ボクたちはなぜ、合理的ではない選択をしてしまうのか？④きょう

ボクたちの行動が「心理バイアス」によって影響され、ナッジがいかに強力な「そっと一押し」として機能するかを見てきました。

身近なところにもたくさんのナッジが隠れていて、それが社会をより良くするために使われていることも理解できたと思います。

しかし、どんなに素晴らしい道具にも「光」と「影」の両面があるように、ナッジにも注意すべき点が存在します。

今回は、ナッジの「影」の側面である「スラッジ」に目を向け、そしてボクたちがナッジを賢く使う側の「選択アーキテクト」として、どうあるべきかを探っていきましょう。

ナッジの裏側：「スラッジ」とは？

ナッジは人々のより良い選択を後押しするものですが、残念ながらその逆、つまり「望ましくない行動へと誘導したり、必要な手続きをわざと煩雑にしたりする」ものも存在します。

ノーベル経済学賞受賞者のリチャード・セイラー教授は、これを「スラッジ（Sludge）」と名付けました。スラッジとは、泥やヘドロのように、人々を「ぬかるみ」に足を取らせ、行動を妨げることを意味するんですね。

• スラッジの具体例:

  • 「簡単加入、困難な解約」: サブスクの中には、登録はウェブサイトから数クリックで簡単にできるのに、解約するとなると電話で長時間待たされたり、複雑なフォームの入力が必要だったりするケースがあります。これは、解約をわざと面倒にすることで、ユーザーの離脱を防ごうとするスラッジです。

  • 複雑な手続きや書類: 行政サービスの申請書類が極めて複雑で、何時間もかけて記入しなければならなかったり、提出場所がいくつも分散していたりする場合もスラッジの一種です。本当に必要な手続きであるにもかかわらず、人々が「もういいや」と諦めてしまうように仕向けてしまいます。

  • 隠れた手数料や不透明な料金体系: 後から高額な手数料が上乗せされるような料金体系や、規約が非常にわかりにくい契約なども、ボクたちの合理的判断を妨げるスラッジと言えるでしょう。

スラッジは、ボクたちの時間、労力、そして精神的なエネルギーを奪い、結果的に個人や社会に不利益をもたらすものです。

ナッジの倫理的側面：操作ではないか？

ナッジの有効性を知ると、「これは人々を操作しているだけではないか？」「自由な選択を奪っているのではないか？」という疑問を持つ人もいるかもしれません。

ナッジの提唱者たちは、この点に関して明確な考えを持っています。それは「リバタリアン・パターナリズム（自由な選択を保障しつつ、より良い方向へ導く）」という思想です。

• 自由の尊重: ナッジは、選択肢を制限したり、強制したりするものではありません。あくまで、人々の選択の自由は維持されます。例えば、階段にカロリー表示があっても、エスカレーターを選ぶ自由は失われません。

• 温かい誘導: その上で、人間が無意識に陥りやすいバイアスを考慮し、人々が自らの利益や社会全体の利益に資するような選択をしやすいように、そっと後押しするというのがナッジの考え方です。

• 透明性の重要性: ナッジを使う側は、その意図を明確にし、透明性を保つことが求められます。隠れて操作するのではなく、あくまで人々の自律性を尊重する姿勢が重要です。

賢い「選択アーキテクト」になるために

ボクたちは皆、知らず知らずに誰かの設計した「選択アーキテクチャー」の中で生きています。

そして、自分自身の生活や、もしあなたが何かを「選択させる」立場にあるなら、あなた自身も「選択アーキテクト」になれるのです。

• 自分自身をナッジする:

  • 貯金目標を達成するために、給料が入ったら自動で貯蓄口座に送金する設定にする（デフォルト効果の活用）。

  • 健康的な食生活のために、お菓子を目につかない場所にしまう、健康的な食材を買い置きする（環境の設計）。

  • 運動習慣をつけるために、友達や家族と一緒にスポーツジムに通う（社会的影響の活用）。

• 周りの人々や組織をナッジする:

  • 職場で資料を分かりやすくするために、重要な情報を太字にしたり、図解を取り入れたりする（フレーミング効果の活用）。

  • チーム内でより良い意思決定を促すために、議論の「デフォルト（初期状態）」として、全員が意見を出しやすい雰囲気を作る。

  • 子どもが自主的に片付けをするように、収納の場所をわかりやすくしたり、「おもちゃの家」という呼び名にしたりする。

まとめ

「ナッジ」は単なるテクニックではなく、人間の行動原理を深く理解し、その知見を社会の様々な課題解決に応用できる強力なツールです。

そして、その知識は、あなたの日常生活をよりスムーズにし、周りの人々の行動を理解する手助けにもなるでしょう。

もちろん、ナッジにはスラッジという影の側面もありますが、その存在を知ることで、ボクたちは不当な誘導に気づき、より賢い選択ができるようになりますよね。

「そっと一押し」の力を感じて、あなた自身の生活にこのナッジを活かしてみてください。