話すことも、手を動かすこともできない――そんな状態でも、人は自分の「意思」を世界に発信できるのか?
ついにその答えが現実のものとなりました。
イーロン・マスク氏が共同設立した米国のニューロテクノロジー企業「Neuralink」の脳インプラント技術により、重度の障害を抱えるALS患者の男性が、自らの脳信号だけでYouTube動画を編集し、自分の“声”でナレーションまでつけることに成功したのです。
これまで想像の中だけだった「脳で操作する未来のコンピュータ」が、ついに人間の生活を変え始めました。
目次
- 脳の「思考」だけでYouTube動画を作成
- 以前の音声データから「クローンボイス」を作成
脳の「思考」だけでYouTube動画を作成
この驚くべき映像を公開したのは、アメリカ在住のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者、ブラッド・スミス氏です。
ALSは筋肉を動かすための神経が次第に壊れていく病気で、筋肉の萎縮や麻痺を引き起こします。
あの有名なイギリスの理論物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士がALSを患っていたことで有名です。
スミス氏も全身の運動機能を失っており、以前までは話すこともできましたが、すでに声も出せない状態になっているといいます。

それでもスミス氏は家族の懸命な支えとともに、Neuralinkの開発した「脳-コンピュータ・インターフェース(BCI)」に生きる希望を見出しました。
スミス氏はBCIチップを脳に埋め込まれた世界で3番目の人物であり、ALS患者としては初めての試験者です。
スミス氏の頭部に埋め込まれたインプラントは、5枚の硬貨を重ねたほどのサイズで、1024本の電極を内蔵。
これらの電極が15ミリ秒ごとに脳のニューロンの発火を記録し、AIがこれらの信号を処理して、本人の意図した動きをリアルタイムで画面上のカーソルに反映させます。

この装置は脳の運動皮質から「カーソルをどこにどう動かしたいか」という信号を読み取り、MacBook Proのマウスを“意思”だけで操作することを可能にするのです。
スミス氏は当初、「手を動かす」イメージを思い浮かべてカーソルを操作しようとしたものの、なかなかうまくいきませんでした。
しかし試行錯誤の末、「舌を動かす」「顎を噛みしめる」といったイメージを思い浮かべると、信号が安定して伝わることがわかり、思考によるマウス操作が格段に向上しました。
これにより、スミス氏はYouTube動画を編集し、世界初となる「Neuralink編集動画」を完成させたのです。
さらに驚くべきは、スミス氏の失われた声もAIによって再現されたことです。
実際の動画とともに見てみましょう。
以前の音声データから「クローンボイス」を作成
ALSは進行性の疾患であり、話す・動く・呼吸するなどの自発的な筋肉の動きが徐々に失われていきます。
スミス氏も例外ではなく、言葉を話す能力をすでに失っていました。
しかし彼が声を失う以前に録音されていた音声データをもとに、AIが「クローンボイス(合成音声)」を作成。
動画では、彼自身の声に極めて近い音声でナレーションが行われており、まるでスミス氏が再び話し始めたかのような印象を受けます。
発音もまったく違和感がありません。
実際の動画がこちら。
Neuralinkの技術により、スミス氏は昼夜問わず自由にコミュニケーションが可能となり、今では子どもたちと「マリオカート」を一緒にプレイするまでになっています。
「ここまで来るのに何年もかかりました。これまでの苦労を思い返すと、いまでも泣いてしまいます」と語るスミス氏。
彼にとってこの技術は、失われた自由とつながり、そして「他人のために何かをする」という新たな生きがいを与えてくれたといいます。
参考文献
World First: Neuralink Patient Makes YouTube Video With Brain Implant
https://www.sciencealert.com/world-first-neuralink-patient-makes-youtube-video-with-brain-implant
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
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