海に出たサケは数年後に生まれた川に戻り、川の流れをさかのぼって産卵します。
その姿は自然界の力強さと生命の神秘を感じさせてくれます。
しかし、文明はその偉大な旅路に思わぬ障害を生みました。
巨大なダムや堰がサケたちの遡上を妨げ、生態系に深刻な影響を与えているのです。
そんな問題に立ち向かうべく、アメリカのWhooshh Innovations社が開発したのが、通称「鮭大砲(サーモンキャノン)」です。
これは、サケを安全かつ迅速にダムの上流へ“ぶっ飛ばす”装置として注目されています。
目次
- 生まれ故郷に帰る「サケの遡上」とそれを阻む巨大ダム
- チューブを使ってサケを上流へ運ぶ「鮭大砲」の仕組み
生まれ故郷に帰る「サケの遡上」とそれを阻む巨大ダム
サケの一生は驚くべき旅の連続です。
淡水の川で卵から孵化した稚魚は、やがて川を下り海へと向かい、2~5年かけて何千キロもの距離を回遊します。
そして成魚になると、自らが生まれた川を驚異の帰巣本能で正確に目指し、流れの急な川や滝をもさかのぼります。
この命がけの旅路が「サケの遡上(そじょう)」です。
サケの遡上の理由は、自らが生まれた川で産卵するためです。
群れを成して激流を何度も飛び跳ねて越える様子は、サケの力強さを表しており、見る人に感動を与えます。
日本では北海道や東北地方の河川において、秋から冬にかけてサケの遡上が観察されています。
しかしそんなサケたちの帰巣本能を阻む事態が生じてきました。
20世紀以降、人類は河川に大量のダムを建設しました。
アメリカのコロンビア川流域では50mを超えるダムも存在し、サケたちの旅路を完全に遮断しています。
これらがサケの個体数の激減や生態系の崩壊を引き起こす大きな要因となってきました。

そんな中、アメリカのシアトルに拠点を持つWhooshh Innovations社が提案したのが「Whooshh Fish Transport System」と呼ばれる装置です。
メディアなどでは、「鮭大砲(Salmon cannon)」という名で話題を呼んでいます。
名前だけを見るとかなり物騒ですが、一体どんな装置なのでしょうか?
チューブを使ってサケを上流へ運ぶ「鮭大砲」の仕組み
「鮭大砲」という物騒な呼び名の装置は、サケなどの「遡上する魚」を上流へ安全に運ぶことを目的にしています。
ダムなどで故郷の川に帰れないサケたちを、「鮭大砲」を使って上流へと”ぶっ飛ばす”わけです。
とはいえ、実際に大砲を使うわけでも、空中に放り投げるわけでもありません。

鮭大砲は、直径約30~35cmの柔らかいシリコン製チューブと、低圧の空気流による搬送システムで構成されています。
ダムなどで遮断された下流と上流を繋ぐバイパスとして機能するわけです。
この装置にサケが入ると、空気と少量の水によってチューブ内を秒速5~10mのスピードで滑らかに運ばれ、通常は数十秒で上流に到達します。
チューブの内部の空気圧は低いため、サケを優しく運ぶことができます。
また内部のミスト噴射が潤滑油のような役割を果たし、魚体へのダメージを最小限に抑えています。
従来のシステムでは、人間の手で魚をチューブに入れる必要があり、時間と労力がかかるだけでなく、魚にもストレスを与えていました。
しかし、改良された「鮭大砲」では、下流に設置された入口から水が絶えず流れ出るようになっています。
この流れが遡上しようとする魚の本能をくすぐり、自然に入口へと引き寄せます。
人間が魚をチューブに入れる必要はなく、魚たちが自らチューブへと入っていくのです。

そして最新モデルでは、AIと画像解析技術が搭載され、魚種や健康状態を自動で判別することが可能になっています。
これにより外来種や病魚は除外され、在来種や目的種だけを選択して搬送。
この機能は、生態系の保護に大きく貢献しています。
アメリカでは、すでに「鮭大砲」が活用されており、サケたちは巨大なダムや土砂崩れを越えて、故郷の川に帰ることができています。
サケを上流へ”ぶっ飛ばす”鮭大砲は、ダムが必要な人間と、遡上したいサケたちが手を取り合うための画期的なシステムなのです。
参考文献
“Salmon cannon” successor continues to give fish tube-rides over dams
https://newatlas.com/environment/whooshh-passageportal-2025-update/
Whooshh Innovations
https://www.whooshh.com/
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
🧠 編集部の感想:
この「鮭大砲」は、自然の営みを守るための画期的なアイデアですね。サケが自らの生まれ故郷に戻る手助けをすることで、生態系のバランスも保たれるのが嬉しいです。未来の技術と自然が共存する姿に、希望を感じます。
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