ダイソン球はなぜ“不安定”と思われてきたのか


ダイソン球とは、一つの恒星をまるごと覆うほど巨大な球殻を築き、その内側で恒星のエネルギーを余すところなく収集・利用してしまおうという壮大な構想です。
SF作品でも頻繁に登場し、「もし実現できれば、事実上無尽蔵のエネルギー源を手に入れたも同然だ」と多くの人を魅了してきました。
しかし一方で、19世紀にジェームズ・クラーク・マクスウェルが土星の環を調べた際、「環が剛体だった場合は中心からわずかでもずれると漂流してしまい、安定にはならない」という結論を導いたことはよく知られています。
マクスウェル自身がダイソン球を論じたわけではありませんが、「中心天体と環(または球殻)の二体問題では、ズレを修復する力が働かず、やがて崩壊に至る」という考え方は、のちに恒星を覆う構造にも不安定性を示唆するものとして広く引用されてきました。
では、この話を「恒星を覆う球殻(ダイソン球)」に当てはめるとどうなるか。
理屈の上では、やはり中心の恒星からの引力バランスが少しでも崩れると、その崩れを取り戻す力が働かず、どこかで衝突か完全な漂流を起こすのではないか――そんな不安定説が長らく定説でした。
しかし、現実の宇宙に目を向けると、恒星が二つ以上ペアを組んでいる「連星系」は決して珍しくありません。
さらに惑星や衛星が複雑に絡み合う多体系も数多く存在します。
実は、重力源が一つしかない二体問題では、中心からわずかにずれたときに元へ引き戻す力が働かず、やがて衝突か漂流に至るケースが多いのですが、複数の重力源が同時に引っ張り合うと、お互いの重力井戸(ポテンシャル)が干渉し合う「場」が生まれます。
その場のなかには、少し動いても反対側の引力や回転力によって元に戻されるという“安定点”が出現する可能性があるのです。
いわば、綱引きを想像してみてください。
片側だけの綱引きでは引き戻してくれる役がいませんが、複数方向から綱を引かれると、うまくバランスを保てる場所が生まれることがある――それに近いイメージです。
こうした視点から考えると、「もし中心が一つとは限らない状況なら、ダイソン球やリング構造が意外な安定性を示す余地があるのではないか?」という疑問は、近年になって再び注目を集め始めたのです。
実は、このような制限三体問題の視点からリングや球殻を考えてみると、昔からちょっとした“余地”を指摘する声はありました。
SF作家ラリー・ニーヴンの『リングワールド』や、他の作家が描く“二つの星をまたぐ大規模構造物”といった物語でも、連星系下での巨大環や人工天体がちらっと語られることがあります。
また、19世紀にはラプラスが土星の環について色々と調べたり、ウィリアム・ハーシェルが環の形状安定に関する仮説を示唆したという歴史的エピソードも残っています。
けれども、具体的に「どんな条件で安定なのか」を数値解析や線形安定性理論まで踏み込んで突き詰めた研究は多くはありませんでした。
ところが近年、地球外知的生命体(ETI)を探すSETIプロジェクトの一環で、「奇妙な赤外線放射源が見つかったら、それはダイソン球などの超巨大人工物かもしれない」という可能性が真剣に検討され始めています。
(タビーの星と呼ばれるKIC 8462852が一時期“エイリアンのメガストラクチャー説”で注目を浴びたのも記憶に新しいかもしれません。)
もし連星系の片方を囲むダイソン球が自然に安定して存在できるなら、それこそ“メガストラクチャーが宇宙に実在する”という非常に刺激的なテーマになります。
安定していれば長期間にわたって崩壊せず、それを遠くからでも赤外線観測によって検出できるかもしれません。
「巨大なフタ」がかぶっている恒星は、通常とは異なるスペクトルを示すはずだからです。
こうした背景を踏まえたうえで、ある研究チームが新たに注目したのが、「連星系や惑星–衛星系などの制限三体問題を前提にしたとき、リングやシェル(ダイソン球)に平衡点が生まれるかどうか、そしてそこが安定解になる条件は何か」という疑問です。
言い換えれば、マクスウェルが示した“剛体リングの不安定性”をさらに拡張し、もう一つの重力源がある状態でのシミュレーションを詳しく行うことで、安定化の秘密を探ろうというわけです。
もし本当に“もう一つの天体”が加わることで微妙な重力バランスが生まれ、ダイソン球の不安定説に例外が見つかるなら、理論面でのインパクトは大きいでしょう。
そこで今回研究者たちは、三体問題を応用した数理モデルと数値解析を用いて、「連星系などにおけるリングやシェルの安定化条件を徹底的に解析する」ことにしたのです。
仮にリングやシェル自体の質量が十分小さく、主星同士の運動に影響を与えないという前提が守られれば、そのポテンシャルの地形から安定的な平衡点を求めることができます。
そこで得られた知見は、これまでただの空想と言われがちだった巨大構造物の実在を、少なくとも理論面では再評価するきっかけになるかもしれません。