「目に金を注射する治療」と聞くと、思わず耳を疑ってしまうかもしれません。
けれどもこれは、都市伝説でも突飛なSFでもなく、れっきとした科学研究に基づいたものです。
アメリカ・ブラウン大学(Brown University)の研究チームが、金のナノ粒子と近赤外線レーザーを用いた画期的な視力回復技術を開発し、網膜疾患への新たな治療法として発表しました。
マウス実験では視力の部分的な回復に成功しています。
この成果は2025年3月20日付の『ACS Nano』誌に掲載されました。
目次
- 加齢黄斑変性の新たな治療法!?金を眼球に注入するアイデア
- マウスに金ナノ粒子を注入し視力を回復させることに成功
加齢黄斑変性の新たな治療法!?金を眼球に注入するアイデア

加齢黄斑変性(Age-related Macular Degeneration:AMD)は、視野の中心がぼやけたり、黒く抜け落ちるように見えたりする進行性の眼疾患です。
網膜の中心にある「黄斑」と呼ばれる部位がダメージを受けることで発症し、高齢者を中心に世界中で患者が増加しています。
黄斑は、細かいものを識別したり色を見分けたりする働きをもっており、「網膜の中では一番大切な場所」とさえ言われています。
そのため、加齢黄斑変性の症状が進行すると、読書や運転、人の顔の識別といった日常の視覚活動が困難になり、重度の場合は失明に至ることもあります。
現時点では、進行を遅らせるための抗VEGF薬(血管内皮増殖因子阻害薬)の眼内注射が主な治療法とされていますが、既に光受容体が損傷・死滅しているケースでは視力回復が非常に困難でした。

そこで、ブラウン大学の研究チームが提案したのが、金ナノ粒子を網膜に注入し、そこを近赤外線レーザーで刺激するというアイデアです。
金の粒子は光や熱にとても敏感で、レーザーを受けるとわずかに熱を出します。
この熱が、光受容体の次にある神経細胞(双極細胞や神経節細胞)を活性化させ、視力回復に導くというのです。
では、実験ではどのような結果になったのでしょうか。
マウスに金ナノ粒子を注入し視力を回復させることに成功
研究では、網膜変性のモデルマウスに金ナノ粒子を注入し、その眼に近赤外線レーザーを照射しました。
そしてマウスの脳活動を計測したところ、レーザー照射時に明確な神経反応が観察されました。

これは、視覚情報が脳に届いている証拠であり、マウスが「見る」という機能を部分的に取り戻したことを意味しています。
また炎症や毒性といった有害な副作用も確認されませんでした。
研究チームは、「ナノ粒子は大きな毒素もなく、網膜に何カ月も留まることができる」と述べています。
安全性と持続性の両方で優れた成績を示したことから、この技術は人間に応用できる治療法として注目を集めています。
もちろん、ヒトへの臨床試験へと進むにはさらなる研究が必要です。
それでも、「金を注入して目に光を取り戻す」という一見奇抜な発想が、最新の科学技術によって私たちの大切な視力を回復させるかもしれません。
参考文献
Gold Injections in The Eye May Be The Future of Vision Preservation
https://www.sciencealert.com/gold-injections-in-the-eye-may-be-the-future-of-vision-preservation
Gold nanoparticles offer new hope for vision restoration
https://www.news-medical.net/news/20250416/Gold-nanoparticles-offer-new-hope-for-vision-restoration.aspx
元論文
Intravitreally Injected Plasmonic Nanorods Activate Bipolar Cells with Patterned Near-Infrared Laser Projection
https://doi.org/10.1021/acsnano.4c14061
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部