
カリフォルニアの砂漠に響き渡る音楽、華やかなファッション、そしてSNSを埋め尽くす熱狂。
米国最大級の音楽フェスティバル「コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル(Coachella Valley Music and Arts Festival)」は、多くの若者にとって憧れの体験だ。
しかし、そのきらびやかなイメージの裏で、参加費の高騰と、それによって生じる歪みが深刻な問題として浮上している。
『The Cut』が掲載した「もはや誰がコーチェラに参加できるというのか」という問いは、単なる経済的な問題提起に留まらない。それは、現代社会の格差、若者の金融リテラシー、そして巨大イベントの裏に潜む倫理的な側面をも炙り出す。
天井知らずのチケット代と忍び寄る「後払い」の誘惑
コーチェラの一般入場3日間パスの価格は、近年、驚くべき勢いで上昇している。
2015年には375ドルだったものが、2020年には429ドル、そして2025年にはついに649ドルからという価格設定になった。
これには宿泊費、交通費、会場での飲食費、そしてSNS映えする衣装代などは一切含まれていない。さらに、長時間に及ぶ入場待ちの列を回避するための追加費用まで考慮に入れると、参加費用は優に数千ドルに達する可能性もある。
一部の参加者からは、12時間以上も水を買うために並ばなければならなかったとして、「ファイア・フェスティバル(悪名高い詐欺フェス)よりひどい」という声すら上がっているという。
このような状況下で、多くの若者が頼らざるを得ないのが、コーチェラが提供する「支払いプラン」だ。
これは、チケット代金を数ヶ月にわたって分割で支払うことができるサービスで、最初に49.99ドルといった少額の頭金を支払えばチケットを確保できる。
しかし、この利便性の代償として、利用者には41ドルの追加手数料が課される。ビルボード誌の最近の報道によれば、2025年のコーチェラの一般入場券購入者の過半数、約60%がこの支払いプランを利用したという。2009年にこのプログラムが導入された当初の利用率が18%だったことを考えると、その急増ぶりは明らかだ。
この支払いプランは、「Buy Now, Pay Later(BNPL:今すぐ買って、後で支払う)」と呼ばれる後払い決済サービスの一形態である。AfterpayやKlarnaといったサービスが代表的で、パンデミック中のオンラインショッピングの急増と共に利用が急拡大した。
特に20代から30代の若年層に人気が高いそうだが、このBNPLの普及には警鐘を鳴らす専門家も少なくない。
2023年に『ニューヨーク・タイムズ』が報じたところによると、金融専門家はBNPLが信用情報機関に報告されない「見えない負債(phantom debt)」を生み出し、無計画な支出を助長する可能性があると警告している。
同年、消費者金融保護局(CFPB)が発表した報告書では、後払い決済利用者は非利用者と比較して経済的に困窮している傾向があり、過去1年間に銀行口座の当座貸越を経験した割合は、非利用者の17%に対し、後払い利用者は43%近くと、2倍以上の差が見られた。
コーチェラだけがこの種の支払いシステムを導入しているわけではない。
『ビルボード』誌によれば、ロラパルーザ、エレクトリック・デイジー・カーニバル、ローリング・ラウドといった他の大型音楽フェスティバルも、チケット販売の大部分を支払いプランに依存しているという。
コーチェラを主催するゴールデンヴォイス社の匿名の情報筋は、一部のファンが同時に4つも5つも異なるフェスティバルの支払いプランに登録している可能性があると語っており、その状況は「暗澹たるもの(bleak)」と表現されている。
夢の対価は誰の手に?
CEOの“政治献金”と若者の葛藤
さらに状況を複雑にしているのが、コーチェラの最高経営責任者(CEO)である Philip Anschutz (フィリップ・アンシュッツ)氏の存在だ。
彼は保守的な億万長者として知られ、共和党のキャンペーンや反LGBTQ+団体に対して多額の寄付を行ってきたと報じられている。
つまり、高額なチケット代を分割払いで必死に工面し、何時間も列に並んで水を手に入れるような若者たちが、結果として自分たちの価値観とは相容れない可能性のある活動を支援する人物の懐を潤しているという、皮肉な構図が生まれているのだ。
このような背景から、2025年のコーチェラで、Clairo (クレイロ)のステージの前に Bernie Sanders (バーニー・サンダース)上院議員が登場し、気候変動対策、女性の権利保護、そして「一部の人間だけでなく、全ての人々のために機能する経済」の構築をZ世代に呼びかけたことは、象徴的な出来事と言えるだろう。
サンダース氏は、自身の「寡頭制との戦い(Fighting Oligarchy)」ツアーの一環としてこのサプライズ出演を果たした。「一部の人間だけのために機能する経済」という言葉は、まさにコーチェラの現状を鋭くえぐり出すものだった。
「FOMO(Fear Of Missing Out:取り残されることへの恐れ)」に駆られ、一生の思い出となる体験を求める若者たちの純粋な情熱。それを利用するかのように高騰し続けるチケット価格と、安易な借金を誘う支払いプラン。
そして、その収益が特定の政治的・思想的立場を持つ人物へと流れていく現実。コーチェラを巡るこれらの問題は、音楽フェスティバルというエンターテイメントの枠を超え、現代社会が抱える経済格差や倫理的なジレンマを私たちに突きつけている。
本来は尊い理念、音楽フェスのあるべき姿
音楽を愛し、特別な体験を共有したいという願いは、誰にとっても尊いものだ。
しかし、その夢を実現するためのハードルが不当に高くなり、さらには意図せぬ形で特定のイデオロギーに加担させられる可能性があるとしたら、私たちは一度立ち止まって考える必要があるのかもしれない。
「誰がコーチェラに参加できるのか」という問いは、私たち自身がどのような社会を望み、どのような消費行動を選択するべきなのかという、より大きな問いへと繋がっていく。
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