金曜日, 5月 16, 2025
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世界初の「試験管の子宮」で着床を実現:山口大が作った“裏返し子宮”の衝撃


子宮を人工培養し、そこにマウスの赤ちゃんの元(胚)を“着地”させる――そんな夢のような実験が現実になりつつあります。

本来、子宮の中でしか起こらない胚の“着床”を、外の世界でまるごと再現する技術が大きく進展しました。

日本の山口大学で行われたマウス研究によって、子宮内膜オルガノイド(人工培養された子宮内膜)を用いた実験が行われ、本物の子宮のように受精卵が子宮の内膜の表面にぴたりとくっつき、奥へと潜り込んでいく着床現象が確認されました。

これまでの技術では着床の段階はある意味でブラックボックスであり、この段階に問題があっても何が原因かを解き明かすことは困難でしたが、モデルの完成によりリアルタイムでの追跡が可能になりました。

この“試験管の子宮”が着床不全の謎や不妊治療にどんな革命をもたらすのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月14日に『Development』にて発表されました。

目次

  • 着床は“見えない壁”だった
  • 試験管で始まる“命の実況中継”
  • 試験管から始まる妊娠革命

着床は“見えない壁”だった

着床は“見えない壁”だった。 / 子宮内膜オルガノイドの作成によってiPS細胞などから子宮内膜を作成できるようになりました/Credit:マウスの着床現象を体外で再現するモデルを確立

妊娠の最初のステップとして欠かせないのが、子宮内膜への「着床」です。

受精卵(胚)が、子宮の内側にある子宮内膜にぴたりとくっつき、そこからさらに奥へ潜り込んでいくという現象ですが、これはお母さんのお腹の奥で起きるため、直接じっくり観察するのがとても難しいです。

その結果、不妊症の大きな要因として着床の失敗(着床不全)があることは知られていても、実際にどのように起きているのかが把握しづらく、謎が多く残っていました。

そこで近年注目されているのが「子宮内膜オルガノイド」という技術です。

オルガノイドは人工培養された臓器や器官であり、現在までに脳オルガノイド、皮膚オルガノイド、各種消化器官のオルガノイドなどさまざまな人工培養臓器が作成されています。

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子宮内膜オルガノイドを作るにはまず子宮内膜の細胞を取り出し、試験管の中で三次元的に培養して、まるで“小さな子宮内膜”のような構造を再現する必要がありますが……従来の方法には課題がありました。

たとえば、子宮内膜の表面に当たる部分がオルガノイドの内側を向いてしまい、“外から胚が着地する”という自然な形での着床を観察するのが難しかったのです。

単純なオルガノイドには産道がないため、受精卵との接触が難しかったのです。

また、子宮内膜には“上皮細胞”だけでなく、胚が侵入するときに大きく姿を変えてサポートする“間質細胞”も不可欠ですが、両方をうまく組み込むのは容易ではありませんでした。

実は過去の研究で、間質細胞が胚の浸潤にあわせて“脱落膜化”という変化を起こし、妊娠を成立させるうえで不可欠な働きをすることがわかっています。

つまり、本当に着床の瞬間を再現しようと思うと、上皮細胞と間質細胞を同時に取り入れ、本物に近い“立体的なミニ子宮”を試験管の中に構築する必要があるわけです。

そこで今回の研究者たちは、「上皮細胞と間質細胞を三次元的に自己組織化させ、胚が外から着地しやすい面を備えた新しい子宮内膜オルガノイドを作り出す」という大胆なアプローチに挑戦しました。

こうすれば試験管の中でも、できる限り本来に近い形で“着床”が起こる瞬間を観察できるのではないか、と考えたのです。

試験管で始まる“命の実況中継”

試験管で始まる“命の実況中継”
試験管で始まる“命の実況中継” / 着床現象が生命ではない人工培養臓器で再現できるようになれば、不妊治療にも大きく弾みがつくでしょう/Credit:マウスの着床現象を体外で再現するモデルを確立

まず研究者たちは、マウスの子宮から「上皮細胞」と「間質細胞」という2種類の主要な細胞を採取し、それらを同時に“三次元培養”する方法を試みました。

ここで鍵になるのは、「細胞が自発的に集まって組織を形づくる力(自己組織化)」を活かすことです。

普通の平らな培養皿で育てると、細胞は二次元上に広がるだけになりがちですが、培養条件を工夫すると、小さな球体のように集まって外側に“上皮細胞”、内側に“間質細胞”が配置される構造が生まれます。

これは「子宮の内膜」を立体的に切り取って試験管に浮かべたような状態で、専門的には「子宮内膜オルガノイド」と呼ばれます。

このオルガノイドの特徴は、子宮内膜の内側(管腔側)がオルガノイドの中心向きにならず、いわば“外面”がそのまま外側に再現されるため、胚が外から接着しやすい面を持っていることです。

さらに研究者たちは、このオルガノイドにエストロゲン(E2)やプロゲステロン(MPA)、cAMPといったホルモン刺激を組み合わせて与えました。

これは子宮内膜が生理周期で“着床窓”と呼ばれる時期に近い状態へ変化するのを再現するためで、内膜上皮細胞の受容性を高める遺伝子が上がり、プロゲステロン受容体が下がるなどの反応が起こることが確認されています。

こうして「胚を迎え入れる準備」ができたオルガノイドの表面に、マウスの胚盤胞(将来赤ちゃんになる細胞の集まり)を置くと、胚盤胞はオルガノイドにぴたりとくっつき、少しずつ奥へと入り込んでいきました。

これは、体内で観察が難しい“着床”の流れを外の世界で再現できた瞬間といえます。

着床の4段階をリアルタイムで観察できました
着床の4段階をリアルタイムで観察できました / 子宮内膜オルガノイドと受精卵が接触して潜り込んでいく様子/Credit:マウスの着床現象を体外で再現するモデルを確立

研究者たちは、この過程を大きく4段階(接着→陥凹→貪食→浸潤)に分けました。

それぞれの単語の意味

①接着:胚がオルガノイド表面(上皮側)にくっつきます。

②陥凹:上皮がへこんで、胚を包むように形づくります。

③貪食:細胞同士が深く入り組み、胚がさらに奥へ進みます。

④浸潤:胚がオルガノイド内部の間質細胞層へと深く入り込みます。

さらに興味深いことに胚の側だけでなく、オルガノイドの間質細胞も“脱落膜化”と呼ばれる妊娠時の変化もみられました。

脱落膜化(だつらくまくか)は、排卵後に増えたプロゲステロンなどの合図を受けて、子宮内膜の間質細胞がふくらみ、栄養や免疫因子をたっぷり蓄えた“ふかふかのベッド”に変身する現象です。

この変化によって受精卵が着床しやすくなり、その後の胎盤形成や胎児の成長を支える土台が整います。

以上の結果は早期着床の重要な要素を試験管の中で再現したと言える成果で、今後は着床現象にとどまらず、胎盤が形成される一連の過程をさらに詳しく研究したり、人工子宮の技術へ発展させたりする可能性も示唆されています。

試験管から始まる妊娠革命

試験管から始まる妊娠革命
試験管から始まる妊娠革命 / 着床以外にも妊娠にみられるさまざまな現象やホルモンに関連した生理周期に近い現象もみられました/Credit:マウスの着床現象を体外で再現するモデルを確立

今回の成果が特に注目されるのは、子宮内膜オルガノイドを“胚が外から自然に入りこめる形”に作り上げたことで、これまで観察が難しかった着床の一連の流れを、より本物に近い状態で追体験できる点にあります。

これにより、研究者は妊娠初期の複雑な細胞同士のやり取りを詳細に追跡し、どのタイミングでどの分子が働くかなどを探れるようになりました。

たとえばホルモン刺激によって着床しやすい内膜環境を整えた場合、胚はスムーズにオルガノイドに侵入し、間質細胞が“脱落膜化”と呼ばれる妊娠時の変化を見せることも確認されています。

これは本来、胚が母体内で“根を張る”ために欠かせない現象とされており、体外でこうした反応を精密に調べられるのは大きな進歩です。

また興味深いことに、胚のほうも絨毛細胞(胎盤の基盤となる細胞)へ分化し始める様子が観察されました。

母体側(間質細胞)と胚側(胚盤胞)のやり取りがうまくいって初めて妊娠が成立するという点を、試験管の中で可視化できる可能性が開けたのです。

このオルガノイドを使えば、タイムラプス観察などで細胞同士の“会話”を捉えながら、分子や遺伝子レベルの働きを深く調べられます。

将来的には、ヒト細胞を使った応用モデルへ発展させることで、着床不全の原因解明や新たな治療法の開発に役立つかもしれません。

もちろん、本物の子宮には血管や免疫細胞など多彩な要素が含まれ、今回のオルガノイドがそれらをすべて再現しているわけではありません。

しかし着床において重要な上皮細胞と間質細胞のやり取りが外の世界で可視化できる点で、研究や治療応用に向けた大きな一歩を示したといえます。

胎児の成長をさらに長期間支える仕組みや、より複雑な妊娠環境を再現するには今後の改良が必要ですが、まずは“不妊の謎を解くための新たな鍵”として、このモデルがさまざまな分野の研究を加速していくことが期待されます。

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参考文献

マウスの着床現象を体外で再現するモデルを確立
https://www.yamaguchi-u.ac.jp/weekly/41157/index.html

元論文

Establishment of an in vitro implantation model using a newly developed mouse endometrial organoid
https://doi.org/10.1242/dev.204461

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部



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🧠 編集部の感想:
この研究は、着床のメカニズムを体外で観察できる新たな可能性を示しています。特に、妊娠における初期段階をリアルタイムで追跡することで、不妊治療の革命的な進展が期待されます。将来的には人間への応用も進み、着床不全の解明に繋がるでしょう。

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