現代人の多くは毎日、知らず知らずのうちに長い時間を座って過ごしています。
デスクワーク、通勤、テレビ視聴、スマホなど、そのすべてが「座りっぱなし」と関連しています。
しかしこの「座りっぱなし」という行動が、将来的に脳を縮ませ、認知能力を奪う要因になるとしたらどうでしょう?
米ヴァンダービルト大学医療センター(VUMC)による最新研究は、私たちにそうした警鐘を鳴らしています。
この研究によると、1日の座位時間が長いほど、脳が縮小し、認知機能が低下し、ひいてはアルツハイマー病の発症リスクを高める可能性が示されたのです。
研究の詳細は2025年5月13日付で医学雑誌『Alzheimer’s & Dementia』に掲載されています。
目次
- 運動習慣があっても、座る時間が長いと効果なし
- なぜ座りっぱなしは脳を萎縮させるのか?
運動習慣があっても、座る時間が長いと効果なし
研究チームは今回、50歳以上の成人男女404名にウェアラブル端末を装着してもらい、1日24時間の活動を7日間にわたって記録しました。
さらにその後7年にわたりMRIスキャンと認知機能テストを定期的に行い、脳の状態と記憶・言語能力の変化を精密に追跡しました。
その結果、1日に13時間前後を座って過ごしていた人々は、脳の特定領域がより早く萎縮し、認知機能も低下していたことが判明したのです。
とくにダメージが確認されたのは、記憶に関わる海馬や、言語処理を担う領域です。
重要なのは、調査対象者の約87%が、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が推奨する「週150分の中強度運動」を達成していたという点です。
つまり、運動をしていても、座っている時間が長い人は脳の老化が進んでいたのです。
また、座位行動と脳萎縮の関連性は、遺伝的にアルツハイマー病のリスクが高い「APOE-ε4」アレルを持つ人々で特に強く見られました。
これにより、「運動習慣があれば、座っていても問題ない」という従来の楽観的な考えは見直されつつあります。
「アルツハイマー病のリスクを下げるには、1日1回運動するだけでは不十分です。日中にどれだけ座っているかを意識することが、脳の健康維持には欠かせません」と、研究主任のマリッサ・ゴグニアット(Marissa Gogniat)博士は警告します。
なぜ座りっぱなしは脳を萎縮させるのか?
では、なぜ「座る」ことが、脳の萎縮や認知機能低下につながるのでしょうか?
研究チームは複数の可能性を示しています。
まず1つ目は、血流の停滞です。
長時間動かずにいると、脳への血流が滞り、必要な酸素や栄養素が供給されにくくなります。
これは脳細胞の可塑性(新しい情報への適応能力)を低下させ、神経細胞の減少にもつながる可能性があります。
2つ目は、慢性的な炎症の誘発です。
座位行動の多い生活は、体全体に低レベルの炎症反応を起こしやすく、これが神経細胞の障害を進行させる要因になると考えられています。
3つ目は、シナプス形成の減少です。(シナプス=脳内の神経細胞同士がつながり、情報を伝達する接合部のこと)
動きが少ない生活では、脳内で情報を伝えるシナプスの形成が減り、記憶や学習機能が衰えていくのです。
動物実験でも、狭いケージで動きが制限されたラットは、走るホイールを使えたラットに比べて酸化ストレスの指標が高く、脳の状態が悪化していました。

さらに見逃せないのは、こうした悪影響が運動とは別のメカニズムで進行するという点です。
たとえ週に数回ジムに通っていても、日中ずっと椅子に座りっぱなしでは、脳へのダメージは避けられない可能性があるのです。
今回の研究は、「運動すればすべて解決」とするこれまでの健康常識に、一石を投じるものとなりました。
たとえ日常的にウォーキングをしていても、座っている時間が長ければ、脳は静かに衰えていく――そんな警告が、科学的データによって裏付けられたのです。
今この瞬間、あなたはどれだけの時間、座っているでしょうか?
脳を守る第一歩は「運動の時間を増やす」ことではなく、「座りっぱなしの時間を減らす」ことかもしれません。
参考文献
Sitting Could Be Shrinking Your Brain (And Exercise May Not Help)
https://www.sciencealert.com/sitting-could-be-shrinking-your-brain-and-exercise-may-not-help
Study reveals sedentary behavior is an independent risk factor for Alzheimer’s disease
https://news.vumc.org/2025/05/13/study-reveals-sedentary-behavior-is-an-independent-risk-factor-for-alzheimers-disease/
元論文
Increased sedentary behavior is associated with neurodegeneration and worse cognition in older adults over a 7-year period despite high levels of physical activity
https://doi.org/10.1002/alz.70157
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
🧠 編集部の感想:
この研究は、現代人の「座りっぱなし」が脳に与える影響について警鐘を鳴らしています。運動をしていても座る時間が長ければ、脳の老化が進むという新たな認識が必要です。意識的に座っている時間を減らすことが、脳の健康維持には不可欠だと感じました。
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