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あの時より鮮明なさっちゃんに関する記憶『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』まえだ

🧠 あらすじと概要:

あらすじ

映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、さっちゃん(伊東蒼)と小西(萩原利久)の複雑な関係を描いた物語です。物語の中盤、さっちゃんは友人の小西に告白する決心をするが、言葉にする勇気が出ず、感情を言い換えて言い淀む展開が繰り広げられます。彼女の長い話は冗長に感じられるものの、演出により緊張感が保たれます。さっちゃんの複雑な気持ちや彼女との距離感が強調され、物語は彼女が突然亡くなったことを知った小西の心の変化へと進展します。

記事の要約

この記事では、大九明子監督による映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の感想が述べられています。特に、さっちゃんと小西の告白シーンの距離感や演出の巧妙さに焦点が当てられています。告白の場面は、煩わしさや距離感を生かしながらも緊張感を持続させる工夫がなされており、視聴者に二人の関係の深さと同時に隔たりを感じさせます。また、物語が進むにつれて、小西がさっちゃんの記憶を鮮明に思い出す瞬間が描かれ、彼の心の成長を感じさせる内容であることが強調されています。

あの時より鮮明なさっちゃんに関する記憶『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』まえだ

大九明子監督の『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を観た。ジャルジャルの福徳秀介の本が原作らしい。音とか音楽とかの話は置いといて、主にさっちゃんの長話のところの距離感とかについて書く。

物語の中盤、銭湯好きなら誰もが憧れる(?)銭湯バイトを終えたさっちゃん(伊東蒼)は夜道を小西(萩原利久)と歩き、いつものように鍵を古田新太の家のポストに投函した後の別れ際小西に告白することに決める。さっちゃんは小西が自分に脈がないこと、あるいは告白しても失敗に終わることを悟っているからなのか、その決心とは裏腹に肝心の「すき」という二文字を口にする勇気もなく「好き」を「このき」と読むことではぐらかし、また小西に対してこれまで遠回しにデートに誘ったりと散々アプローチしてきたものの小西に全く相手にされなかったことからくる積もりに積もった不満のような感情も相まって、さっちゃんは長々と自分の想いを小西にぶちまける。5分にも10分にも感じられるこの時間は冗長で歯切れが悪く二人も動きがなく、ただ夜道に突っ立っているだけであるから一歩間違えば退屈な場面になりかねない。他の場面でジャンプカットが多用されていたのもあり、この場面の異常なゆったりさが際立っている。それでもここで良い緊張感が持続しているのは距離感・照明・間など計算された演出が故だと考えられる。

まず二人が立っているのは深夜の住宅街の道。当然のようにあたりは暗く二人の顔も照明に照らされていない。特にさっちゃんは固定カメラで遠くから撮られているため全身は映っているがそのぶん顔が小さくてよく見えない。もちろん途中でカメラがゆっくりとさっちゃんにズームインしていく時間帯はあるし、オレンジっぽい照明もいつの間にかついていて途中からさっちゃんの顔は明るくなるのだが、見えにくいことに変わりはない。対する小西はただ聞いているだけだが、その聞いている時の顔が時折クロースアップで映される。したがって照明が当たっていないとはいえ我々は彼の表情を視認することができる。それでも小西が何を考えているのかを捉えるのは難しい。小西を捉える手持ちカメラによる揺れは明らかに小西の動揺を表しているだろうが、その動揺が「本当に今初めてさっちゃんの想いを知った」ことから来るのか、はたまた「いまさらそんなことを言わないでほしい」ということから来るものなのかは定かではない。残念ながらさっちゃんの想いは小西に届いていなくて小西も訳が分からなくなっている、というふうにも取れる。そもそも二人の距離が遠すぎる。小西はともかくさっちゃんはしゃべっている間に距離を詰めることだってできたはずだ。にも関わらず彼らは近づいていかずただ立っているだけであり、そのことは二人の間に存在する超えられない壁を意識させる。我々が見る距離が遠く表情もよく見えないさっちゃんは小西から見たさっちゃんでもあり、小西にとってさっちゃんの想いは文字通り手の届くところにない(=小西はさっちゃんの想いを理解することができない)。銭湯でさっちゃんに告白させることもできただろうが、距離を無限に取れる道でこの場面を撮ったということが効いているように思える。

さっちゃんが交通事故で亡くなったことを知った小西は古田新太とさっちゃんの家に向かい、そこで河合優実と再会し彼女がさっちゃんの姉であったことを知る。「このき」と「さちせ」の点と点が線で繋がる瞬間である。前述した場面におけるさっちゃんに負けず劣らずの長い(がそれでいて退屈ではない)話を河合優実が披露した後、二人はスピッツの「初恋クレイジー」を聞く。さっちゃんが生前小西に何度も聞くように言っていたが結局聞いていなかった曲だ。小西の頭にはあのバイトの帰り道のさっちゃんとの記憶がフラッシュバックする。今度は照明の当たったさっちゃんの顔がクロースアップで見える。あの時より鮮明なさっちゃんの記憶は小西がさっちゃんをあの時より少しでも深く理解して前へ進んでいることを感じさせる。

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