは、PostgreSQL 上でトランザクション処理を実行した場合でも、データが自動的に Iceberg テーブルに同期されることを意味します。これにより、ETL プロセスを介さずに Databricks や Snowflake で即座に分析が可能になり、さらにその分析結果を運用側にフィードバックすることも容易になります。
この仕組みは、OLTP システムと OLAP(オンライン分析処理)システムを非常に高い生産性で同時並行的に進化させることを可能にします。特にNeon は元々「PostgreSQLのサーバレス化」を強みとしており、最新のクラウドネイティブなアプリケーション開発において、より柔軟なデータ管理を可能にするソリューションを提供していました。
3 つ目の理由は、Snowflake と Databricks が活躍するデータや AI の領域の価値をより深化させるためには、単にダッシュボードやデータを提供するだけでなく、データや AI をオペレーション領域と密接に統合する必要があるという推測です。そのためには必然的に OLTP データベース、そしてそこに接続するエンタープライズ企業のワークロードを取り込む必要がありました。
特にSnowflake は、その意思を強く示しているように見えます。Snowflake が買収した Crunchy Data は、サーバレスである Neon とは異なり、VM やコンテナに PostgreSQL をインストールした状態をマネージドサービスとして提供するアーキテクチャであり、課金モデルもインスタンスごとの課金です。一部の PostgreSQL コミュニティ有識者によると、Crunchy Data のアーキテクチャと課金モデルは、オンプレミスで 24 時間 365 日稼働する PostgreSQL の性能と予測可能性の高い課金モデルをクラウドに移行させやすいことを前提としたものである、という意見もあります。これは、Snowflake が既存のエンタープライズ顧客が持つ大規模な PostgreSQL ワークロードを、自社のプラットフォームへスムーズに取り込むことを重視している戦略の表れと言えるでしょう。
一方で Databricks が買収した Neon は、よりモダンなクラウドネイティブなアプリケーション開発やサーバレスの柔軟性に焦点を当てており、新しいワークロードの取り込みを意識していると推測できます。Databricks の CEO は、キーノートのなかで Neon に数年前から出資しており、共同開発をしていた旨を説明していたので、この Neon の方向性は Databricks 側の意思も反映されているとみて良いでしょう。
両社は同じ動きを見せたようでいて、実は全く異なる戦略を取っており、それが買収先の企業のアーキテクチャと価格モデルに大きく反映されているように見えました。
時を同じくしてデータと AI の業界を牽引する二大プラットフォーム企業である Snowflake と Databricks が、ほぼ同時に PostgreSQL クラウドサービス企業を買収し、PostgreSQL のサービスを展開すると発表しました。両者とも、アナリティクスプラットフォームにおける OLTP 需要の取り込み、HTAP および Zero ETL の実現という点で共通の狙いを持っています。しかし、Snowflake が既存エンタープライズのオンプレミスワークロードの移行を重視しているのに対し、Databricks(Neon) はよりクラウドネイティブな新規アプリケーション開発のニーズに応えようとしているという、戦略上の違いがアーキテクチャや課金モデルにも現れている点が興味深いポイントです。
この PostgreSQL 獲得の動きは、データ業界に大きな影響を与えることは間違いありません。今後の業界の発展に大いに期待したいと思います。
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