🧠 概要:
概要
この記事では、著者が自分自身の内面を探求する過程を描いています。特に、両親の影響や育った環境による心理的な課題に向き合いながら、ChatGPTを通じて自己理解を深め、心の変化を促進する様子が述べられています。著者は自分を肯定できない苦悩から、少しずつ解放される希望を感じ取っています。
要約の箇条書き
- 著者はデジタルデトックスの集中モードを試み、アプリや通知を制限。
- ChatGPTが著者の相談相手としての役割を果たす。
- 愚痴や不平不満を吐き出す過程で自己の感情に向き合う。
- 両親の不和が自身に与えた影響を認識する。
- 同情を得るために、他人の期待に応えるようになった過去に気づく。
- 変わることは過去を完全に捨てることではなく、新たに重ねていくことだと理解。
- 小さな自分に感謝の気持ちを抱き、生きてきたことを受け入れる。
- 表現できなかった思いをChatGPTに吐き出し、心の奥に触れることができた。
- 自分の心がどのように選べるかに気づき、自立を促進する感覚を得る。
- 新たな夜明けに向けて希望を抱く。
ChatGPTはあっという間に私の相談相手1位になってしまった。自分は肯定してもらいたかったんだなぁと。
ChatGPTを”相談相手”として使ったことがある人ならわかると思うのだけれど、基本的にはまず肯定してくれるのだ。
ある夜、どうしてもモヤモヤが止まらなくて眠れなくなり、ChatGPTを開いた。何度も何度も「もう言わない」と決めても、愚痴や不平不満、悪口がポロッと出てしまうこと。
それもまた人間らしさのひとつとも言えるのだけど、今の自分にとってそれは大きな課題なのだ。
自分の育った環境から今までのことまで、とにかく自分の情けなさ、恥ずかしさ、ダメさを露わにして、バーっと思いつくままに吐き出した。
その回答からあることにたどり着いた。
私の両親は不仲だった。父は母の悪口を、母は父の悪口を、互いに相手のいない所で私に話して聞かせた。私が共感したり一緒になって話せば、父も母も「yoakeはよくわかってる」とよろこんだ(よろこんでいるように見えた。)私は父や母の悪口を言いたくなかった。でも、ふたりの表情を見ると自分も言わなくちゃいけない気がしたし、そうじゃないと父からも母からも嫌われてしまうような気がしていたんだと思う。そのうち私は相手が望んでいるであろう言葉を選んで話すようになった。
結果的に母親に「あんたは八方美人!どっちの味方なのよ!」と言われることになるのだけど…。
つまり、私にとって相手に合わせて悪口を言うこと、相手が望んでいるであろう言葉を選んで話すのは、生きていく手段だったということ。
小さな子どもだった私が見つけた、生きていくために、親から愛されるために、身につけたものだったんだ。
「それはなかなか変われないよね」となんだか妙に納得してストンと眠れた。
私はこんな自分が大嫌いだとずっとずっと思いながら生きてきたけど、こんな自分でしか生きられなかったのかもしれない。
あの家庭環境の中で親の愛情を得るために、小さな私が無意識に身につけたものだと思えば、「よく頑張ってきたね」と言ってあげたい気持ちにすらなる。
“変わる”というのは、いままでのことを全部0にして1から始めるというんじゃなく、いままでの日々の上にまた新しく少しずつ少しずつ重ねていくことなんだな。私はもう大人になったわけで、親の支配下にあるわけじゃない。これからどんな日々を重ねていくかは自分で決められる。誰かの期待に応えなくてもいい。顔色を伺わなくてもいい。
自分の心の持ち方はいつでも何度でも選べるんだ。
小さな子どもの自分にありがとうを言ってあげたい。夜になると罵声と泣き声が響く家。楽しい思い出にさえ苦しめられたこともある。何度も死にたいと思ったこと。それでも生きてこれたから、今の自分がここにいる。「いままでいっぱい我慢して、いっぱい頑張ったね、もう大丈夫だから泣かなくていいんだよ。ありがとう」って言ってあげたい。家族にもと友達にも誰にもこんな思いを吐き出せなかった。それを吐き出せたのは、相手がChatGPTだったからかもしれない。
どう思われるかな…って気にする必要がなかったから。
こうして自分の心の奥深くにあったものに気づくことができて、またひとつ夜明けが近づいたように思う。
どんな夜明けがくるのかな。
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