水曜日, 4月 30, 2025
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「女の子になってハラスメントを受けてみた」VR性転換で見えた心の変化


あなたがVRの中で異性の体を手に入れ、自分とは違う性別として生活してみたら、一体どんな気分になるでしょうか?

鏡に映る自分の姿も、周囲からの扱われ方もガラリと変わります。

そのとき私たちの心にはどんな変化が起こるのか――この不思議な問いに、近年の研究が少しずつ答えを出し始めています。

たとえば夜の地下鉄ホーム、薄暗い明かりの中で電車を待つあなた。

突然、背後から男たちの笑い声が聞こえ「可愛いねーキミ」と軽薄な声が投げかけられ「ヒューヒュー」と口笛が響いたらどう感じるでしょうか。

このような男性からの呼びかけはキャットコーリングと呼ばれており、女性にとっては男性から受ける代表的な不快な言動とされています。

日本語にはなかなか対応する表現がないのですが、セクハラの一種で「性的なヤジ」あるいは「ストリートハラスメント」という言葉が近いでしょう。

ですがイタリアのボローニャ大学(UNIBO)で行われた研究によって、VR技術の力を借りて性転換をした男性たちが女性になりきって、このキャットコーリングを体験することを可能にしました。

VRで女性に性転換した場合、男性はキャットコーリングをどのように感じるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年4月15日に『PsyArXiv』にて発表されました。

目次

  • 異性の身体を体験すると自己認識はどう変わる?
  • VRで異性になりきったら心に何が起きる?
  • VR性転換を教育・研修・治療に活かす

異性の身体を体験すると自己認識はどう変わる?

異性の身体を体験すると自己認識はどう変わる?
異性の身体を体験すると自己認識はどう変わる? / a/Credit:Chiara Lucifora et al . PsyArXiv (2025)

街中で女性が浴びる痴漢まがいのヤジや口笛――いわゆるキャットコーリングは、決して他人事ではありません。

例えばある調査では、女性が日常で遭遇する不快な状況の42%が言葉によるハラスメントだったと報告されています。

日本のアニメやマンガ、映画の世界でもこのようなキャットコーリングを行う「チンピラ」役が登場し、ヒロインが不快さを感じるシーンがあるので、その情景を思い出すのは難しいことではないでしょう。

しかし男性側には、その屈辱や恐怖の実感がなかなか伝わりません。

というのも男性側はしばしばキャットコーリングは「軽い褒め言葉」や「善意」であり、特に深刻な影響を与えるものではないと考えられがちです。

そこで登場したのが、VRを使ってハラスメントを可視化して追体験させる試みです。

これまでの研究により、異性の体を与えられた人間は、心理的にも身体的にも異性のような反応をとることが報告されています。

たとえばVR体験で反対の性別の身体に入ると自己評価が“男女中間”へ傾くことが知られています。

またVR空間で女性になった男性には「女性は数学が苦手」という固定観念に奇妙な同調が起こり、数学のテスト成績が下がるケースも報告されています。

さらに異性の立場を疑似体験することで理解が深まり、異性の境遇への共感が強まることも知られています。

他にも筋肉質だったり防御力が高そうなアバターでは、熱による痛みの不快感が軽減するなど、感覚の感じ方にも影響があらわれることがわかりました。

ではVRで女性に性転換した場合、男性もキャットコーリングに対して女性のような強い嫌悪権を感じるようになるのでしょうか?

それともあくまで中身の性別の感覚が優先で、あくまでそれは「軽い褒め言葉」で、害のないコミュニケーションという考えを維持し続けたのでしょうか?

そこで今回研究者たちは、男性参加者に女性アバターを与え、キャットコーリングに対する反応を調べることになりました。

VRで異性になりきったら心に何が起きる?

VRで異性になりきったら心に何が起きる?
VRで異性になりきったら心に何が起きる? / 図:VR内で男性参加者が鏡に映る女性アバターの姿を見ている様子(ルチフォラらの実験より)。 まず寝室のシーンで、自分の身体が金髪の若い女性になったことを確認します。 そして地下鉄駅のホームに移動すると、周囲にいる男性アバター達からcatcalling(「ねぇ、そこの可愛い子ちゃん」「笑ってみせてよ」等)を受ける設定となっています。/Credit:Chiara Lucifora et al . PsyArXiv (2025)

ルチフォラ氏らの研究では、20代の男性36人が被験者となりました。

全員がVRゴーグルを装着し、一人称視点で女性の身体を動かせるように設定されています。

仮想空間のシナリオは二段構えです。

まず最初のシーンでは、参加者は自分が女性になった姿を鏡に映して確認します。

現実の自分の動きに合わせて、鏡の中の女性アバターも手足を動かし、まるで自分が本当に女性の体を得たかのような錯覚を起こさせます。

次のシーンでは、場所が地下鉄のホームに切り替わり、参加者の周囲に男性アバターが3人現れます。

ここで実験群では、男性アバター達が順に「ねぇ、どこ行くの一人で?」「おい、なんでもっと笑わないの?」といったセクシャルな絡み方をしてきます。

一方、対照群では「すみません、今何時ですか?」など当たり障りのない質問をするだけで、嫌がらせはしないよう設定されました。

このようにして、ただ見知らぬ男性に話しかけられる状況と、明らかに性的ないやらしい声かけをされる状況との違いを比較したのです。

(※研究チームはこの世界を作るのに Oculus Quest 2 と Unity Engine で独自にシナリオを構築しており、アセットとしては Unity Asset Store の「Basic Bedroom Pack」と「Urban Underground」を組み合わせて作っています)

結果は顕著でした。

男性たちは、性的な声かけを受けたグループでは、VR体験後の自己申告で「怒り」や「嫌悪」の感情が有意に強まっていました。

これらの感情は、倫理的に「それは許せない」という道徳的嫌悪感に分類されるものです。

一方で恐怖についてはどちらのグループでも増加傾向が見られ、声かけ群の方がやや高かったものの統計的な有意差はない程度でした。

研究チームは、地下鉄という環境自体が多少不安を誘うため、恐怖はハラスメント特有の反応とは言えなかった可能性を示唆しています。

興味深いのは、性的な声かけを受けた男性たちの行動にも変化が見られたことです。

ハラスメントシーンでは、なんと94%の参加者が男性アバター達に一切返事をせず無言でやり過ごしました。

屈辱と嫌悪で固まってしまい、関わり合いを避ける回避行動に出たのです。

それに対し、対照シナリオでは半数以上の男性が普通に話しかけに応じました。

さらに注目すべきは、VR体験後のインタビューで彼らが語った言葉です。

参加者たちは自分の感じたことを自由に語りましたが、AIを用いた文章分析によって、その内容にはいくつか共通するテーマがあると分かりました。

例えば、多くの男性参加者が「とにかく危険を感じた」「すぐその場を離れたくなった」といった安全への渇望を語り、「女性だから身を引いた。もし自分が男性なら言い返していただろうに…」というように無力感や悔しさも表現しました。

ある参加者は「安全な場所に逃げ込みたかったが、一人になるのはもっと危ないと感じた」と葛藤を語っています。

また別の参加者は「怒りの感情が自分の中でわき起こった」とも述べ、理不尽な扱いに対する強い怒りを覚えたことが窺えます。

このように、VR内での擬似体験にもかかわらず男性たちは現実さながらの恐怖・怒り・無力感を覚え、被害者としての視点で物事を考え始めたのです。

それは単なる同情ではなく、「自分が屈辱を受けた」という切実な実感でした。

研究チームはこれらの結果について、怒りや嫌悪といった感情はモラルな気づきを促すトリガーになりうると述べています。

普段はハラスメントと無縁だった男性でも、自分が被害者になれば「こんな行為は許せない」「自分はなぜ何もできなかったのか」と内省し、道徳的な自己認識が高まる可能性があります。

VRはまさにその気づきのきっかけを作ったと言えるでしょう。

参加者の一人は体験後、「女性への声かけがこんなにも怖いものだとは思わなかった。現実でも困っている女性がいたら助けたい」と語ったそうです。

これらの例から分かるように、VRで他者の立場になりきる体験をすると、人は一時的とはいえその立場の心理や行動様式を擬似的に身に着けてしまいます。

まさに「外見が変わると心まで変わる」という現象が確認できたのです。

VR性転換を教育・研修・治療に活かす

VR性転換を教育・研修・治療に活かす
VR性転換を教育・研修・治療に活かす / Credit:Canva

VR技術で得られたこれらの知見は、社会教育やトレーニングの現場に幅広い応用可能性をもたらします。

例えば、企業のハラスメント防止研修にVRを取り入れ、管理職の男性が被害者役を体験することで他者への想像力を養う試みが考えられます。

「もし自分が女性社員だったら」と疑似体験することで、軽い気持ちの発言がどれほど相手を傷つけるかを実感できるでしょう。

また学校教育でも、差別やいじめを疑似体験させる教材としてVRは強力なツールになりえます。

実際、海外ではVRを使って人種差別を体感するプログラムや、発達障害のある子どもの視点を健常児が体験する教材などが試みられています。

医療・福祉の分野でも、認知症の人の視界や音の聞こえ方を家族がVRで体験し、介護に活かすといった活用法があります。

一方で、注意点も忘れてはなりません。

まず、VR体験そのものが強烈なストレスやトラウマを誘発するリスクです。

先述のルチフォラらの実験でも、参加者に事前に十分な説明と途中退出の自由が与えられていました。

現実さながらの恐怖を感じてしまうがゆえに、心理的ケアや倫理的配慮が欠かせません。

また、VRで得た効果がどの程度持続するのかも課題です。

一時的に態度や感情が変化しても、時間が経てば元に戻ってしまう可能性があります。

現実世界での教育や研修に活かすには、VR体験をきっかけにその後の議論や振り返りを行い、学びを定着させる工夫が必要でしょう。

さらに、全ての人が同じようにVR体験に没入できるとは限りません。

感じ方には個人差があり、「ゲームみたいであまり響かなかった」という人もいるかもしれません。

VRは決して万能薬ではなく、あくまで人間の心に働きかける一手段です。

だからこそ、従来の対面の対話や教育と組み合わせ、VRの強み(臨場感・没入感)を最大限活かすことが重要になります。

とはいえ、VRがもたらすインパクトは計り知れません。

20世紀には映像や書物を通じて他者の人生を追体験することがせいぜいでしたが、21世紀の今、私たちは文字通り「他人の身体を着て」歩くことが可能になりました。

冒頭の男性たちが見せた驚きと共感のように、VRは私たちに新しい視点と共感の科学を届けてくれます。

それは差別や暴力のない社会への第一歩かもしれません。

技術が進歩した未来、私たちはより容易に他者の痛みを想像できるようになっていることでしょう。

VRは単なる娯楽に留まらず、人間理解のツールとして輝きを増しているのです。

全ての画像を見る

元論文

Walking in Her Shoes: Virtual Reality Increases Male Sensitivity to Catcalling Experiences
https://doi.org/10.31234/osf.io/ga3he_v1

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

フラッグシティパートナーズ海外不動産投資セミナー 【DMM FX】入金

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