【AI小説】紅蝶狂想曲 第13話「血塗られた羽」※R15ぺやんぐ

雨が東京の街を洗い流す夜。小鳥遊紅蝶は安全拠点の訓練場で黙々と標的を撃ち抜いていた。連続100発、全て標的の中心に命中する完璧な精度。しかし、彼女の目には通常の冷静さとは異なる光が宿っていた。

影丸との対決から一週間が経っていた。彼女の腕の傷は癒えつつあったが、彼との戦いの記憶は鮮明に残っていた。紅蝶は通常以上に訓練に打ち込み、自分の技術を更に高めようとしていた。

「まだ続けるつもり？」

霧島澪の声が背後から聞こえた。澪は紅蝶の姿を静かに観察していた。

「はい」紅蝶は短く答え、次の標的に照準を合わせた。

「もう四時間続けているわ」澪は近づきながら言った。「十分よ」

紅蝶は最後の一発を撃ち、ようやく銃を下ろした。彼女の表情には珍しい緊張感があった。

「彼のことを考えているのね」澪は紅蝶のチョーカーに指を這わせながら言った。「影丸」

紅蝶は黙って頷いた。彼女は影丸との再戦に向けて自分を追い込んでいた。彼は彼女が今まで出会った中で唯一対等に戦えた相手だった。

「新しい任務がある」澪は紅蝶の肩に手を置いた。「そろそろ準備室に来て」

紅蝶は無言で従い、澪と共に準備室へ向かった。室内には大型のスクリーンがあり、そこには一人の男性の写真が映し出されていた。

「平田正樹」澪が説明を始めた。「防衛省の情報分析官。黒樹会の内部構造について重要な情報を持っている」

紅蝶は写真の男性を観察した。40代半ば、眼鏡をかけた平凡な印象の人物だった。

「彼は黒樹会の追跡を恐れ、組織に保護を求めてきた」澪は続けた。「我々の任務は、彼を安全に組織本部まで連れてくること」

「ただの護衛任務？」紅蝶は少し意外に思った。彼女は通常、排除任務を担当することが多かった。

「平凡には思えるでしょうが」澪は重要なポイントを強調した。「彼は影丸に関する情報も持っている。出身、訓練、弱点—すべて」

紅蝶の目が光った。「いつ？」

「今夜」澪はタブレットを操作した。「彼は現在、横浜の安全ハウスに隠れている。我々はそこで彼と接触し、本部へと護衛する」

紅蝶は澪の説明を聞きながら、任務に必要な装備を頭の中で整理していた。護衛任務には狙撃銃よりも、近距離戦闘用の武器が適している。彼女は中距離用の特殊拳銃と複数のナイフを選ぶだろう。

「警戒レベルは最高」澪は続けた。「黒樹会も平田を探している。彼らは彼を黙らせるために全力を尽くすだろう」

「影丸も？」紅蝶は静かに尋ねた。

「可能性はある」澪は真剣な表情で答えた。「彼の負傷は完全には回復していないはずだが、黒樹会は彼を重要視している。彼らは彼の技術を必要としている」

紅蝶は無言で頷いた。彼女の中に奇妙な期待感が生まれていた。影丸との再会の可能性。前回の雪辱を晴らすチャンス。

「紅蝶」澪の声が厳しくなった。「今回の任務の目的は平田の護衛。影丸との個人的な決着ではない」

紅蝶は澪の目を見つめた。「理解しています」

「本当に？」澪は疑わしげに尋ねた。「あなたの中に変化を感じる。影丸との対決以来、あなたは…異なっている」

紅蝶は言葉を探した。彼女自身も自分の中の変化を感じていた。「私は…彼に負けたくない」

澪は深く息を吐いた。「わかるわ。だけど、それが任務の優先順位を変えてはいけない」

彼女は紅蝶のチョーカーを優しく引っ張り、彼女の顔を近づけた。「あなたは誰のもの？」

「あなたのもの、蛹さま」紅蝶は即座に答えた。

「忘れないで」澪の声は低く、威厳があった。「あなたの命も、あなたの復讐心も、すべて私のもの」

紅蝶の目に服従の色が浮かんだ。「はい、蛹さま」

澪は満足そうに微笑み、紅蝶を解放した。「準備して。一時間後に出発する」

横浜の夜。雨はさらに激しくなり、街の灯りが水たまりに揺れていた。紅蝶と澪は安全ハウスに近づいていた。それは港に近い古いアパートの一室だった。

「周囲の警戒を続けて」澪は通信機で指示した。

紅蝶は建物の周りを慎重に確認した。不審な動きはなく、黒樹会の存在を示すものは見当たらなかった。しかし、彼女の直感は警告を発していた。状況は穏やかすぎた。

「違和感あり」紅蝶は小声で伝えた。「静かすぎる」

澪も同様に感じていたようだ。「注意して進む」

二人は建物に侵入し、指定された部屋に向かった。ドアの前で立ち止まり、澪が特殊なノックを行った。暗号だ。

ドアが開き、平田正樹の姿が現れた。彼は明らかに緊張し、疲れた様子だった。

「平田さん」澪が小声で言った。「私たちは『影』から来ました」

平田は二人を見て安堵の表情を浮かべた。「ようやく来てくれた…」

彼は二人を部屋に招き入れ、すぐにドアを閉めた。室内は質素だったが、複数のコンピューター機器が置かれていた。

「これが私が集めた情報です」平田は小型のハードドライブを取り出した。「黒樹会の全構造、資金源、そして…」

彼は紅蝶を見た。「あなたが『氷の華』ですね。影丸のことも知りたいでしょう」

紅蝶は静かに頷いた。

「彼の本名はレイ・カザマ」平田は説明を始めた。「元特殊部隊の狙撃手で、五年前に黒樹会にリクルートされました。その技術は—」

突然、窓ガラスが割れる音がした。紅蝶は瞬時に反応し、平田を床に押し倒した。弾丸が壁に命中する音が響いた。

「狙撃！」澪が叫んだ。

紅蝶は即座に状況を分析した。「対面ビル、約300メートル」

「影丸？」澪が尋ねた。

「可能性大」紅蝶は答えた。「彼のスタイルだ」

平田は恐怖で震えていた。「彼らは私を見つけた…」

「動かないで」紅蝶は平田に指示した。「ここにいれば弾は当たらない」

彼女は窓の位置を確認し、射線の死角を計算した。「裏口から脱出できる。だが、移動中は無防備になる」

澪はすぐに決断した。「紅蝶、彼を抑止して。私が平田を連れて先に行く」

紅蝶は頷き、拳銃を構えた。「合図をください」

澪は平田の腕を掴み、「行くわよ」と言った。紅蝶は窓に向かって3発の牽制射撃を行った。その隙に、澪と平田は部屋を出た。

紅蝶は冷静に状況を見極めていた。影丸—彼女は確信していた。彼の狙撃スタイルは独特だった。精密で無駄がなく、そして常に一歩先を読んでいる。

「紅蝶、我々は階段を下りている」澪の声が通信機から聞こえた。「あなたも脱出して」

「了解」紅蝶は応答し、部屋を出る準備をした。

彼女が動いた瞬間、再び銃声が響いた。弾丸が彼女のすぐ横の壁に命中した。影丸は彼女の動きを予測していた。

「彼は私を狙っている」紅蝶は通信機に伝えた。「平田ではなく」

「彼が復讐を求めているのね」澪の声には懸念が混じっていた。「でも任務は平田の護衛。紅蝶、撤退して」

紅蝶は一瞬躊躇した。彼女の中には二つの衝動があった。影丸との決着をつけたいという欲求と、澪の命令に従うという絶対的な義務。

「紅蝶」澪の声が厳しくなった。「これは命令よ。撤退して」

チョーカーの存在を感じながら、紅蝶は決断した。「了解。撤退します」

彼女は巧みな動きで部屋を出て、階段に向かった。しかし、彼女が階段を数段下りたところで、新たな危険を感じた。階下から足音が聞こえる。複数の人間が上がってくるようだった。

「澪、状況は？」紅蝶は通信機に問いかけた。

「一階に到達」澪の声が答えた。「車に向かっている」

「階下に敵」紅蝶は警告した。「私は別ルートで脱出する」

彼女は窓を見つけ、外を確認した。雨の中、隣のビルの屋根が見えた。難しい跳躍だが、不可能ではない。

紅蝶は窓を開け、深呼吸した。そして、勢いをつけて跳んだ。彼女は見事に隣のビルの屋根に着地し、バランスを崩すことなく走り続けた。

「別ルートで脱出中」彼女は報告した。「集合地点に向かいます」

「了解」澪の声が聞こえた。「我々は既に車に乗った。急いで」

紅蝶は屋根から屋根へと移動し、都市の地形を利用して効率的に進んだ。彼女は常に周囲を警戒し、追手の存在を感じ取ろうとしていた。

突然、彼女の直感が危険を告げた。紅蝶は即座に身を伏せ、その瞬間、彼女がいた場所を弾丸が通過した。

「彼はまだ私を追っている」紅蝶は思った。「私だけを」

彼女は拳銃を構え、弾丸が来た方向を見た。雨と夜の闇の中、彼女はかすかに人影を捉えた。約200メートル先の高い建物。影丸の位置だ。

「紅蝶、どうした？」澪の声が焦りを含んでいた。

「影丸との交戦中」紅蝶は冷静に答えた。「彼は私を追っている」

「撤退を続けて」澪は命令した。「彼との決着は今じゃない」

紅蝶は澪の命令に従い、移動を続けた。しかし、影丸は執拗に彼女を追跡していた。彼女が動くたびに、彼の弾丸が彼女の動線を追いかけてきた。

「彼は私の動きを読んでいる」紅蝶は分析した。「彼は私を研究している」

彼女は予想外の動きをするために、突然方向を変え、より危険な跳躍を試みた。隣のビルへの距離は長かったが、彼女は躊躇なく飛んだ。

着地の瞬間、彼女は足を滑らせた。雨で濡れた屋根は予想以上に滑りやすかった。紅蝶は必死にバランスを取ろうとしたが、彼女が体勢を崩している瞬間を影丸は見逃さなかった。

銃声が響き、紅蝶の腹部に激しい痛みが走った。彼女は倒れ、屋根の端に向かって滑り落ちた。咄嗟の反応で、彼女は屋根の縁を掴んだが、傷からの痛みで力が入らなかった。

「紅蝶！」澪の声が通信機から聞こえた。「応答して！」

「被弾…」紅蝶は息を切らしながら答えた。「腹部…」

「どこ？位置を教えて」澪の声には珍しい動揺が混じっていた。

紅蝶は周囲を見て、位置を確認した。「南港区…倉庫街…」

彼女の視界が曇り始めていた。出血が激しいようだった。彼女は必死に縁を掴み続けたが、雨で濡れた手が徐々に滑り始めていた。

「紅蝶、聞いて」澪の声が強く、命令的だった。「絶対に諦めないで。私はすぐそこに行く」

紅蝶は澪の声に力をもらった。「はい…蛹さま…」

彼女は最後の力を振り絞り、自分を引き上げようとした。しかし、傷の痛みが彼女を襲い、彼女は再び滑り落ちそうになった。

その時、彼女の手を掴む別の手があった。紅蝶は驚いて見上げた。

「影丸…」

彼の顔はフードで隠されていたが、確かに彼だった。彼は紅蝶を引き上げ、屋根の上に戻した。

「なぜ…」紅蝶は混乱して尋ねた。

影丸は冷たく答えた。「私はお前を殺したい。だが、こんな形ではない。公平な戦いで」

彼はフードを少し上げ、顔を見せた。若く、鋭い目を持つアジア人の男性だった。

「次は逃がさない」彼は言い残し、雨の中に消えていった。

紅蝶は傷を押さえながら、彼の去り際を見つめた。彼女の中に奇妙な感情が生まれていた。敵意と尊敬が混じり合った複雑な感情。

「紅蝶！」澪の声が再び聞こえた。「応答して！」

「無事…です」紅蝶は弱々しく答えた。「だが…出血多量…」

「位置を確認した」澪が言った。「そこを動かないで。すぐに着く」

紅蝶は傷を押さえながら、雨に濡れた屋根の上で待った。彼女の意識が薄れていく中、彼女は澪のことだけを考えていた。

「蛹さま…」彼女は小さく呟いた。「あなたのために…生きる…」

紅蝶が目を覚ましたとき、彼女は組織の医療施設のベッドに横たわっていた。明るい光が彼女の目を刺激し、彼女は少し目を細めた。

「ようやく目を覚ましたわね」

澪の声が聞こえ、紅蝶は頭を動かして彼女を見た。澪はベッドの横の椅子に座り、疲れた表情で彼女を見つめていた。

「蛹…さま」紅蝶の声はかすれていた。

「動かないで」澪は言った。「腹部の傷は深かった。手術が必要だった」

紅蝶は自分の状態を確認するように体を動かしてみた。鈍い痛みが腹部から広がったが、致命的ではなかった。

「平田は？」彼女は任務を思い出して尋ねた。

「安全よ」澪は答えた。「彼は本部に到着し、全ての情報を提供した」

紅蝶はほっとした表情を浮かべた。「任務は成功…」

「ええ」澪は少し厳しい目で彼女を見た。「だけど、あなたはほとんど死ぬところだった」

紅蝶は黙って視線を落とした。彼女は失敗を認識していた。

「影丸があなたを助けた」澪は続けた。「なぜ？」

「彼は…公平な戦いを望んでいる」紅蝶は思い出しながら答えた。「彼は…私を理解している」

澪の表情が複雑になった。「彼もあなたと似ている。二人とも完璧な暗殺者。そして、二人とも何かに駆り立てられている」

紅蝶は澪の目を見つめた。「私を駆り立てるのは…あなただけです」

澪の表情が柔らかくなった。彼女は手を伸ばし、紅蝶のチョーカーに触れた。「知っているわ」

彼女はベッドに近づき、紅蝶の額に優しくキスをした。「でも、二度とこんな危険を冒さないで。あなたを失うことは…受け入れられない」

紅蝶は澪の言葉に心が震えるのを感じた。「申し訳ありません…」

「平田から影丸についての情報を得た」澪は話題を変えた。「彼の過去、訓練、そして弱点」

紅蝶の目が光った。「彼の…弱点？」

「ええ」澪は頷いた。「彼の右膝には古い負傷がある。完全には回復していない。それが彼の唯一の肉体的弱点」

紅蝶はその情報を記憶した。影丸との再戦は避けられない。次回は、彼女は準備ができているだろう。

「だけど」澪の声が厳しくなった。「それは今後の話。まずはあなたの回復が最優先」

紅蝶は素直に頷いた。「はい、蛹さま」

澪は立ち上がり、紅蝶の髪を優しく撫でた。「休みなさい。私はそばにいるから」

紅蝶は澪の存在に安心感を覚えながら、再び目を閉じた。彼女の体は傷ついていたが、彼女の決意は更に強くなっていた。影丸—彼は彼女の対極であり、そして奇妙な絆で結ばれた存在となっていた。

数日後、紅蝶の容態は安定し、彼女は徐々に回復していた。澪は毎日彼女の側にいて、回復を見守っていた。

彼女らはこの静かな時間を利用して、平田から得た情報を分析していた。黒樹会の構造、彼らの目的、そして影丸の詳細なプロファイル。

「彼は孤児だった」澪はタブレットの情報を読み上げた。「幼い頃から軍事訓練を受けさせられ、10代で最初の暗殺を実行したという」

紅蝶は静かにその情報を聞いていた。彼女自身の過去と似ている部分があった。彼女も幼い頃から「影」に所属し、冷酷な訓練を受けてきた。

「彼もまた、誰かの道具なのね」澪は思案した。「黒樹会の道具」

「彼は言った」紅蝶は回想した。「『我々は皆、誰かの駒だ』と」

澪は紅蝶を見つめた。「あなたもそう思う？」

紅蝶は考え、そして首を振った。「いいえ。私は駒ではありません。私は…」

彼女は澪の目を見つめた。「私はあなたの蝶です。それは選択であり、運命です」

澪の目に温かな光が宿った。「そう…あなたは私の蝶」

二人は長い沈黙の中でお互いを見つめた。彼らの関係は任務や組織を超えた、深い絆へと変化していた。

「回復したら」澪は静かに言った。「新たな任務がある。だが今度は、より慎重に計画を立てましょう」

紅蝶は頷いた。「はい、蛹さま」

外では雨が上がり、朝日が雲間から差し込んでいた。新たな日の始まりを告げるかのように。

「血塗られた羽でも」澪は紅蝶の傷が癒えつつある腹部に優しく触れた。「あなたはまだ飛べる。私の美しい蝶」

紅蝶は初めて、純粋な幸福の微笑みを浮かべた。「あなたがいる限り、私は飛び続けます」