アメリカのドナルド・トランプ大統領は2025年4月9日に、同日始まったばかりの「相互関税」を90日間停止することを発表しました。一見すると無鉄砲な朝令暮改にしか見えないこの政策転換は、実際は「戦術的撤退」の可能性があると、政治経済の専門家は指摘しています。
◆関税が世界経済やアメリカ経済に与えるダメージ
オーストラリアにあるビクトリア大学政策研究センターの副所長であるロバート・ワシック氏と、ジェームズ・ギーゼケ教授は、世界経済モデルを使って、トランプ政権の関税政策がマクロ経済にどのような影響を与えるかを予測しました。
相互関税を打ち出したアメリカと、それに対して報復関税をかけないことを表明したオーストラリア、報復関税を実施した中国の3カ国における経済的な影響を、停止した場合としない場合に分けてシミュレーションした結果、以下のとおりになりました。
停止しない場合 | 停止した場合 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
アメリカ | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 |
実質消費 | -2.4% | -1.3% | -1.2% | -1.9% | -1.0% | -1.0% |
実質GDP | -2.6% | -2.4% | -2.1% | -2.0% | -1.8% | -1.6% |
実質投資 | -6.6% | -4.2% | -4.6% | -4.8% | -3.1% | -3.4% |
雇用 | -2.7% | 0.0% | -0.4% | -2.1% | 0.0% | -0.3% |
オーストラリア | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 |
実質消費 | 0.6% | 0.2% | 0.2% | 0.4% | 0.1% | 0.2% |
実質GDP | 0.4% | 0.3% | 0.3% | 0.3% | 0.3% | 0.2% |
実質投資 | 2.9% | 1.0% | 1.4% | 2.3% | 0.8% | 1.1% |
雇用 | 0.6% | 0.0% | 0.1% | 0.4% | 0.0% | 0.0% |
中国 | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 |
実質消費 | -0.4% | -0.6% | -0.5% | -0.5% | -0.6% | -0.6% |
実質GDP | -0.3% | -0.2% | -0.2% | -0.4% | -0.3% | -0.3% |
実質投資 | 0.6% | -0.1% | 0.1% | 0.3% | -0.2% | -0.1% |
雇用 | -0.2% | 0.0% | -0.0% | -0.3% | 0.0% | -0.1% |
停止措置の前後で全体的な傾向は似ているものの、数字を見ると関税措置を停止した場合のシナリオの方が、アメリカ経済が被る打撃が明らかに少ないことがわかります。
この結果から、ワシック氏らは「なぜトランプ大統領は広範な関税導入を撤回したのでしょうか?答えはシンプルで、アメリカにとっての経済的コストが大きすぎたからです」と結論付けました。
詳しく数字を見ていくと、一時停止しなかった場合、アメリカの実質消費は2025年だけで2.4%減少、実質国内総生産(GDP)は2.6%減少、雇用は2.7%減少し、インフレ調整後の実質投資に至っては6.6%も縮小することが予想されます。
その影響は大きく、専門家らは「これらはささいなことではありません。雇用喪失、物価上昇、家計の購買力低下など、日常生活に甚大な影響を与える大きな縮小を意味します。目下のアメリカの失業率は4.2%ですが、このシナリオ通りに進むと失業中のアメリカ人3人につきさらに2人の失業者が新しく仲間に加わることになります」と指摘しています。
ワシック氏らによると、アメリカ政府内部でもこうした見通しが立てられていた可能性が高いとのこと。また、アメリカ経済をけん引している大企業の株価が軒並み急落するなど、金融市場も大きく動揺しました。こうした点から、「この関税政策は経済的に持続不可能であり、アメリカの経済力を永久的に低下させることになる」との認識が示され、それが今回の関税停止につながったと、ワシック氏らは分析しています。
もっとも、4月9日に発表された関税停止は全面的なものではなく、報復関税を取らなかった約70カ国に対する追加関税が停止されただけで、一律10%の「相互関税」は残ります。また、84%の報復関税を発動した中国には125%の関税が課せられるほか、以前から発表されていたカナダとメキシコに対する税率25%は据え置きです。
世界的な関税の応酬よりも、一律10%の関税の方がゆがみが少なく、中国による大規模な報復関税の影響も最小限です。それでも、実質投資が4.8%落ち込んだり、雇用が2.1%縮小したりと、関税はアメリカ経済に相当な痛みをもたらしています。
◆報復関税から距離を置いた国にはメリットも
もうひとつのポイントは、報復関税をしない国はむしろある程度のメリットを享受する可能性がある点です。
ワシック氏らが作成した表(抜粋して再掲)は、報復関税をしないことを表明したオーストラリア、日本、韓国の3カ国以外の国々がアメリカと同率の報復関税を実施するとの仮定に基づいていますが、オーストラリアのデータを見ると関税を停止しなかった場合の方が実質投資などのプラスの数字が大い傾向があることがわかります。
停止しない場合 | 停止した場合 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
オーストラリア | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 | 2025年 | 2040年 | 2025~2040年平均 |
実質消費 | 0.6% | 0.2% | 0.2% | 0.4% | 0.1% | 0.2% |
実質GDP | 0.4% | 0.3% | 0.3% | 0.3% | 0.3% | 0.2% |
実質投資 | 2.9% | 1.0% | 1.4% | 2.3% | 0.8% | 1.1% |
雇用 | 0.6% | 0.0% | 0.1% | 0.4% | 0.0% | 0.0% |
報復関税をしなかった国の経済にポジティブな影響が出る理由のひとつは、アメリカ市場を見捨てた中国やヨーロッパなどの輸出業者が、その商品をオーストラリアなどの自由市場に振り向けたことによるもので、この効果は経済学者の間で「貿易転換」と呼ばれているとのこと。
また、世界的な資本需要の縮小、特にアメリカと中国における需要の減少は世界的な金利低下につながりますが、これはほかの地域への投資を刺激し、小幅ながらGDPや家計消費を持続的に上向かせることが期待されます。
◆結論と今後の展開
これらの分析結果や、トランプ大統領が関税を外交カードとして多用していることを踏まえて、ワシック氏らは「関税はトランプ政権の経済政策の中核を担っているようです。従って、広範な関税政策を一時停止するというトランプ大統領の決定は、政策理念の転換を意味するものではなく、単なる戦術的撤退を意味するのかもしれません。また、中国に高い関税を課す一方で、その他の地域の関税は低めにするという戦略の修正は、同盟国や中立国からの無用な反発を回避しつつ、主要な懸案事項に焦点を当てようとする試みを反映している可能性があります」と指摘しました。
そして、今後どうなるかについては、「この限定的なアプローチが持続可能かどうかはまだわかりませんが、最も深刻な経済の痛みは先送りになりました。この痛みが再発するかどうかは90日間の展開次第です」とコメントしました。
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