土曜日, 5月 3, 2025
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「脊索動物なのに海洋プランクトン扱いされるオタマボヤ」遺伝子解析で奇妙さがさらに加速


一見ただのプランクトンにしか見えない小さな透明生物「オタマボヤ」。

成体になってもオタマジャクシのような姿で海中を漂うというユニークな生活史を持ち、その体のつくりは脊索動物の中でも極端に単純であり、そのサイズの小ささから海洋プランクトンに位置付けられています。

ゲノムサイズもゾウリムシと同じ程度しかなく、脊索動物としても最小クラスです。

しかしその正体は実は私たち人間と同じ脊索動物の仲間です。

鹿児島大学(KU)で行われた研究によって、この不思議なオタマボヤは体を作る遺伝子の働きと言う点でも他の生物と大きく異なっており、基礎的なステップをいくつか省略していたことが発見しました。
なぜオタマボヤはこんなにも奇異な存在になってしまったのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年3月18日に『Development』にて発表されました。

目次

  • 脊索動物なのにプランクトン?オタマボヤとは何者か
  • オタマボヤは「受精から生まれるまで3~4時間」「大人になるまで10時間」しかかからない:高速発生の仕組み
  • “いらないものは捨てる” 削ぎ落とし進化

脊索動物なのにプランクトン?オタマボヤとは何者か

脊索動物なのにプランクトン?オタマボヤとは何者か
脊索動物なのにプランクトン?オタマボヤとは何者か / Credit:「最も単純な体の脊索動物」オタマボヤの遺伝子発現をカバーしたデータベースを構築。オタマボヤの体づくりはホヤとは異なる!

オタマボヤは動物分類学上、脊椎動物に近い「脊索動物」に属しホヤの仲間とされる生物です。

同じ脊索動物に属する動物としては、ヤツメウナギが比較的有名です。

しかしオタマボヤは脊椎動物やヤツメウナギたちとは比べ物にならないくらい小さく体長は数ミリ程(大型種でも1cm前後)で自由遊泳するプランクトンに分類されます。

脊椎動物に近い存在がプランクトンとして分類されているというと、意外に思われる方も多いかもしれません。

ただ「プランクトン」とは実は進化的な分類ではなく、“海中を漂う生活様式”を示す存在の総称に過ぎません。

オタマボヤも魚やイカのように自力で活発に泳いで移動するわけではなく、海流に乗って流されて生きているために、大きく「プランクトン」に括られてしまうのです。

また通常、ホヤの仲間は成体になると海底などに固着する種類が多いのですが、オタマボヤは最後まで固着せず、幼生の姿のまま成熟する(ネオテニー)ため、成体でも幼生に似た単純な体構造に留まります。

こうしたう独特の生態が、オタマボヤに特異な進化や体づくりの戦略をもたらしている可能性があり、そこに研究者が強い興味を抱く要因のひとつともなっています。

特に注目すべきは、オタマボヤの体は脊索動物としては驚くほどシンプルなところです。

その体には脊索や中枢神経こそ備わっていますが、細胞数はわずか約4,500個に過ぎません。

淡水プランクトンとして知られるミジンコ類の成体が数十万から百数十万個と考えられるため、オタマボヤの4,500細胞という数字がいかに“桁違いに少ない”かが際立ちます。

発生学的にも尾索動物の中で最も単純な体を持つ生物とされています。

さらにオタマボヤは脊索動物中最小のゲノムサイズを持つ生物としても知られています。

ヒトのゲノムサイズが約3.2ギガベースであるのに対し、オタマボヤのゲノムサイズはわずか約70メガベースしかありません。

このサイズは単細胞の動物プランクトンであるゾウリムシ(72メガベース)とほぼ同じで、寄生性生物を除けば多細胞生物で最小クラスです。

このように、オタマボヤは体だけでなくゲノムも極限までコンパクト化した生物と言えます。

また世代の短さと大人になる時間の短さも際立っています。

オタマボヤは世代時間が約5日間と短く、卵の受精からわずか10時間で成体と同じ形態が完成するという驚異的なスピードで発生が進みます。

これは脊索動物として例外的な速さであり、どのような遺伝子制御でそれが可能になっているのか興味が持たれていました。

いったいどんな仕組みがオタマボヤの超高速な一生と成長を支えているのでしょうか?

オタマボヤは「受精から生まれるまで3~4時間」「大人になるまで10時間」しかかからない:高速発生の仕組み

オタマボヤは「受精から生まれるまで3~4時間」「大人になるまで10時間」しかかからない
オタマボヤは「受精から生まれるまで3~4時間」「大人になるまで10時間」しかかからない / Credit:「最も単純な体の脊索動物」オタマボヤの遺伝子発現をカバーしたデータベースを構築。オタマボヤの体づくりはホヤとは異なる!

なぜオタマボヤはそんなに生き急いでいるのか?

謎を解明すべく研究者たちはオタマボヤの全発生過程にわたる遺伝子発現プロファイルを網羅的に解明し、近縁のホヤとの比較を行うことにしました。

具体的にはオタマボヤの受精卵から成体になるまでの各段階でどんな遺伝子が働いているかを網羅的に調べ、そのデータベースを構築するという壮大な計画です。

これにより、オタマボヤの発生プログラムの全貌と近縁種との異同が明らかになると期待されました。

すると、幾つか奇妙な結果が得られました。

1つ目は発生初期からの活発な遺伝子活性です。

受精後ごく初期(16~32細胞期)の胚で、既に約950個もの遺伝子が初期発現を開始していることが判明しました。

これは母親由来の物質だけに頼らず、胚自身のゲノムが非常に早い段階から動き出すことを意味します。

典型的な動物発生では受精卵由来のmRNAやタンパク質により初期の発生が進み、ある段階でゲノム活性化が起こります。

しかしオタマボヤではそのスイッチオンが極めて早期に起こるようです。

2つ目は転写因子群の大幅な簡略化でした。

転写因子は、細胞という巨大な図書館で“本棚の鍵”を持つ司書のような存在です。

読みたい遺伝子(本)の前に立ち、鍵を差し込んで表紙を開くと、その設計図のコピー機に送られて設計図の部分写し(RNA)が作られ始めます。

どの棚を開けるか、何冊同時に並べるかを瞬時に判断しているため、司書の采配ひとつで細胞の“今日の業務”が決まります。

もし鍵を失ったり間違った棚を開けたりすると、必要な設計図が読めずに細胞の機能全体が滞る――まさに細胞経営の要(かなめ)です。

そんな大切な転写因子ですが、32細胞期の胚で発現している転写因子は25種類に過ぎないことが分かりました。

同じ段階のホヤ胚ではこの倍以上の転写因子が働くことが知られています。

つまりホヤの胚発生を支える転写因子の半数以上が、オタマボヤでは存在しないか全く使われていないのです。

言い換えれば、オタマボヤはホヤに比べて発生過程の遺伝子制御網が大幅に圧縮・簡略化されています。

3つ目は母性mRNA局在パターンの違い

多くの動物では、未受精卵中に蓄えられた母性因子mRNAが受精後に胚内の特定領域へ再分配されることで体の前後が決められます。

卵子の中にはあらかじめ大量の設計図の部分写しが存在しており、受精が始まると「部分写し作業(RNAの0からの生産)」の過程をかなり飛ばして、素早く発生が始まります。

ホヤの卵は、受精するとすぐに中身が「ザバーッ」と流れ動き、母親が入れておいた遺伝子メッセージ(母性mRNA)が卵の下側に集まります。

ところがオタマボヤは、最初からそのメッセージを下側に並べたまま受精を待つので、あとでかき混ぜる作業がいりません。

さらに別のメッセージは、卵が分裂していく途中で“仕分け係”のように後ろ側の細胞へ振り分けられるしくみが働きます。

つまりオタマボヤでは、受精前から必要な母性因子の配置が完了しており、受精後の大掛かりな再配置を行いません。

その分、オタマボヤ胚は発生開始と同時に自前の遺伝子群を起動し、少ない調節因子で各細胞の運命を一気に決定して突き進みます。

まさに「一直線に突っ走る」タイプの発生プログラムであると言えるでしょう。

海の表層は栄養や温度が日替わりで変わる気まぐれな世界です。

オタマボヤは卵からわずか数日で大人になり産卵できる超時短ライフを武器に、「いい環境が整ったら逃さずに一気に増えることができる」戦略をとります。

プランクトンの大発生など短期間しか続かない餌の山を取りこぼさないので、わずかな好機でも個体数を爆発的に増やせます。

逆に環境が悪化すると成体はあっさり死に、水中に残った卵や幼生が漂いながら次のチャンスを待つため、大集団としてのリスクも抑えられます。

こうした瞬発力重視のライフスタイルこそが、変動の激しい外洋でオタマボヤが生き残る鍵になっています。

“いらないものは捨てる” 削ぎ落とし進化

今回の研究により、オタマボヤが極めて簡略化された遺伝子プログラムで体づくりを行っていることが明らかになりました。

これは、不要な遺伝子を失うことによって新たな発生様式が生まれる可能性を示唆しています。

従来、進化は機能の追加によって形づくられると考えられがちでしたが、オタマボヤの例は「削ぎ落とす」ことでも十分に多様性が生まれることを教えてくれます。

脊索動物の基本設計を支える最小限の遺伝子セットが浮かび上がり、「本当に必要な要素だけ」で体軸や細胞運命を決定できることに驚かされます。

この“最小限発生プログラム”の全貌は、発生生物学にとどまらず再生医療や合成生物学にも新たなヒントを与えるでしょう。

例えば、必要最低限の遺伝子だけで人工的に胚発生を再現する試みや、簡素化モデルを用いた実験系の構築が期待されます。

また本研究で構築されたステージ別遺伝子発現データベースは、オタマボヤをモデル生物として利用するための貴重な基盤となります。

世界中の研究者が自由に利用できるオープンデータとして、進化発生学やゲノム解析の新たな発展を後押しするでしょう。

短い世代時間と容易な飼育環境を武器に、今後は遺伝子機能の直接検証やゲノム編集を組み合わせた実験が活発化することが予想されます。

ホヤとオタマボヤの発生プログラムを比較することで、「何を残し、何を捨てても脊索動物の形が作れるのか」という進化の普遍性にも迫ることができるでしょう。

オタマボヤは“生命が用意したシンプルかつ洗練された実験系”として、これからも多くの謎を解く鍵となりそうです。

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元論文

Transcriptomes of a fast-developing chordate uncover drastic differences in transcription factors and localized maternal RNA composition compared with those of ascidians
http://dx.doi.org/10.1242/dev.202666

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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