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概要
この記事は、知財情報コミュニティにおける「マーケティング」という用語の誤用に焦点を当て、正しい用語理解の重要性を訴えています。特に「マーケティング」の定義を確認し、その誤用によるリスクや影響を指摘しています。最終的には、知財部門が経営層と建設的な対話を持つための二段階のアプローチを提案しています。
要約(箇条書き)
- マーケティングの定義:
- AMA:顧客・社会に価値あるオファリングを創造・提供する活動。
- JMA:顧客と共に価値を創造し、持続可能な社会を実現するプロセス。
- 誤用の実態:
- 「特許マーケティング」を情報分析活動の意味で使用されることが多い。
- 知財情報分析がマーケティングの全てと誤解されるリスクがある。
- 誤用がもたらすリスク:
- 経営層からの信頼失墜:単なる分析ではビジネスの理解不足を示す。
- 専門部門との協働機会の喪失:共通言語がないことで協力が難しくなる。
- 二段構えのアプローチ:
- 専門用語の正しい理解と使い分け: 「知財情報分析」「IPインテリジェンス」などを使用。
- マーケティング部門との共創: 得られた洞察を共有し、具体的な価値創造ストーリーを共に作成。
- 言葉の重要性: 正しいマーケティングの使用が経営の一翼を担うための基本的なステップである。
- 結論: 知財情報活用で真の価値創造を目指すため、用語を正しく使うことが重要。
IPランドスケープが重要ツールとして注目される今、知財情報コミュニティにおいて「マーケティング」という言葉を見かけることがあります。しかし、その使われ方を見ると、本来の「マーケティング」の定義から離れた「知財情報の調査活動」を指している場合があります。
言葉の定義が不正確なままでは、経営層やマーケティング部門との建設的な対話は望めません。本稿では、マーケティングの正確な定義を確認し、IPランドスケープ界で見られる誤用の実態とその背景を整理し、正しい用語理解がもたらす真の価値を提言します。
マーケティングとは?:権威ある定義から学ぶ
まず、「マーケティングとは何か」を正確に理解しましょう。
アメリカマーケティング協会(AMA)は、マーケティングを「顧客・クライアント・パートナー・社会全体にとって価値あるオファリングを創造し、伝達し、提供し、交換するための活動・制度・プロセスである」と定めています。
日本マーケティング協会(JMA)は、「顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」としています。
フィリップ・コトラーは「マーケティングとは、人間や社会のニーズを見極めてそれに応えることである。マーケティングを最も短い言葉で定義すれば、『ニーズに応えて利益を上げること』となろう」と定義し、ピーター・ドラッカーは「マーケティングの理想は販売を不要にすることだ」と説きました。
これらの定義に共通するのは、マーケティングが価値の創造から伝達・提供・交換、そして顧客との長期的な関係構築までを一貫して担う、戦略的かつ包括的な営みであるという点です。
IPランドスケープ界で見られる「マーケティング」誤用
しかしながら、知財情報活用の現場では「マーケティング」という言葉が狭い意味で使われているようです。
最もよくみられる誤用が「特許マーケティング」という語に関するものです。正しい意味合いで使われている方も多いのですが、特許情報の収集・整理、パテントマップの作成、競合出願動向あるいは機会の可視化といった情報分析活動に過ぎない場合があります。これは価値の創造でも、顧客との関係構築でもありません。
さらに問題なのは「マーケティングの大部分を特許情報分析で代替できる」といった説明です。これは、複雑で多岐にわたるマーケティング活動が情報分析で置き換え可能であるかのような誤解を生みます。
言葉の誤用が招く重大なリスク
この誤用は知財部門に致命的なダメージをもたらす恐れがあります。
1. 経営層からの信頼失墜
経営層は「マーケティング」と聞けば「どの顧客に、何を、いくらで売るのか」という事業の核心への答えを期待します。単なる分析レポートでは「この部門はビジネスの基本を理解しているのか」という深い失望を招きます。
2. 専門部門との協働機会の喪失
マーケターから見れば、「マーケティング」の語を正しく使えない部門、自分たちの専門領域を矮小化する部門は信頼できるパートナーになり得ません。共通言語の欠如により、本来実り多いはずの協働機会が長期にわたって失われます。
正しい言葉遣いが切り拓く未来:二段構えのアプローチ
では、どうすればよいのでしょうか。以下の「二段構え」を提案します。
第1段階:専門用語の正しい理解と使い分け
調査・分析フェーズの活動は「マーケティング」ではなく、「知財情報分析」「IPインテリジェンス」など、その専門性を的確に示す言葉で呼びましょう。
第2段階:マーケティング部門との共創
分析から得られた洞察(競合の脆弱性、ホワイトスペース、アライアンス候補など)を、マーケティング部門と協力してSTP分析や4Pミックスに落とし込み、具体的な価値創造ストーリーを共に練り上げる。ここで初めて「マーケティング」という言葉を使います。
この二段構えにより、部門間の議論の前提が揃い、知財情報の真価が発揮されます。
最後に:言葉への敬意が専門性の証
「マーケティング」という語を「調査」という限られた意味で使うことは、マーケティング部門のマーケターを尊重せず、共通言語を破壊する行為です。また、基本的なビジネス用語を正しく使えない部門を経営陣が信頼することはなく、本来の意味でのマーケティングに知財情報分析を活用する機会を失わせるリスクがあります。
知財情報分析は「調査・分析・報告」で完結するものではありません。知財情報から得られる深い洞察を、具体的な「価値創造のストーリー」へと橋渡しすることで初めて、企業の競争力強化に真に資する戦略が完成します。
本稿は、特許情報の分析活動を安易に「特許マーケティング」と称して知財情報活用を提唱する一部の論調に警鐘を鳴らすものです。ただし、技術シーズや特許ライセンスの価値を市場に伝え、具体的な事業提携や技術移転といった「価値交換」を伴う正当な活動を適切な文脈で「特許マーケティング」あるいは「技術マーケティング」と呼ぶ実務家を非難する意図は一切ありません。
言葉は思考をかたちづくり、コミュニケーションの質を決定し、組織の文化をも変革する力を持ちます。「マーケティング」を正しく語ることは、知財部門が名実ともに経営の一翼を力強く担う未来を切り拓くための、最も確実で基本的な一歩です。
今日この瞬間から、私たち自身の言葉を磨き、共通言語で語り合い、知財情報活用を通じて真の価値創造のステージへと踏み出しましょう。
マーケティングは市場や顧客と対話する、壮大な営みです
協働は、言葉を尊重するところからです
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