新しい核分裂の世界が広がろうとしています。
日本の近畿大学(近畿大)で行われた研究によって、人類が比較的安定的に扱える最も重い99番元素アインスタイニウム(Es)にヘリウムを浴びせて101番元素メンデレビウム(Md)を作成し、その核分裂の挙動を調べたところ……予想外の新しい核分裂を行っていたことが示されました。
かつては観測データなどから、「質量数257を超える原子核ほど真っ二つ(対称的)に割れやすくなる」というパターンが知られていましたが、今回の観測では、むしろ大きさの違う破片(非対称核分裂)が増える傾向が見られたのです。
これは、原子核に隠された仕組みや“257の壁”と呼ばれてきた境界が、実は単純ではないことを示唆しています。
そしてこの変化こそが、まだ誰も見ぬ超重元素の存在限界や、星のなかで鉄より重い元素がどう生み出されるか――いわゆる「宇宙での元素誕生」の謎を解く、重要な手掛かりになりそうです。
研究内容の詳細は2025年04月21日に『Physical Review C』にて発表されました。
目次
- 超重元素研究の常識を打ち破る
- 「人類が利用できる最も重い元素」が開いた未知の割れ目
- 宇宙の元素工場に潜む逆転スイッチ
超重元素研究の常識を打ち破る
核分裂の現象が初めて明確に示されたのは1930年代末のことです。
ドイツのオットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマン、そしてリーゼ・マイトナーとオットー・フリッシュらの功績によって、「ウランの原子核に中性子照射を行うと、核が二つに割れてバリウムなどの元素を生じる」という衝撃的な発見が世に知られるようになりました。
そこから核分裂は一気に研究の中心に躍り出ます。
第二次世界大戦中に核エネルギー開発をめぐる国際競争が激化したことはもちろんですが、戦後は基礎科学の領域でも「原子核の内部構造はいったいどうなっているのか」「もっと重い元素でも同じように分裂するのか」など、さまざまな興味が広がっていきました。
核分裂には大きく分けて、破片がほぼ同じ大きさになる「対称核分裂」と、片方が大きくもう片方が小さい「非対称核分裂」があるとされています。
ウランやプルトニウムなどでは、主に非対称に割れることが多いのが知られた特徴です。
その一因として、“殻構造”と呼ばれる原子核内部の微妙なエネルギー配置が関係していると考えられます。
これは、ちょうど電子が特定の軌道に配置されるように、陽子や中性子にも安定しやすい“魔法数”のような組み合わせが存在する、というイメージです。
ところが、質量数が257を超えるさらに重い原子核を調べてみると、真っ二つな対称核分裂の割合が急増する現象がある程度確立された観測として示唆されてきました。
つまり、これより重い(あるいは中性子が多い)原子核では、一度に二つのほぼ同じ質量の破片に分かれやすい可能性が高いのです。
これは、“より重い核になると殻構造の影響が弱まり、液滴のような均一な塊として割れやすくなる”という見方を後押しするものでしたが、実際にはデータが非常に限られており、その理由や条件については謎が多く残されていました。
ここで大きな役割を果たすのが、99番元素アインスタイニウム(Es)です。
アインスタイニウムは1952年に南太平洋で行われた水素爆弾実験の残骸から初めて発見された“核実験生まれ”の元素です。現在でも年間に合計ミリグラム程度しか合成できず、主に米国オークリッジ国立研究所の高フラックス炉でナノグラム単位の試料が確保されるだけという超希少種です。Esはα線とγ線を絶えず放ち、自ら発熱して結晶格子を数週間で壊してしまうほどの放射線パワーを持ちます。アインスタイニウム熱中性子捕獲断面積は約3800 barnとウランを大きく上回り、炉内ではすぐより重いメンデレビウムへ育つため「超重元素製造の踏み石」にもなります。また重要な点としてアインスタイニウム-254は、半減期が275日と超重元素としては比較的長く、実験室で本格的な化学が行える“最後の元素”として研究者を魅了し続けています。
アインスタイニウムは核実験や高性能原子炉の中でごく少量だけ生成されるもので、「人類が何とか扱える限界に近いほど重い元素」と言われています。
そのアインスタイニウムにヘリウム粒子を衝突させると、101番元素メンデレビウム(Md)が合成できますが、このような重い元素は半減期が短く放射能も強いため、研究用のサンプルを準備するだけでも非常に困難です。
しかし、こうした極限状況を調べる意義はとても大きいです。
核分裂の仕組みがどう変化するかを正確に突き止めれば、「超重元素はどこまで存在しうるのか」「星のなかでどうやって金やウランのような重い元素がつくられるのか」という壮大な疑問に迫る手がかりになるからです。
実際、天体内の核反応では巨大なエネルギーと膨大な中性子の供給があり、高原子番号や中性子過剰の核種が生成されやすいと考えられています。
そこでの核分裂パターンがわかれば、なぜ宇宙にはこんなにも重い元素が存在するのか、あるいは周期表の先へどこまで新元素が続くのか、さらに明らかになるかもしれません。
そこで今回研究者たちは、最重量級のアインスタイニウム(254Es)を標的にヘリウム粒子を高速で衝突させ、メンデレビウム(258Md)を合成して核分裂の詳細を初めて大規模に測定するという大胆なアプローチを取りました。
こうして質量257の境界を超えた未知の核分裂領域に迫ることで、“常識を覆す”現象が次々に見えてきたのです。
「人類が利用できる最も重い元素」が開いた未知の割れ目

アインスタイニウム(Einsteinium, 元素番号99)は、現代物理学の巨匠アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)にちなんで名づけられた超ウラン元素の一つです。
初めて見つかったのは1952年に行われた大規模な水素爆弾実験の残留物からで、地球上に自然にはほとんど存在しません。
実験や高出力の原子炉などでわずかに合成されるだけなので、私たちが扱える数量は極めて限られています。
それでも今回の研究で用いられた「254番アインスタイニウム(254Es)」は、比較的長い半減期(約275.7日)を持ち、超重元素の中ではまだ“取り扱いが可能”な最後の砦といわれます。
アインスタイニウムが「人類が利用できる最も重い元素」ってどういう意味?
プレスリリースや国内外の共同研究グループではアインスタイニウムは「人類が利用できる最も重い元素」と紹介されています。アインスタイニウム溶液化・錯形成・分光測定といった“ふつうの化学操作”がギリギリ成立することがその根拠です。なおアインスタイニウム-252の半減期は471.7 日でアインスタイニウム-254の半減期 は275.7 日となっています。
ただ厳密にはより重い元素に対して行われる実験もあります。しかしその場合、原子1個レベルの実験だったり、ビーム状にするなど物理測定だけが可能な実験がメインとなり、半減期も多くが日単位から秒単位以下になってしまいます。このように、アインスタイニウムの“次”の世界は、「原子 1 個を秒速で追いかける科学」へと舞台を移し、周期表の最先端を切り拓いているのです。
この長めの半減期のおかげで、国際的な協力のもと微量を合成し、実験に使うことができました。
本研究チームはその254Esのわずか10ナノグラム(1グラムの1億分の1程度)という試料を、タンデム加速器と呼ばれる装置を使い、高エネルギーのヘリウム粒子(α粒子)と衝突させる手法をとりました。
放射能が強く取り扱いが難しいことを考慮しつつも、実験に耐えうる最小限の分量を用意できたのです。
ヘリウム粒子が254Esに衝突すると、いくつかの核反応を経て101番元素メンデレビウム(258Md)が生成されます。
そのメンデレビウム核(励起状態を「258Md*」と呼ぶ)が核分裂を起こす様子を詳しく測定することが、今回の研究の大きなポイントでした。
具体的には、メンデレビウムが割れて生じる「二つの核分裂片」を検出器で捉え、それぞれの速度と運動エネルギーを正確に測定します。
そうすることで、分裂片の質量(重さの比率)が対称的か非対称的かを見極めるのです。
さらにチームは、ヘリウム粒子を照射するエネルギーを微調整し、メンデレビウム核が持つ励起エネルギーを変化させました。
たとえばエネルギーをやや低め(15MeV付近)に設定した場合と、やや高め(18MeV付近)に設定した場合とで、どの程度対称あるいは非対称の分裂が増えるかを比較したのです。
これまでのウランやプルトニウムなどの誘導核分裂では、エネルギーを上げるほど対称核分裂が増えるというのが主な傾向でした。
ところが今回の実験では、エネルギーが高いほどむしろ“大きさの違う二つの破片”をつくる非対称核分裂が増加するというデータが得られました。
質量257を超えたあたりから核分裂のあり方が一転し、従来の知見と異なる振る舞いが観測されたわけです。
研究チームは併せて、原子力機構が開発した動力学シミュレーションを使い、実験とほぼ同条件でメンデレビウム核の分裂過程を再現しました。
すると、非対称核分裂が増える傾向が計算上でも確認され、メンデレビウムのような“重く中性子が多い”核では、これまで当たり前と考えられていた分裂様式が必ずしも支配的ではないことが浮かび上がりました。
このように希少なアインスタイニウムから出発し、タンデム加速器と先端的な測定・理論モデルを組み合わせたことで、私たちは「257の壁」を超えた領域における核分裂の複雑さを初めて本格的に捉えることができました。
今回の結果は、「まだ見ぬ超重元素の先」や「星のなかで鉄より重い元素がどのように合成されているのか」という壮大な問いに対して、新たなアプローチで迫る手がかりを示しているといえます。
宇宙の元素工場に潜む逆転スイッチ

今回の結果からは、これまで「重い原子核ほど対称的に割れやすい」と考えられていた通説だけでは説明しきれない、多層的なメカニズムが浮かび上がってきます。
重い原子核の核分裂は、“液滴モデル”による二等分のイメージがしばしば強調されてきましたが、実際には内部の“殻構造”が特定の核分裂片(たとえば132番のスズ核や144番のバリウム核)を生み出す方向へ働きかける場合があります。
これにより、どのエネルギー帯でどの分裂モードが優勢になるかが変化し、原子核の振る舞いは一様ではないのです。
ウランやプルトニウムでは、エネルギーを加えると殻構造の影響が弱まり、対称核分裂が相対的に増える例が多く知られてきました。
しかし、メンデレビウム(258Md)の場合は、励起エネルギーを上げるとむしろ非対称核分裂が増加するという“逆転現象”が顕著に観測されました。
これは、「質量257を超えると急に対称核分裂が主流になる」という従来の見方を再考する必要があることを示唆しています。
厳密には、“あるエネルギー域では対称モードが有利、別のエネルギー域では非対称モードが優位”といった複数の分裂経路が入り乱れていると考えられます。
つまり、“257の壁”が単純な境界線というより、条件によって姿を変える複雑な地形図のように存在しているのです。
さらに、この複雑な核分裂のあり方は、私たちの宇宙観にも深く関係しているといえます。
星の内部や中性子星合体のような高密度領域では、膨大な中性子が原子核に取り込まれ、今回扱ったメンデレビウムのような重い核が生成される可能性があります。
もしそれらの核がどう分裂しやすいかを正確に把握できれば、宇宙空間で「どんな元素が、どの程度まで合成されるのか」をより精密に予測できるようになるはずです。
今回の実験で示された“非対称分裂が増える”という新たな道筋は、そのまま星の中で起こる核反応に影響するかもしれません。
今後は、さらに重い元素やメンデレビウムでも中性子数が異なる同位体などを幅広く調べることで、この逆転現象がどんな条件で起こるのかを探求していくことになります。
より先端的な加速器や高精度の測定技術、さらには多次元的に核変形を扱うスーパーコンピュータの活用によって、未踏領域の核分裂メカニズムがいっそうクリアになるでしょう。
そうした知見が重なれば、「超重元素は本当にどこまで作れるのか」「なぜ私たちの宇宙には多種多様な元素が存在するのか」という問いに、より具体的な答えを与えられるかもしれません。
元論文
Competition between mass-symmetric and asymmetric fission modes in 258Md produced in the 4He+254Es reaction
https://doi.org/10.1103/PhysRevC.111.044609
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
🧠 編集部の感想:
新たな核分裂の発見は、超重元素の性質に対する理解を根本から覆す可能性があると感じます。特に、質量数257の壁が単純な境界ではなく、複雑なメカニズムを持つことを示唆している点が興味深いです。この研究は、宇宙の元素誕生の謎解きに一歩近づく重要な手掛かりとなるでしょう。
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