
お気に入りのバー、いわゆる「行きつけの店」を持つことは、大人にとって一つの楽しみであり、ある種のステータスかもしれない。
しかし、その関係が深まりすぎることで、かえって窮屈さや気まずさを感じる瞬間はないだろうか。そんな、常連客ならではの“あるある”な悩みに、世界的ビールブランドのハイネケンがユニークな形で光を当てた。
彼らが打ち出したのは、まるでマッチングアプリのようなUXを通じて、新しいバーとの出会いを提案する、遊び心満載のキャンペーンだ。
悩める人々を救う(かもしれない)
ハイネケンの奇策「バー専用マッチングアプリ」
ハイネケンが公開した動画「Bar Dating(バーとの特別な関係)」は、特定のバーの常連になりすぎたために、様々な“やりづらさ”に直面する人々の姿をコミカルに描き出す。
例えば、マスターにダイエット中だと話した手前、大好物のフライドポテトを注文しづらい男性。あるいは、トイレの個室のドアの閉め方の癖まで店員に把握されてしまっている女性。さらには、店主と仲良くなりすぎた結果、自分の写真が満面の笑みの店主とのツーショットで壁に飾られてしまうという、もはや栄誉なのか罰ゲームなのか分からない状況に陥る人も。
これらのエピソードは、大げさには描かれているものの、どこか「分かる…」と頷いてしまうような、常連客が抱えがちな微妙な気まずさを見事に捉えている。
そんな、行きつけのバーとの関係にちょっぴり息苦しさを感じ始めた(かもしれない)人々に向けて、ハイネケンが“実装”したのが、近隣の様々なバーと自由に出会える、いわば「バー専用マッチングアプリ」というわけだ。
もちろん、これは実際にアプリが開発されたという話ではない。ハイネケンは、この「もしもこんなマッチングサービスがあったなら」という架空の設定を通じて、「もっと気軽に、色々なバーで楽しい時間を過ごしてほしい」というメッセージを、現代的なコミュニケーション手法で表現したのだ。
この施策は、ハイネケンが長年にわたりローカルビジネス、特に飲食店を応援してきた歴史と哲学を色濃く反映していると言える。
飲食店応援のDNAと現代的センスの融合
ハイネケンは、世界的なブランドでありながら、各地域のローカルなバーやパブといった飲食店を大切にし、支援してきた歴史を持つ。
巨額の投資を行ってでも、多様な飲食店が活気づくことを願ってきた。今回の「バー専用マッチングアプリ」風のキャンペーンも、その根底にある「多くの人にカジュアルなバー体験の機会を提供したい」という思想を、今の時代に合った形で表現した試みだろう。
近年、消費者の行動や価値観は大きく変化している。
特に、一つの場所に縛られず、多様な選択肢の中からその時々の気分や目的に合わせて最適なものを選びたいというニーズは高まっている。これは、恋愛におけるマッチングアプリの普及とも通じるものがあるかもしれない。ハイネケンは、そうした現代人の心理や行動様式を巧みに取り入れ、自社のブランドメッセージを効果的に伝えている。
この手法は、既に高い知名度を持つブランドだからこそ可能な大胆なアプローチに見えるかもしれない。
しかし、その根底にある「顧客のインサイト(深層心理)を捉え、共感を呼ぶストーリーを提示する」という点は、これから自社のブランディングに取り組む企業にとっても大いに参考になるはずだ。
ユーモアを交えながら社会的な視点や顧客への配慮を示すことは、ブランドへの親近感や信頼感を高める上で有効な手段と言えるだろう。
新しい「一杯」との出会いを求めて
行きつけのバーの安心感は確かに魅力的だ。
しかし、時には新しい扉を開け、未知の空間で新しい一杯と出会うスリルもまた、ナイトライフを豊かにするスパイスになる。ハイネケンがこのキャンペーンで描きたかったのは、行きつけの店を否定することではなく、むしろ「もっとたくさんの素晴らしいバーがあなたを待っている」という、ポジティブな提案なのではないだろうか。
「Bar Dating」の動画は、私たちに、日頃の行動範囲や固定観念から一歩踏み出し、新しい体験を求めることの楽しさを思い出させてくれる。それは、新しいバーとの出会いかもしれないし、あるいは、今まで気づかなかった自分自身の新しい好みや楽しみ方との出会いかもしれない。
ハイネケンが仕掛ける遊び心あふれるコミュニケーションは、いつも私たちをワクワクさせてくれる。
今夜は、いつもの店ではなく、少し足を延ばして、新しいバーのドアを開けてみるのも良いかもしれない。そこには、ハイネケンが描くような、思いがけない素敵な「マッチング」が待っているはずだ。
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