背筋を伸ばし、カタカタとキーを叩く音が響く。そして、耳にはAirPods。まるで重要な会議に参加しているかのような姿だが、その実態は……?
Z世代が繰り広げる「タスクマスキング」という名の、オフィスサバイバル術なのかもしれない。
リモートの楽園から一転
オフィスという名の監獄へ
コロナ禍でリモートワークの快適さを知ってしまったZ世代。だが、近年、大手企業が続々とオフィス回帰を命じるなか、彼らは“新たな課題”に直面している。それは、いかに「デキる人」を演じるか。
英誌「The Guardian」が、その実態を浮き彫りにしている。
記事によると、なんでもタスクマスキングとは、実際にはあまり仕事をしていないにもかかわらず、忙しそうに見せかける行為のこと。これ、いわゆる“サボり”ともちょっと違うらしい。それは、Z世代の彼らがオフィスという空間で生き残るための洗練された技術とも捉えることができるかもしれない。
たとえばこう。
爆音タイピング:隣の席に響き渡るほどのタイピング音をあえて出し、仕事への情熱の証を演じる。
AirPods常時装着:音楽を聞いているのか、重要な電話会議に参加しているかは、本人にしかわからない。
意味深な徘徊:重要な書類を抱えてオフィスを彷徨う姿は、デキるビジネスパーソン風。
一見すると滑稽なこれらの行為、けれど、背後には深い戦略と哲学が隠されているというが……。
かつて、アメリカの国民的コメディドラマ『となりのサインフェルド』の登場人物ジョージ・コスタンザはこう語った。「いつもイライラした顔をしていろ。そうすれば、忙しいと思ってもらえる」。現代のタスクマスキングは、この古典的なサボり術を、テクノロジーと巧妙な心理戦でアップデートしたものだといえる。
監視カメラ VS なりきり俳優
テクノロジーが加速するオフィス・サバイバル
「The Guardian」が、コンテンツクリエイターGabrielle Judge氏のコメントを紹介する。
「ランチに出かけるだけなのに、必死な様子を装ったり、会議に参加しているようにAirPodsを1日中装着したりする人がいた」。
一見、非効率に見えるこの行動。その背景には、Z世代特有の価値観が見え隠れする。彼らは、リモートワークで培った成果主義的な働き方を重視し、オフィスでの「時間管理」や「勤勉さのアピール」といった従来の価値観に疑問を抱いているのではないだろうか。
いっぽうで、企業側の監視も巧妙化している。まるでスパイ映画の世界だが、記事によると、2021年の調査では「80%の企業がリモートおよびハイブリッド勤務の従業員を監視している」とも伝えている。
オンラインアクティビティ、位置情報、そしてキーボードの打鍵音まで……。テクノロジーは、私たちをどこまで監視するのだろう? しかし、監視が強化されればされるほど、タスクマスキングは進化するとも。こうなると、もはやテクノロジーと人間の知恵比べといったところか。
タスクマスキングは
抵抗か、それとも諦めか?
「Caged Bird HR」を経営するCierra Gross氏は、タスクマスキングを「組織のシステムを攻略しようとする兆候」と捉える。
では、タスクマスキングは、エンゲージメントの低下に対する静かなる抵抗なのだろうか。あるいは、旧態依然としたオフィス文化への、諦めの表明なのだろうか。
企業は、オフィスという空間の意味を問い直す必要があるのかもしれない。創造性を刺激し、コラボレーションを促進し、従業員が「ここに居たい」と思えるような場所へ。タスクマスキングは、そんなオフィス再定義を促す、“警鐘”なのかもしれない。
リモートワークか、オフィスワークか、二項対立で語る時代は終わりを迎えつつある。これからは、それぞれのメリットを活かし、従業員一人ひとりが最大限のパフォーマンスを発揮できる、新しい働き方を模索する時代。
とは言いつつも……「演じる」ことよりも、むしろ「自分らしく働く」ための空間をいかに作り上げることができるか。それこそが新しいオフィスの価値ではないのか。