多くの映画やドラマ、演劇や小説は、筋書き(プロット)に注目してみると似たような展開だと感じることがあります。よく使われるプロットが人気である理由、そのプロットの起源などについて、作家でラジオプロデューサーのエリアン・グレイザー氏が語っています。
Why does every film and TV series seem to have the same plot? | Aeon Essays
https://aeon.co/essays/why-does-every-film-and-tv-series-seem-to-have-the-same-plot
よくあるプロットの類型としては、「ありふれた日常の世界で平凡に生きていた主人公が、ある出来事がきっかけで新たな状態に引き込まれる。その道中で主人公は新たな視点を持つ人物と出会ったり、自分の生き方に疑問を持って葛藤したりしつつ、強力な困難と対決して元の世界に帰還する」というものがあります。物語の中で、主人公が困難に立ち向かった結果が勝利だとしても敗北だとしても、元の場所へ帰ってきた主人公は人生観などが元の人物から大きく変わっています。
このような物語は「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」と呼ばれており、魅力的な物語に共通する構造のひとつだと考えられています。ヒーローズ・ジャーニーは神話学者のジョーゼフ・キャンベル氏が1949年に提起したもので、「英雄神話とは、人類が普遍的に希求する『魂の成長』を物語るもののため、必然的にワンパターンになるのです」とキャンベル氏は説明しました。ノースカロライナ大学チャペルヒル校の行動科学者によると、ヒーローズ・ジャーニーは物語理論としてだけではなく、人生に有意義な影響を与えるイメージとしても活用できるそうです。
魅力的な物語に共通する構造「ヒーローズ・ジャーニー」を自分の人生に当てはめると豊かになれると研究者らが指摘 – GIGAZINE
グレイザー氏はヒーローズ・ジャーニーの起源として、アリストテレスの「詩学」を挙げています。「詩学」の中でアリストテレスは「よく構成されたプロットは3つの主要な幕で構成される」と定義した上で、さらに「状況の逆転」や「認識(意識)の変化」といった要素も不可欠だとしています。
ヒーローズ・ジャーニーのような特定の物語構造をよく取り入れている代表的な存在はハリウッドです。イギリスにおける脚本の第一人者であるジョン・ヨーク氏は「ハリウッドは商品化したり形式化したりする傾向があります。文化が異なればスタイルも異なりますが、根底にある要素は常に同じなため、彼らは生来の何かを商品化しているのです」と述べています。一定の物語構造は、繰り返し用いられてありきたりなものになったとしても、普遍的な魅力を持つと信じている人が多く存在しています。
一方で、共通した物語構造を使用することを批判する意見もあります。アメリカの政治評論家であるウォルター・リップマン氏は著書「世論」の中で、「ハリウッドは、(共通した構造の物語を作ることで)人々の無意識に訴えかけ、非合理的な大衆をコントロールしています」と非難しました。このように、予定調和的な物語を繰り返し聞かせることで、大衆から主体性を奪い、批判的思考力を停止させるというような考え方もあります。
グレイザー氏は「物語は一種の願望充足である」として、リップマン氏の意見を一部支持し「ヒーローズ・ジャーニーという単一神話は、私たちに『変化するという幻想』を体験させる危険性があります」と指摘しました。実際は物語を見ているだけなのに、登場人物が変化する様子を見てそれに憧れることで簡単に疑似体験できてしまうと、変化するために本来必要な努力を怠ってしまうとのこと。
一方で、ディズニーで脚本アナリストとして働いた経験があり、ヒーローズ・ジャーニーの概念を凝縮して「The Writer’s Journey」という書籍を出版したクリストファー・ボグラー氏は「何も変わらず、何も学ばず、新しい発見もなく元の世界に戻ることのできる物語は、何の価値もありません。映画はヒーローズ・ジャーニーにおけるわずかな向上(変化)の機会を与えてくれます」と述べ、物語に触れることで変化のきっかけになると主張しています。
そのほか、似通った物語構造を批判した例として、「In Camera(2023年)」で知られる映画監督のナカシュ・ハリド氏に取材したときのコメントをグレイザー氏は引用しています。グレイザー氏が「In Camera」のシュールで感覚を狂わせるような構成について尋ねたところ、ハリド氏は「私は(アリストテレス的な)3幕構成には批判的です。とても西洋的で、男性的で、植民地主義的な発想だと感じます」と語りました。カリド氏によると、「一人の男が旅に出る」というヒーローズ・ジャーニーのプロットは家父長的な古いイメージであり、物語は現実を反映した形態で描かれるべきであるとのこと。
脚本家たちがあらゆるプロットを3幕(あるいは「逆転」と「認識」を加えた5幕)で構成しようとするのは、ヒーローズ・ジャーニーのプロットが人類に根付いた共通の感覚であり、なおかつその構成で成功した作品が多いことから、興行的に成功するための公式として使おうとするからだとグレイザー氏は指摘。その上でグレイザー氏は「3幕構成を完全に放棄することは、望ましいことであったとしても、実質的に不可能です。強力な物語構造を良いものと見なすにせよ、監獄と見なすにせよ、それがどのように構築されているかを理解する必要があります」と述べています。
この記事のタイトルとURLをコピーする
・関連記事
物語の良さを高めるための「強力なストーリー構造」とは? – GIGAZINE
物語を創作する際に詳細なプロットは作るべきなのか不要なのか? – GIGAZINE
小説のストーリーラインの感情変化を分析すると定番の方程式が明らかに – GIGAZINE
優れた物語を生みたいなら「脚本を書いてみるべき」というアドバイス – GIGAZINE
🧠 編集部の感想:
映画やドラマのプロットの類似性についての考察は、とても興味深いです。ヒーローズ・ジャーニーのような普遍的な物語構造が多くの創作に影響を与えていることが、視聴者に馴染み深さをもたらしている一方で、創造性を制限する可能性も感じます。物語が人間の「変化を望む」という欲求に応える一方で、実際の成長の努力を怠らせる危険性もあると指摘されており、深い洞察を得られました。
Views: 0