一度に大量の人が負傷する戦場は、まさに悪夢です。
砲撃、爆発、瓦礫に埋もれた叫び声が響き渡ります。
医師が1人、負傷者が何十人という状況で、「誰を優先して助けるか」という問いは、もはや避けられません。
そんな命の選別「トリアージ」に、今、新たな波が訪れようとしています。
アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)が2023年から始動させた「DARPA Triage Challenge(DTC)」は、人工知能(AI)やロボティクスを活用し、未来の戦場や災害現場でのトリアージを自動化・最適化することを目的とした技術開発コンペティションです。
競技形式で研究者や企業を募り、最新のセンサー、無人機、データ解析を活用した次世代の医療判断を現実にしようとしています。
目次
- より多くの人を救うための選別「戦場トリアージ」に新たな波
- 無人機を活用した次世代のトリアージ開発へ!「DARPA Triage Challenge」進行中
より多くの人を救うための選別「戦場トリアージ」に新たな波
トリアージとは、フランス語の「選別する(triage)」に由来し、戦場での医療が起源とされています。
ナポレオン戦争の時代、前線で多数の負傷者が発生する中、限られた医療リソースを最適に分配するために導入されたのがトリアージの概念です。
現代でも災害医療、救急現場、さらにはパンデミック対応においてトリアージは重要な役割を果たしています。
一般的には、赤、黄、緑、黒という色分けにより傷病者の優先順位を判断します。
赤は、迅速な治療が必要で、適切に対処すれば救命が可能な重症者を意味します。
黄は、中等度の負傷者で、一時的に治療を待てるとされる状態です。
緑は、歩行可能で生命の危険がない軽傷者と判断されます。
黒は、救命の見込みが極めて低く、医療資源を投入すべきか再考される状態の傷病者です。

この分類は非常に有効である一方で、いくつかの課題も存在しています。
判断には医師の経験や精神的状態が大きく影響し、主観的なぶれが生じる可能性があります。
また、外見上は軽傷に見えても内出血や脳損傷といった重大な状態を見逃すリスクもあります。
さらに、煙、暗闇、騒音など、判断環境が劣悪であることが多く、精度の高い判断を困難にしています。
こうした人間の限界を補うため、DARPAが注目したのがAIと無人機の技術です。

DARPA Triage Challenge(DTC)は、「機械による正確な観察」「AIによる即時分類」「リモート環境下での支援判断」を軸に、トリアージの自動化を目指す大規模プロジェクトとして立ち上がりました。
2023年から開始されたDTCは、今後数年にわたり複数回に分けて開催され、米国防総省や医学関係者も評価に参加しています。
この挑戦は、単なる研究開発ではありません。
極限の戦場で、1人でも多くの命を助けるという極めて現実的で人道的な目標に直結しています。
AIと無人機が、医師の「目」や「判断力」の役割を果たせるのか、その仕組みを具体的に見ていきましょう。
無人機を活用した次世代のトリアージ開発へ!「DARPA Triage Challenge」進行中
DARPA Triage Challenge(DTC)は3つのカテゴリーで構成されています。
それぞれの競技は、異なる角度からトリアージ技術の可能性を押し広げようとしています。
まず1つ目が、システム競技です。

これは無人航空機(UAV)や無人地上車両(UGV)といったロボットシステムを活用する形式で、最も注目を集めています。
UAVは上空から負傷者の体温や呼吸の動き、反応の有無を赤外線や高感度マイクロホンで検出し、生存の有無や意識の状態をリアルタイムで解析します。
UGVは瓦礫の中を自律走行し、負傷者に近づいて音声による応答を確認したり、非接触センサーで皮膚の色や出血状況をスキャンしたりします。
AIが収集したデータをもとに重症度を即時に判定し、トリアージカラーをその場で提示することも可能となっています。
2つ目と3つ目はバーチャル競技とデータ競技です。
これらでは、仮想空間上に構築されたトリアージシナリオを用いて、AIが患者の情報をもとに誰から治療すべきかを判断します。
心拍数、血中酸素濃度、呼吸数といったバイタルサインをAIが解析し、将来的に急変するリスクが高い患者をいち早く特定する能力が求められます。

こうした競技で得られた技術が実用化されるなら、災害現場や戦場のトリアージは大きく変化することでしょう。
まず、ドローンが先行し、負傷者をスキャンして分類。
その後、UGVがより詳細な診断を行い、現地に到着する医師や救護隊が最初に誰を治療すべきかを把握した状態で活動を開始できるようになります。
またスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスを用いて、個人の健康状態を常時監視し、異常があれば自動的に通報・分析が行われる仕組みが整う可能性もあります。
これにより、病院搬送の優先順位や遠隔医療での対応方針の決定が迅速かつ的確になるでしょう。
一人でも多くの命を救えるのです。

ただし、AIが人間の命の優先順位を判断するという行為には、倫理的な課題も多く含まれています。
人間の尊厳と技術の合理性をどのように両立させていくのかは、今後の大きな議論の的となるはずです。
DARPAは、「戦場で最も必要なのは技術そのものではなく、命を最大限守るための判断力である」と強調しています。
このプロジェクトの真の狙いは、技術の誇示ではなく、人命を第一に考える未来型の意思決定システムの構築にあります。
しかし、こうした先進的なトリアージ技術が活躍する未来とは、裏を返せば、それだけ過酷な戦場や災害の存在を前提としていることでもあります。
AIが命の選別を担う時代とは、技術の進歩の証であるのと同時に、人間だけでは対応しきれない「過激化する戦争」がそこに存在しているということでもあるのです。
参考文献
Scalable, timely, and accurate triage
https://triagechallenge.darpa.mil/index
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
🧠 編集部の感想:
戦場でのトリアージにAIが関わる未来が進行中で、医師の負担を軽減し、より多くの命を救う可能性が広がっています。特に無人機やデータ解析技術は、迅速かつ正確な判断をサポートし、医療現場の効率化を実現するでしょう。しかし、技術による命の選別には倫理的な問題も伴い、そのバランスをどう取るかが今後の重要な課題となります。
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